33話 A star
「涼、大丈夫なの?」
「心配すんな、普通にしてれば平気なんだ」
心配性の久也の相手をしながら、この間からやけにはりついてくる那槻も相手しなければならない。
「モテるってのは、辛いことだねぇ」
片木の皮肉を、笑って受け流す。
那槻には、感染していることは話していない。それでも、彼女なりに気がついているのかもしれない。
「那槻ちゃん……だよね、ホントに好かれてるね」
「まぁ……ね」
始まりの日から見てきているが、泣いたり怖がったりしても、これほど極端にまとわりついてきたことはなかった。
俺が不在の――もう1人の俺に乗っ取られていた――2週間と、この間の発作。恐らく、それが原因なのだとは思う。
自分がいなくなることを、恐れているのだろうか。それとも、単純に体を心配してくれているのか。
ただ少なくとも、俺はいつか、この子から離れないといけない。
――例え、それがどれだけ残酷なことでも。
那槻や椿、結梨が暮らす限られた平和な世界に、俺はいられない。それは悲しいけど、仕方ない。
だから、今願うのはそれまでこの身が今の自分で在り続けられること。
「今日は、この辺で泊まろうか」
「分かりました。周囲を見回ってきます」
今日はここまでか。本来なら、富士山の観光客で賑わう場所なのだろう。
「久也、行こう」
「ガキ2人とは分散するぞ」
「任せるよ、龍斗」
ヤンキーが何を考えているのか、なかなか掴めない。あの日何かを感づいているとは思うが、彼は何も言おうとしない。
彼なりに、なにか考えているのか、企んでいるのか。少なくとも気に入られていないことは確かだ。
「行こう、涼」
それでも、臆病なこいつですら必死に生きている。それなら、狂った俺でも生きられる。
「ああ、行こうか」
いつの間にか手に馴染んでいる鉄パイプは、確かな安心を与えてくれた。
「冬のが星は綺麗だって言うけど、ホントなんかね」
無理やり久也を寝かせて、恒例の夜の見張りに割り込んできた女性は、おもむろにそう言った。
すでに形骸化している行動だから、軽く見られていても仕方ないとは思うものの。
「さぁ、星には詳しくなくて」
見て、綺麗だとは思うけど、詳しく調べて、毎晩観測する気にはならない。もっとも今更そんなことができるとも思えないが。
「アンタさ、なんか企んでるでしょ」
さして興味もなさそうに聞いてくる。カマをかけているのか、気づいているのか。
「企んでる訳じゃありません。ただ生き残りたいだけです」
嘘ではない。少なくとも。
「それは、自分たちが、みたいな条件付きってこと?」
「自分たち、の中にどれだけが入るかは知りませんが」
腹の探り合いで、年上の女性に敵うとは思えない。
「へぇ、やっぱり変な子だね……アンタ」
「どうしたんですか、いきなり」
沈黙。深く尋ねるのもはばかられて、仕方なく夜空を見た。
「椿って子、なんか背負ってるよ」
次に口を開いたのは、どれだけ経った後だったのか。
「自分でも分かってないかもしれないけど、あの子は確かに重石を感じてる」
椿。記憶喪失で桜に瓜二つ。自分の中でも、まだ引っかかっている。彼女の正体も、そしてなぜ、あそこで会ったのかも。
「ありがとうございます。自分からだと、聞きづらいこともあるので」
「わかるよ。距離感ってヤツ……わかる」
距離感……か。仕方ないことだとは思う。命を預け合う身でも、出会って半年とたたない他人だ。距離感を感じるのも、仕方ない。
ただ、彼女は違う。特に、人が増えてから。彼女は確実に周りから離れようとしている。そんな気がする。
「まぁ、気にしてあげて。アタシじゃなんともできなさそうだし」
「……ありがとうございました。気を使っていただいたようで」
彼女にしか分からないこともあるし、自分にしか分からないこともある。それでも、彼女が善意で動いてくれたことは信じたい。
「まぁ、できればみんなで生きていたいからね。アタシは1人が嫌いなんだ」
寂しげな表情で、そっと呟く。昔を懐かしむ彼女もまた、現実と戦っている。
――生きたい。それは、俺たちに共通する根源的な欲求。
そして自分だけは、その輪から外れかけている。
その事実は、たまらなく残酷だ。




