31話 Underdog
「ねぇ、なんで君はそこまでして、彼女達を連れて行こうとするの?」
彼らと道を共にするようになって4日。最低限の信頼関係も築けてきた頃。
「……意外?」
古垣 久也。4人の中、唯一の学生。彼は、夜の見張りの間にそんなことを尋ねてきた。
ヤンキー男や詐欺師にはバカにされているが、彼もまた、この状況下で確かに生きている。
案外、タフな人間かもしれない。
「実は、前から聞いてみたかったんだけど。機会がなくて……」
「別に構わないけど、眠気覚ましにもなるし」
後半は嘘だ。俺はもう眠る必要はない。目を閉じ、体を動かさずに夜を明かすより、話していた方がいくらかマシだ、
「いや、なんかどっちかって言うとさ。みんな置いてきぼりにしそうって言うか……その、人の世話を見るタイプには見えなくて」
さらりと酷い感想を述べてくれた。
「いや、ごめん。我ながら酷かった」
「いいけど、そんな風に見えるか?」
バカ正直だが、多分根は悪いやつではないんだろう。自分と比べれば、遥かに――。
「うーん……なんとなくだけど、冷たい人だと思ってた」
大丈夫、その第六感は間違ってない。
「まぁでも、あのままだと僕の居場所なかったし。助かったと思ってるよ」
最初に賛同してくれたのは彼。あのメンバーで浮いている感じはしたので、予想通りといったところか。
「俺としても、人が増えたのはありがたいんだ。女の子ばっかりだったし」
「平時ならうらやましいけど、この状況下じゃ喜んでもいられないよね……」
同情するように笑う彼が、かつての友人にどこか重なる。感傷に浸っている場合ではない。頭に浮かんだ記憶を振り払うために、夜空を見上げた。
「その左手、どうしたの?」
「ああ、感染者から逃げる時に転んでね。ドジを踏んだ」
あらかじめ、答えは用意してあった。
「だから余計に不安だったんだ。頼みは俺1人だったから」
「お疲れ様でした。少しは気が抜けそう?」
「少しはね」
気が抜ける、か。
「僕も大分楽になったよ。同年代の人がいたからね」
確かに、気疲れしそうな面子だったことは認める。あの3人の中で生きるのは恐らく相当ハードだ。
「濃いもんな、面子……」
「でも、露骨にいじめられたりはしなかったから。感謝はしてる……キツかったのは認めるけど」
そう言う彼の表情はどこか、楽しげだ。
「正直言うと、これが起こる前が酷い毎日だったから。普通に扱ってくれるだけで、ずいぶん救われるんだ」
辛かった日々を思い出したのか、地面に目を落とす久也。それでも次にあげた顔は、明るかった。
「ごめん、暗い話で」
「気にするな。気持ちは分からないでもない」
ある意味、俺もこの状況に救われている。慕ってくれる人、生きていることを喜んでくれる人を見つけた。
――でも、もし事態が終息したら、俺は。
その時、俺を必要としてくれる人はいるだろうか。
「今は、とにかく生きていこう」
ぽつりと呟いた久也。
「たぶん、いつかたどり着けるよ。僕たちがみんなで生きていけるところ」
「だと、いいな」
平和で静かな世界に、俺の居場所は――。
次の日は、雨だった。
いつの間にか、季節は変わりつつある。
「寒いな……」
「今日は休んだ方がいいかと」
「いいのかい?」
詐欺師――それすら、本当だとは信じがたい。まず、それを公言する彼の思惑が読めない。
「自分の目標は、あくまで全員の無事なので」
「クセェ野郎だな」
押井には相当嫌われてるようだ。
「そう言うな、龍斗」
たしなめる片木も、決して自分のことを信頼してはいないだろう。その判断は正しいのだが。
ふと女性陣をみると、意外にも4人で打ち解けていた。年齢も立場も違う4人でも、女性同士通じ合う何かでもあるのだろうか。
「気に入らねェ。外出てくる。こんなシケたとこで腐ってたらホントにカビちまう」
「やめとけ。風邪引くぞ」
うるさい、と言い残して出て行ってしまう。出来るなら止めたかったが、無用なトラブルはごめんだ。
「まったく……なにか気に入らないとすぐあれだ」
「知り合いなんですか?」
呆れた様子の片木に、聞いてみる。2人の関係を知っておきたかった。
「いやー、ね。その、暗い所のお知り合い? みたいな」
「……なるほど」
詐欺師、というのは本当なのか?
「罪状は別だよ、あいつは暴力関係だったはず」
見たまんま、だな。
「頭の悪い奴じゃないんだけどねー」
確かに、頭が悪いと言うより直情的というべきかもしれない。
「つ、連れ戻した方がいいんじゃないですか?」
久也がおずおずと提案する。彼曰く、本当に怖いのは片木の方だと。
――根拠は、弱者の感。
そう言っていた。
「ん、じゃあ古垣くん行ってきてくれる?」
口を開けて硬直する久也。恐らく、頭の中は後悔でいっぱいだろう。
「あ、え……その、すいませんでした」
「いやいや、仲間を思いやる気持ちは大切だよ。ホラ」
ねちっこく、しかしあくまで笑顔で弄ぶ片木。確かに、怖い。
――弱者の感、当たってても行動に活かすべきだろうに。
「その辺にしておいてあげて下さい。俺が見てきます」
「……ふぅん、そう」
急に興味を失ったように、久也から目を離す片木。久也が何か言いたそうにしていたが、視線で黙らせる。
「じゃあ、気をつけてね」
つまらなさそうな片木の送り言葉を背中で受け止め、ドアを開ける。
――雨か。
ふっと振り返ると、椿がこちらを凝視していた。目と目があった瞬間、遠い過去の思い出が頭をかすめる。
――いってらっしゃい、お兄ちゃん!
一瞬、何かが頭の中で弾けたような気もしたが、冷たい空気の感触に、かき消されていった。外は、とても冷たい。




