23話 Ambivalence
「……こうなる前は、一介のサラリーマンだったんだ。単身赴任でこっちに来たんだがね」
聞いてもいない話を始める奴は好きになれない。面と向かって言うほど無神経ではないけど。
「君たちは、子供だけでよく生き延びれたものだね。本当にすごい」
「1人で、どうやって今まで?」
今1番知りたいのは、発症の原因とこの不可解な現状の理由。もしかしたら、何かヒントになるかもしれない。
「恥ずかしい話だけど、ひたすら家に篭っていたんだ。なにぶん、あまり運動は得意じゃなくてね」
貧相な体つきは、その言葉を裏付けるのには十分。
「食料とかは?」
「……あったものと、あとはできるだけ近くの店や家から取ったんだ。申し訳ないとは思っていたけど、命には変えられない。君たちだってそうだろう?」
すがるような目つきは、罪悪感と、それに対するごまかしに満ちている。話し方のねちっこさも相まって、あまり好きにはなれない人種に思えた。
「それで、永峰さんはこれからどうするんですか?」
あまり長くも話したくなくて、一気に本題を切り出す。
「そうだなぁ……君たちは、どこか行く場所でもあるの?」
「自分たちは東京へ、彼女の母親がいると」
ちらりと結梨を見やると、すごくうっとうしそうな顔をしていた。確かに気持ちはわかるが、もう少し隠す努力をしてほしい。
その点、他の2人は優秀だ。こっくりこっくりと、昼間からうたた寝。波長が合うのだろうか。
「他の人も、それに付き合っているのかい?」
「まぁ、あっちがまだ少しは安全らしいので」
「ふーん……」
わざとらしく顎をさすって考える仕草は妙に癪に触る。どうせ考えることはいかに依存するかだ。面倒な拾い物をしたか。
「なら、私もついていかせてもらおうかな」
「それはどうぞ。ただ、ある程度のことはしていただかないといけなくなりますが……」
「構わないさ。1人では心細くっていけない。仲間がいれば平気だ」
大げさにおどける彼は、こちらを完全にバカにしているのか、それとも自分がバカなのか。それでも、今の状況を考えればいる方がマシか。
「それに……一応、私にも行きたい場所はある」
急に神妙な顔になった彼は、思い出すように目を瞑った。
「妻と……子どもはまだ東北にいてね。連絡は取れないけど、あそこには私の家もある。できることなら、戻りたいんだ」
故郷を懐かしむ表情は、嫌いになりかけた心を軽く揺らした。帰る場所――もしかすると、自分が最も必要としているものかもしれない。
「東北って、東京までしか行きませんよ」
不満が溜まり尽くしたのか、結梨が口を挟み始めた。真面目な話し合いは苦手なのか、今まで黙っていたが。
「そもそも、そんな外にも出れずに篭ってたような人、頼りになるとは思えない」
辛辣な言葉は、彼女が本当に頼れる人を探していることの裏返しだろう。
――彼女が心から頼っていた人は、もういない。
2人が始めた口論から、意識が離れ、彼に言われた言葉を脳内に繰り返す。
――お前はもう、後ろを振り返るな。
振り返らないで歩き続ける? どうやったらそれができる? そもそも、後ろはどこにある?
彼から、もっと多くのことを学びたかった。
あの日、どんな気持ちで一人娘を自分に託したのだろうか。誰とも分からない子ども1人に。
――お前自身も救う。
俺は、何から救われたい?
責任? 現実? それとも、もっと大きな何かか?
――眼を覚ませよ、バケモノ。
一瞬、脳内を埋め尽くした誰かの声は、現実の結梨の
声に塗りつぶされた。
「ねぇ、大丈夫?」
「ああ、ごめん」
考え込みすぎていたのか。
「本当に、この人も連れて行くの?」
「別に、無理強いする気は無いんだ。ただ、できることなら……」
2人の声が左右から頭に流れ込む。それは、脳にとごった思考をいとも簡単になぎ倒していった。
「そう、だね……」
そっと周りを見ると真っ先に目に入ったのは、穏やかな冬の太陽に照らされ舟を漕ぐ2人の少女。
今の俺には、義務も責任も現実もある。普通なら重いそれらが、今は愛おしい。
「とりあえず、一緒に行こう。後になってから、いつでも決められる」
生きるためなら、リスクを背負う。
それはもう、俺の中で許される行為になっていた。




