↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5.年上皇妃ブリジットの離婚事情 〜前編〜

web投稿三周年を記念して配布したお話です。


「年上皇妃ブリジットの離婚事情」は3パターンのエンディングを用意したifストーリーになります。

「ようやくこの日が来たわ……」


 皇妃ブリジットが顔を上げると、広間の壁には立派な肖像画が掛かっている。皇帝であることを示す冠、笏、床まである長いマント――オルド帝国の若き皇帝イアンの成人を祝うために描かれたものだ。いくつもの宝石で彩られた王冠の重さは相当なはずだが、かつてブリジットが支えてあげなければ一人で立つこともできなかった少年はもうそこにはいない。


(十年……長かったはずなのに、過ぎてしまえばあっという間だったわね)


 重い冠を細い首で支えながら、決して泣くまいと唇を噛み宙をにらんでいたイアンの姿を思い出し、ブリジットは薄く微笑んだ。


 先代皇帝であるイアンの父は遠方の国を訪れた際大嵐に遭遇し、乗っていた船ごと行方不明になった。同行していた皇妃を含め誰一人見つかることなく、イアンは齢八歳にして皇帝に即位することになったのである。ブリジットはその時十八歳であった。


 エディントン侯爵家の若き令嬢ブリジットは、自分よりもはるかに若い皇帝を支えるため皇妃となるよう宰相である父から命じられる。それは宰相が少年皇帝の後ろ盾になることを国内外に示すために必要な婚姻だった。以来十年間、ブリジットは皇妃として陰日向になりイアンを支えてきた。しかしその日々も明日で終わりを迎える。


「ブリジット、ここにいたのか」


 広間の扉が開きイアンがやってくる。後ろに従えた二人は先代皇帝の弟であるスティーブン皇弟殿下と、歴代最年少ながら最も優秀な外務大臣と名高いコナー=クラークだ。


「イアン様。一日早いですが十八歳おめでとうございます」


 いつの間にかブリジットより背の高くなったイアンを見上げ祝いの言葉を告げる。するとイアンがブリジットの手を取った。


「ブリジット。長い間支えてくれてありがとう」


「私だけの力ではありませんわ」


 ブリジットはスティーブンとコナーに視線を向けて微笑む。


「そうだな。伯父上とクラーク大臣もありがとう」


「もったいないお言葉に感謝いたします」


 スティーブンが胸に手を当てて優雅にお辞儀をし、その後ろでコナーも神妙な顔をして頭を下げる。スティーブン、コナー、ブリジット、この三人がイアンを皇帝に育て上げたと言っても過言ではない。


 スティーブンは皇弟殿下としてイアンに王族のふるまいやしきたりを徹底的に教え込んだだけでなく、早々にイアンへの忠誠を誓い反対派を抑えこんだ。


 ブリジットの学友でもあったコナーはいくつもの言語を流暢に操り、外交において少年皇帝と侮られがちなイアンを鍛え支えてきた。


(二人のおかげで、父は宰相として内政に注力できたのだわ)


 そしてブリジットは父から学んだ政の基礎を教えつつ、時に母として姉としてイアンを導いてきた。誰一人欠けても今の立派なイアンの姿はなかっただろう。感慨に耽っていると、イアンが一枚の書類を取り出した。


「伯父上、大臣。二人には証人としてサインをもらえるだろうか」


「私でよければ」


「承ります」


 スティーブンとコナーの声が重なる。それはイアンとブリジットの離婚に必要な書類だった。明日の成人の儀を過ぎたら、二人の婚姻関係は終わりを告げる。それはこの婚姻が結ばれた時からの約束で、イアンがせめて真に想う者と結ばれて欲しいという親代わりの者たちからの願いでもあった。


「あなたの姿が宮殿からなくなると思うと、なんだか不思議な気がします」


「クラーク大臣」


 コナーとは政において意見が対立するたび、何度も激しくやり合ったものだ。それはまるで学友時代に議論を交わしたことを思い起こさせ、結婚のために中退を余儀なくされたブリジットにとって懐かしい時間だったのは内緒である。


「さびしくなるね」


「僕はここにいてもいいと言っているんだけど、ブリジットは頑固だから」


 スティーブンとイアンのやり取りを聞きながら、ブリジットは曖昧に微笑んだ。このままブリジットが宮殿に残っては、イアンの新しい皇妃がやりにくくなるだろう。そのためブリジットは侯爵家に戻るつもりだ。


(イアンの邪魔をしたくないもの)


 とはいえブリジットは二十八歳で、とうに結婚適齢期を過ぎている。二人の結婚は白いままだったが、出戻ったブリジットの再婚は難しいだろう。だがブリジットはそれで構わなかった。


「それでは、明日よろしくお願いします」


 三人に別れを告げて自分の部屋へと戻ったブリジットが小さくため息をつく。この日のために全力で駆け抜けてきた。やり遂げた充足感だってある。ただひとつ後悔があるとすれば――。


「もう、気軽に声をかけたりできないのね」


 目をつぶるとまぶたの裏にあの方の笑顔が浮かぶ。この宮殿から去るということは、もうあの方に会えなくなるということだ。立派なあの方は、皇妃でなくなり出戻った侯爵令嬢が話しかけられるような相手ではない。


(せめてあの方を想うことだけは許して……)


 ブリジットは胸の奥に、ささやかな願いをそっと押し込めるのだった。

少年皇帝イアンの場合→6.へ

コナー外務大臣の場合→7.へ

スティーブン皇弟殿下の場合→8.へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。