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1.プールサイドの人魚姫

『2022GW覆面企画』参加作品


【あらすじ】

 プールの監視員のバイトをしている矢尾ヒトミは、ある日プールサイドで理想的な広背筋を持つ『広背筋の君』を見つける。なにげなく『広背筋の君』を目で追っていると、プールに潜ってからなかなか浮かび上がって来ないようで……!?

 ピッ、ピー


 プールサイドを笛の音が響く。

 喧騒が一瞬だけ途切れ、次いで監視員をしているヒトミの声が監視台の上から響き落ちた。


「プールサイドを走らないでくださーい!」


 プールサイドを駆けていた小学生男子の集団が、ヤベッ、と気まずそうに足を止めると、駆け足を早歩きに変えてちょこちょこ歩き始める。


(あの子たち、さっきも注意したな。少し気をつけておかないと)


 すぐ横に置いてある水筒の蓋を開けて、グッとポカリで喉を湿らせてからタオルで汗を拭う。

 屋外プールの強い日差しがジリジリとヒトミの肌を焼く。

 ここのプールの監視員のバイトは、ヒトミの通う大学の水泳部に求人がくる。

 大学二年生の矢尾ヒトミが監視員をするのも、去年に続いて今年で二度目だ。


 小さな子が沈む時は静かに沈むので、ヒトミはプールサイドだけでなくプールの中にも異常が無いか目を光らせる。


(あ、あの広背筋好み……)


 プールサイドを足元を見ながら歩く男性の後ろ姿が目に入った。

 締まった背中は、見せるための筋肉ではなく使うための筋肉なのが見てとれた。

 腕や太腿も立派な太さをしている。


(あれは水泳をしてる身体じゃないな。何してる人なんだろう?)


 ヒトミは周りに注意を払いながらも『広背筋の君』を目の端に入れてこっそり観察した。


 下を向いて歩いていた『広背筋の君』はプールに入ると、トプンと沈んだ。

 見るともなしに見ていると、『広背筋の君』はなかなか浮かび上がってこない


 ピッ、ピー


「そこ、プールサイドでふざけないでー」


 先ほどの小学生集団が内の一人の子をプールに落とす真似をしてふざけているのを止めさせる。


 ヒトミは再びプールに目をやるがやはり『広背筋の君』は浮かんできていない。

 周りを見ても『広背筋の君』の姿はない。


 ヒトミは監視台から降りてプールに急いで近寄ると、底の方に黒い影が沈んでいるように見えた。


 ヒトミは慌てて水中メガネを着けるとプールに入りザブンと頭まで潜り込んだ。

 するとプールの底に両手をついて這いつくばったようにしている『広背筋の君』の姿があった。


 『広背筋の君』がヒトミに気づき、こちらに顔を向ける。

 ふわりと漂う黒髪の向こうの彼と目が合った。


 二人してザバリと水面に顔を出し、互いに水中メガネを外して声を上げた。


「矢尾!?」


「御子柴くん?」


 『広背筋の君』は同じ大学の御子柴アキトだった。


「あの、ここ潜水禁止だから」


 ヒトミは監視員の名札を見せながら御子柴に注意する。


「あ、ごめん。落とし物しちゃって探してたんだ」


 御子柴がプールサイドに手をついてグイッとプールから上がる。


「すごい筋肉だね」


「そう? 俺、スポーツクライミングやってんだよね」


 プールサイドに並び立ちヒトミが思わず言葉を漏らすと、御子柴は肩をすくめ立派な胸筋をポンと叩いた。


「矢尾も、カッコいいじゃん」


 御子柴がヒトミの姿をチラリと見て言った。

 小学生の頃から水泳を習っていたヒトミは、中・高の水泳部時代は男みたいな肩だとよく笑われた。

 男の子にカッコいいなんて言われたのは初めてで、ヒトミの胸がドキンと大きくひとつ跳ねた。


 もうすぐバイトも交代の時間だ。


 もう少し御子柴と話してみたくて、ヒトミは勇気を出した。


「あのさ、もし良かったら、この後……」


 すると左足の指先に何かが引っかかった。


「ん?」


 ヒトミが足元を見ると、指輪のようなものが引っかかっていたので拾い上げる。


「あ! それ!!」


 御子柴がヒトミの手を見て大きな声をあげながら指をさす。


「ありがと。これ、彼女とおそろいでさ。首にかけてたらチェーンが切れちゃって」


 ヒトミの手の中の指輪を奪い取ると、御子柴が嬉しそうに笑う。


「アキト〜!」


「あ、ミキ!」


「見つかった?」


 手を振りながらやってきた白いビキニの女性が、御子柴の腕にするりと自分の腕を絡める。


「あぁ。矢尾さんが見つけてくれて」


「え、矢尾さん? わースゴイ筋肉!」


「な、カッコいいよな」


 御子柴に腕を絡めた女性は軽音部のボーカルで、確か去年の文化祭ではYOASOBIを上手に歌い上げていた。


(そうだ。こんなところに一人で来るわけなかった)


 冷静に考えればわかるのに、熱くて脳みそまで茹だったのだろうか。


「それじゃ、仕事あるから」


 ヒトミはくるりと背を向けると、そそくさと監視台に戻った。

 監視台の上から二人を見ると、御子柴の隣の彼女は白いビキニから覗く大きな胸がはち切れそうなほどで、肩も腰も女性らしい柔らかな曲線を描いていた。


 バイト交代の時間が来て、ヒトミはプールサイドの一角にある自動販売機のコーナーでサイダーを買った。


 ガコン


 自動販売機がくぐもった音を立ててサイダーを吐き出した。

 ペットボトルの蓋をグルリと開ける。


 プシッ


 大きな音を立てるサイダーをヒトミはグビと飲み込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ」


 気管に入り込んだサイダーにむせてしまう。

 ヒトミは息苦しさに滲んだ涙をそっと拭った。


 ペットボトルの中ではサイダーの泡がシュワシュワと立ち上っては消えていった。

ムーンライトノベルズにその後の話(※R18)があります。

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