第28話 維持費の真相
上層区でのレギュラーサバイバル(第18戦目〜第21戦目)を繰り返す中で、アゲハたちは、この特権エリアが抱えるさらなる「おぞましい歪み」を目撃することとなった。
それは、あるサバイバルの制限時間残り十分、廃倉庫の影で起きた出来事だった。
アゲハの【気配察知】が、近くの建物に二つのチーム、合計8名のサバイバーが集まっているのを捉えた。
「アゲハ、敵か? 包囲して仕留めるかい?」
メルティがアサルトライフルを具現化させようとしたが、アゲハはそれを手で制した。
「待って、メルティ。おかしいわ。……あの人たち、銃を具現化させているけれど、お互いに戦う様子がまったくない」
壁の隙間から、アゲハたちはその部屋の様子を覗き込んだ。
そこにいたのは、上層区の二つのチームだった。彼らは本来なら殺し合うべき敵同士のはずだったが、お互いにタバコをふかし、笑い合いながら、極めて退屈そうに談笑していた。
「よお。お前、今月のノルマ(維持費分のキル)はあと何キル残ってる?」
一人の男が、アクビをしながら尋ねた。
「俺はあと2キル。お前は?」
「あと1キルだな。じゃあ、お互い相撃ち(フレンドリーファイア)で消化するか。来月も同じエリアで頼むわ」
「オッケー、じゃあ、いくぞ」
男たちは、まるで明日の予定を確認するような軽い口調で銃を向け合うと、笑顔のまま、お互いの胸を淡々と撃ち抜いた。
消滅していく彼らの顔には、死の恐怖も、敗北の屈辱も、何一つ存在しなかった。
上層区のレベル維持金は、年間で四万ラム。
それは、一年の間に、レギュラーサバイバルで「20キル」を稼げば維持できる計算だった。
上層区の4人チーム(あるいは同盟)は、お互いに結託し、サバイバルの制限時間ギリギリになると、合意の上で「同士討ち」を行って、確実に、そして安全にキル数を分け合って稼いでいたのだ。すでにノルマの20キルを達成した者は、まだ未達成の者にキルを無償で譲る。
命を賭けた戦いであるはずのサバイバルを、彼らは金とシステムの穴を利用して、ただの『維持費を稼ぐための事務作業』に変え、冒涜していた。
「……信じられない。何よ、これ……」
シーラが、嫌悪感に顔を青ざめさせ、激しく吐き捨てた。
「命を、サバイバルを……ただの作業だと思っているの? 私たちは、下層区で、中層区で、あんなに血と泥を流して、必死に生き残ってきたのに……!」
泣きながら特訓に耐え、泥の野菜に命を救われながら、一発の弾丸に魂を込めて這い上がってきたのに。この上層区の連中にとって、サバイバルとはただの「金払いの良い事務処理」に過ぎなかった。
アゲハの胸を、激しい虚しさと、ヘドロのようなシステムへの嫌悪感が満たしていく。
だが、これほどレギュラーサバイバルを繰り返しても、一向に、あの仇である「ラグランドル」の姿を発見することはできなかった。
それもそのはずだった。
上層区のデータベースをハックして調査したボルテックは、アパートのテーブルで、苦々しい表情でその「カラクリ」を説明した。
「ラグランドルは、複数の『同盟』の網の目に、幽霊のように籍を置いているんだ。自分の4人チームのうち、3人はラグランドル自身の同盟。残り1人は別の同盟……と、無数の同盟チームの裏協定(認証同期)をハックして回ることで、一般プレイヤー(俺たち)とマッチングするのを意図的に、システム側で完封(避けて)している。奴は、戦場でも、この街でも、実体のない『不在のゴースト』という事だろう」
ラグランドルの姿は掴めない。
ラグランドル側は、双子の生存(下層の死神の這い上がり)に、とっくに気づいていた。そして、彼が放った「刺客」の牙が、第22戦目のレギュラーサバイバルにおいて、アゲハチームの首筋へと突き立てられた。
「――っ、敵襲!? いや、おかしいわ、何なのこいつら!」
廃ドックのコンクリート壁の影。
アゲハは、目の前を塞ぐ、不自然なほどに巨大な「盾」の群れに、激しい焦りを覚えていた。
現れた敵チームは、アゲハたちを「殺そう」とはしていなかった。
アゲハがピストルを構える瞬間、執拗に大盾を具現化して射線を完全に遮断し、メルティがアサルトライフルで敵を崩そうとすれば、別のサバイバーが割り込んで「キル(トドメ)」を横から強奪していく。
「あいつら、俺たちをハントする気がない! ただ、俺たちがキルを取るのを徹底的に『妨害』してやがる!」
ボルテックが、念話の集中を乱されながらも、怒りの声を脳裏に直接響かせた。
上層区における、真の「暗殺」。
それは、身体を消滅させることではない。
毎月高額なレベル維持費を支払わなければ、上層区の居住・レベル保持特権は即座に剥奪され、レベル1にリセットされて下層区へと強制送還(退去)される。
ラグランドルは、刺客を放ち、双子に「キル(金)を一切稼がせない」ことで、彼女たちを経済的に破滅(レベル維持不可)へ追い込もうとしていたのだ。
「ハッ、気づくのが遅いんだよ、お嬢ちゃんたち」
アゲハの【徹甲弾】を防ぐために、特別に強化された重層盾の裏から、一人の上層サバイバーが、下卑た嘲笑をアゲハに向けた。
「お前ら『下層区の死神』と呼ばれていたらしいが、ラグランドル様に目をつけられた時点で、お前たちの命運は詰んでるんだよ。ここで一キルも稼げずに時間切れ(タイムアップ)になって、高額な維持費が払えなくなって、無様に下層区へ堕ちて野垂れ死にな!」
敵の、執拗なキル妨害。
アゲハチームの口座残高(命の維持費)が削られていく、不気味で冷酷な「経済的ハント」の罠。
双子は、ラグランドル本人の姿を捉えることすらできないまま、彼の張り巡らせた「見えない牙」によって、中層区とは違う、上層区の絶対的な理不尽の前に、じわじわと首を絞められようとしていた。
そして――そのラグランドルの「見えない牙」は、別の戦場にいたモミジ同盟の首をも、同様に締め付けようとしていた。
「モミジさん、あいつ、また俺たちのキルを横取りしやがった!」
モミジチーム(同盟)は、上層区における過酷な「レベル維持費」を全員が支払うため、中層区時代のリーダー独占ルールから、これからは『メンバー全員が同様にキルを獲得する戦法』へと切り替えていた。全員が必死に稼がなければ、維持費が払えず、チームメンバーであっても下層区へ落とされてしまうからだ。
だが、ラグランドルの刺客(上層サバイバー)たちは、その平メンバーたちが必死に敵を追い詰め、キルを奪おうとするその瞬間を狙って、執拗に横槍を入れ、キルを強奪し続けていた。
数の暴力で敵を圧倒しているはずなのに、肝心の「キル」だけが、まるで煙のように刺客たちに掠め取られていく。
刺客たちは、モミジ同盟の動きを完全にハックしていた。
8人がかりで敵を包囲しようとしても、圧倒的なスピードと火力で逆に包囲を食い破られ、さらに、モミジ(二丁拳銃)やゲイダたちが敵にトドメを刺そうとするその瞬間、敵の盾持ちが絶妙なタイミングで大盾を具現化させて射線を遮断し、嫌がらせのようにキルをゼロに抑え込もうとしていた。
さらに、刺客たちはモミジではなく、同盟の最弱点である「レベル12〜13の平メンバー」を、意図的に、容赦なく狙い撃ちにしてキルしていった。
「ぎゃあああああっ!」
平メンバーの一人が、スナイパーの弾丸を頭部に受けて光の塵となり、消滅する。
「モミジ! 俺たちの盾になるんじゃなかったのかよ! 話が違うだろ!」
「うるさい! 持ち場を離れないで!」
モミジは、焦りからヒステリックに叫び、必死に【跳弾】の引き金を引き続けた。だが、焦れば焦るほど、精密な幾何学計算は狂い、弾道は無慈悲に逸れていった。
サバイバル終了後。
同盟のチームハウスに戻ったモミジを待っていたのは、限界に達したメンバーたちの、獣のような剥き出しの敵意だった。
「モミジッ! 説明してくれよ! せっかくの生存チャンスが台無しだ!」
ゲイダが、テーブルを蹴り飛ばさんばかりの勢いで怒鳴り散らした。
「俺たちの仲間の二人が、今日のサバイバルでまたやられちまった。全員でキルを稼ぐって言っても、俺たちのキルはすべて刺客どもに横取りされた! これじゃ、下層区にいた頃より悲惨じゃないか!」
「そうよ! アゲハに維持費を肩代わりしてもらったからって、今度は私たちの分け前を削ってまで、お姉様に媚びを売るお金を稼ごうとしてるんじゃないでしょうね!?」
サブリナが、トゲのある、激しい嫌悪感を込めた目でモミジを睨みつけた。
「違う……! 私は、維持費の為にみんなでキルを取るしかないと思って…」
「このままじゃ維持費が支払えねえぞ! 俺たちは終わっちまう。あんたの弾除けになった結果がこれか! 下層区に戻っちまうなんて、もう御免だぞ!」
ゲイダたちが吐き捨て、部屋を出ていく。
モミジは、一人きりになった薄暗い部屋で、冷たくなった指先を震わせ、泣き出しそうな目で膝を抱えた。
アゲハも、モミジも。
ラグランドル本人の姿を捉えることすらできないまま、彼の張り巡らせた「見えない牙(経済的ハント)」によって、中層区とは違う、上層区の絶対的な理不尽の前に、じわじわと首を絞められ、絶望の淵へと追い詰められようとしていた。
――「お前ら、ラグランドル様に目をつけられた時点で詰んでるんだよ」
刺客たちの嘲笑が、双子の夜を、静かに、そして冷酷に支配していた。
次回更新日未定。




