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小説 吉田松陰 座右の火 1830-1859  作者: 山田 誠一


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第七章:至誠の炎


安政六年(1859年)五月二十五日、新緑の萩の城下に、重苦しい鉄の音が響いていた。吉田松陰を乗せた檻車が、野山獄の門を出たのである。目指すは、安政の大獄の血風が吹き荒れる東都・江戸。


三十歳となった松陰の身体は、度重なる投獄と過酷な絶食に近い生活により、痩せ細っていた。しかし、檻の隙間から覗くその眼光だけは、むしろ研ぎ澄まされ、超然とした光を放っていた。


この旅路において、松陰の脳裏を満たしていた思考は、自己弁護や助命への執着では断じてなかった。彼は、自らが置かれた「死という絶対的な制約」を冷徹に見つめ、それをどう価値あるものに変えるかという一点のみに集中していた。


(幕府が私を江戸へ呼ぶのは、梅田雲浜うめだうんぴんら京の志士たちとの関わりを糾問するためだ。幕府の手先は、私が長州の地で『間部要撃』という恐るべき計略を企てていたことなど、露ほども知らぬ。ならば、私はどう振る舞うべきか)


ここに、松陰の生涯において最も破天荒であり、かつ最も崇高な「決断」が下される。

(尋問において、聞かれたことだけを答え、罪を黙秘すれば、死罪を免れて遠島(流罪)程度で済むかもしれぬ。しかし、それではただ命を長らえるだけに過ぎない。私は、幕府の役人の前で、自らの企てのすべてを堂々と告白する。なぜなら、我が志は私欲にあらず、天下一の公事だからだ。役人たちもまた、同じ日本を憂う人間。至誠を持って語れば、必ずや彼らの魂も揺さぶられるはずだ)


それは、客観的な「勝算」を完全に無視した、あえて取った絶対的な危険であった。しかし、松陰にとって、自らの至誠を偽って生き延びることは、自らの価値観と死生観に対する最大の裏切りであった。彼は、己の肉体の死と引き換えに、自らの思想を完璧な正義として歴史に刻み付ける「対策」を選択したのである。


江戸への道中、駿河の地を通りかかった際、松陰は霊峰・富士山を仰ぎ見た。その雄大な姿に、彼は自らの公の心を重ね合わせ、歌を詠んだ。


「かくすれば かくなるものと 知りながら 止むに止まれぬ 大和魂」

(このような行動をすれば、どのような結末になるか、死罪になることなど百も承知している。しかし、それでも日本の危機を前にして、私の心は止めることができないのだ)


安政六年(1859年)六月二十四日、檻車は江戸・伝馬町牢屋敷に到着した。かつて黒船密航に失敗した際に繋がれた、因縁の場所である。牢内は、全国から捕らえられた高潔な志士たちの血と汗の臭いに満ちていた。


七月九日、幕府の評定所において、下役の取調官による厳しい尋問が始まった。

役人は、松陰が京の尊王派とどのような手紙を交わしていたかを執拗に問い詰めた。松陰はそれに対し、淀みなく、極めて穏やかな口調で事実を答えていった。


そして、尋問が一段落したその時、松陰は静かに背筋を伸ばし、驚くべき言葉を発した。

「役人様、私が江戸へ呼ばれた用向きは以上でございましょう。しかし、私には、どうしても皆様にお伝えせねばならぬ天下の大事がございます」


役人たちが怪訝な顔をする中、松陰は、自らが長州藩で企てていた「老中・間部詮勝の要撃計略」の全貌を、理路整然と、熱を込めて語り始めたのである。

「私は、間部閣下を憎んで暗殺しようとしたのではありません。幕府の開国政策が、日本の独立を危うくしている。ゆえに、身を挺して閣下を遮り、天下の大義を正そうとしたのです」


取調官たちは、驚愕のあまり言葉を失った。

幕府側は、松陰を単なる「反体制派の周辺人物」として処理するつもりであった。しかし、松陰が自ら語った内容は、幕府の最高権力者を狙った、明白な「国家転覆の主謀罪」に相当するものであった。


客観的にこの告白を俯瞰すれば、それは自ら進んで絞首台への階段を上るような、完全なる「自殺行為」に他ならない。現に、この報告を受けた大老・井伊直弼は、激怒し、松陰の処刑を即座に決定した。


しかし、人間学としての人間模様に目を向ければ、この時、松陰は尋問室という極小の空間において、強大な権力構造そのものを精神的に圧倒していた。彼の私心の無い眼差しと、国を思うあまりに己の命を塵芥のように扱う凄絶な態度に、取り調べた役人たちの中には、深く感銘を受け、密かに涙を流す者さえいたのである。


牢に戻った松陰は、自らの死が数日後に迫っていることを悟った。

彼は、薄暗い灯火の下で、故郷の家族、そして松下村塾の塾生たちへ宛てた最後の遺書を執筆し始める。


その書の名は、『留魂録りゅうこんろく』。

松陰の三十年の全生命が、文字となって紙の上に滴り落ちようとしていた。


次章、第八章へ続く。

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