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第一章 白き法廷と白き制服 その二

 『ぎんが』がタンカーに肉薄するにつれ、タンカーの異様な光景が記録録画にも露わになってきていた。

 船首部分から吹き上がる炎が、艦橋内部をオレンジ色に揺らめかせ始めている。

 もうこれは、単なる「事故」でないことは明らかだ。

 先ほどの敵性艦、炎の吹き上がり方――

 このふたつの事実は、タンカーが「攻撃」を受けたことを雄弁に物語っていた。

「飛行科、発艦準備はどうか?」

 いつの間にか画面内に戻って来ていた副長が、マイクに向かって叫んだ。

『こちらマルマルロク、発艦準備完了。全系異常なし、いつでも上がれます!』

 ヘリからの頼もしい応答。

 副長が風間を見つめると、風間は黙って頷いた。

「よし、ヘリ発艦始め! タンカーとタンカー周辺の海域を探査せよ!」

『了解!』

「タチケン隊もボート発艦! タンカーの前方100メートルまで接近し、そこで指示を待て!」

 副長が、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 プロペラの大きな音が法廷に響き渡った。

 画面内では、ヘリが艦橋の前方にせり出し、タンカーに向かって飛翔していくのが見える。

 その後、副長の指示により『ぎんが』は停船――

 機関の音のなくなった室内で、燃えるタンカー周辺を哨戒するヘリを見守る。

 その時――


『聞こえる……ちら『五輪丸』ブリッジ! 武装……侵入者は十名! 内二名……ッジ外に出て、二名がブリッジを制圧……他は船内を捜索……ブリッジでは船長が射殺さ……生存者が……ぐわっ!』


 ゴトリ――


 硬い物が床に落ちたような音が法廷内のスピーカーに響き――

「艦長! これは……」

 副長が艦長を見上げ、

「船長が射殺?」

 呟いた直後、

『こちらマルマルロク、海面上に浮遊者なし! タンカー上構造物に熱源感知、人員と思われます! ……わっ!』

 救難ヘリからの無線が、乗組員の叫びで途絶える。

「どうした! マルマルロク!」

 副長が無線に向かって叫ぶ。

『ま、マルマルロク、艦橋付近から小銃によると思われる発砲を受けました!』

「なんだと?」

 副長が素早く風間を見上げる。

 しばし流れる不気味な沈黙――

 風間は、自らマイクを掴み、

「直ちにタチケン隊ボート発進! 即座にタンカーに乗船せよ! 乗員からの貴重な情報により、タンカーには敵性兵士少なくとも十名が乗船していると判明した! なお、ブリッジでは船長が射殺されたとのこと、十分注意し、もし命に危険を感じた場合は、武器使用を許可する。正当防衛および緊急避難の範囲内において躊躇するな! 全責任は私が取る!」

 毅然として言った。

 すると、副長は、艦長に顔を向けたまま、無線に向かって、

「マルマルロク、聞こえるか! これからタンカーにタチケンが突入する! タンカーのブリッジ周辺を飛んで、船上の敵兵の注意をひきつけろ!」

『りょ、了解! マルマルロク、敵兵の注意を空に向けます!』

 緊迫した返答の後、避退していたヘリが、探照灯を光らせつつタンカー直上に滑り込んで行くのが見えた。

 艦橋では、風間が副長に身体を向け――


「ありがとう、副長」


 静かに言った。副長は、黙って艦長を見返していた――


「こちら、海上自衛隊、護衛艦『ぎんが』! 大丈夫ですか? 『五輪丸』! こちら、『ぎんが』! 誰か応答を!」

 通信員の無線への必死の呼びかけが、法廷にこだましている。

「応答は、なし、か――」

 呟いて通信員に近付いた副長の、

「とにかく呼び出しを続けてくれ」

 という指示にかぶさるように、

『こちらヒトマルヨン、これよりタンカーに向け発進する!』

『こちらヒトマルゴ、タンカーに向け発進する!』

 立入検査隊のボートからの無線報告が明朗に法廷に響く。

 これを受け、副長がゆっくりと艦長に視線を上げた。

「艦長……もう、やるしか――いえ……やらせるしか、ないですよね?」

 ゆっくりと、しかしはっきりと、副長が言った。

 風間は、しばし副長のまっすぐな視線を正面から受け止め――

 静かに、頷いた。

 副長も、頷き返すと、無線のマイクを口に近付ける。

「タチケン隊! こちら『ぎんが』! 現在判明している状況を伝える!

 ブリッジ内の敵兵は二名、ブリッジ外に二名! その他六名が、船内を捜索中だ!

 なお、ブリッジには数は不明だが生存者がいる模様!」

 一気にここまで喋った副長は、一呼吸置き――ゆっくりと、言った。


「繰り返すが、正当防衛、緊急避難の範囲内で――()()()()()()()

 そして――国民の生命を最優先しろ! いいな!」


 数秒の沈黙の後――


『こちらヒトマルヨン! 了解!』

『ヒトマルゴ! 了解!』


 決然とした応答が、法廷に届く――続いて、

『ヒトマルヨンから各員へ! 聞いたな? 敵は十名だ! タンカー乗員が必死に状況を知らせてくれたらしい! この勇気を、無駄にはできねえぞ! ……よおし、てめえら、気を抜くな! ヘリが身体張ってくれるんだ! 最大戦速でタンカーに乗り込むぞ!』

 活き活きとした声――立入検査隊の隊長だろうか? そして……


『敵は船長を射殺している……いいか。()()()()()()()()()


 さっきとは打って変わった隊長の重い声が響く――

 直後――


『アー……ジスイズイランネービー……』


 画面内の通信員の背中が、びくりと竦んだ後、前かがみになって音声に耳を傾ける――

『ウー……ジスタンカーイズ……アー……アス……ラトシュッ!』

 ノイズ交じりの無機質な英語の後に、吐き捨てるようなニュアンスの言葉が法廷を震わせ――

 副長は、はっ――と艦長を見上げ、

「これは――『五輪丸』を占拠している、敵兵からでしょうか? それにしても……イラン海軍?」

 しばし艦長と副長が視線を交わし、通信員がそんな二人を見上げていたが――

「通信員――英語で語り掛けてみてくれ――要求は何か、と」

 艦長の命令に、通信員は無線に向かい、

『This is the Japan Maritime Self-Defense Force.What are your demands?(こちらは日本の海上自衛隊である。君たちの要求は何か?)」

 しばらくして、ノイズ交じりの通信が入ったが、またも何か吐き捨てるような声だけが聞こえて――無線は沈黙した……

「どうも、相手は英語がそんなに喋れないようですね」

 通信員が言った。

「これでは交渉も何もできないですね――」

 溜め息交じりの副長の言葉の後で、艦長が、

「通信員。大きな声で、日本語で、我々が助けに向かっていることを『五輪丸』の人々に伝えてくれ」

「了解!」

 元気に答え、通信員が無線機に向かって、

「『五輪丸』の皆さん! 必ず自衛隊が助けに行きます! 待っていてください!」

 励ますように声をかけた直後――


『ヒトマルヨン! これより『五輪丸』乗込み開始する!』


 隊長の、頼もしい声が法廷を包んだ――


 

『……ちら『五輪丸』……私……ルシャ語を話せる乗組……ホンダで……イランの人達は、あなた……ここから……去るよう、要求して……』

 スピーカーから、強いノイズ交じりの、明確な「日本語」が入った。

 法廷の――艦橋の雰囲気が一変する。

 画面内では、艦長と副長がまた顔を見合わせ――

 すぐに副長が、マイクに向かって、

「いや、ヘリは退避させない――そのままそこで頑張ってください!」

 励ました。

 再び『五輪丸』との回線が繋がり――

 ノイズと共に、耳を弄するヘリのローター音が聴こえてきて、

『あの、『五輪……』! ……ら『……丸』! ……ンの人……へリを撤退さ……言って……の! ……もし?」

 途切れ途切れの“ホンダ”からの通信。

『ヒトマルゴ! これより『五輪丸』乗込み開始する!』

 対称的に、ひどくクリアな無線――しかも、高い声――が、立入検査隊から入る。

 その後も、

『ヘリを遠ざけて――』

 というノイズ交じりの無線が入り――

「急げ、急げよ、タテノ――」

 副長が祈るようにブツブツ呟くのが聴こえる。

 少しして――必死に繰り返し入っていた『五輪丸』からの無線が――途絶えた。

 副長は、ばっと通信員席のマイクに駆け寄ると、

「『五輪丸』! 聞こえるか? 『五輪丸』! 応答してくれ! ……くそっ!」

 その後、副長は別系統の無線のマイクに、

「マルマルロク! こちら『ぎんが』! ブリッジ内に変化はないか?」

 バタバタというローター音とともに、それでもそれに負けない音量で、

『マルマルロク! 熱源がやや増えましたが、変化なし! それより、船上から当方に向けられていた銃撃が、ひとまず止みました!』

 ヘリからの回答に、ふーっ……と、大きく副長が息を吐く。と、

『こちらヒトマルヨン……』

 遠めのローター音を背景に、明瞭だが、やや抑え気味の隊長の声――


『ブリッジ左ウィング側入り口に到達……防水扉は開放……くそ、どうやら状況が変わってやがる……ブリッジ内、六名の敵性兵士を確認――六名の乗員が人質になっている模様――』

 

 法廷内に緊張が走る――

『こちらヒトマルヨン――ヒトマルゴ、応答せよ――ヒトマルゴ――おい、スズ!』

 隊長が、もうひとつの無線に呼びかける。

『こちらヒトマルゴ――ヒトマルヨン、ブリッジ右ウィング出入り口に到達、こちらは扉は閉ざされている、どうぞ』

 「スズ」と呼びかけられた、やや”高い声”が隊長に答え――

「おい、女?」

「女性の自衛官か?」

「いや、今は珍しいことじゃ……」

 傍聴席で、数人の囁き交わす声が……

『こちらヒトマルヨン、いいか、そっちの扉を叩いて敵の注意を引け――同時にこちら側から突入する。その後、第二班も突入、そっち側に三名、武器を持って立っている敵がいる、これを確実に排除しろ――どうぞ』

 再び、水を打ったように法廷内が静まり返る――

『ヒトマルゴ――了解』

 唾を飲みこんだような「スズ」の応答が聴こえて――

『ヒトマルヨンからヒトマルゴ……やれ!』

 

 ジッ……


 通信が切断されるノイズ音の後――

 それきり、無線からの声は、法廷に――艦橋に、届かなくなって――

 タンカーの炎が、じりじりと”時間”を焼いていく――

 法廷全体が息を呑む――

 

『こちらヒトマルヨン、ブリッジにて六名の侵入者排除! ブリッジクリア、要救助者六名、確保!』


 静寂の法廷に力強い声が轟き、艦橋では艦長、副長が顔を見合わせ、

「よし!」

 目を見合わせ、頷き合い、副長は肘の高さに握りこぶしを作っていた。

 すぐに、

「ヒトマルヨン! こちら『ぎんが』! 立入検査隊、人員に被害はないか?」

 無線で問いかけ、

『ヒトマルヨン! クヌギタ二曹が腹に被弾――いや、防弾チョッキで大丈夫だ……我が方に被害なし!』

 再び、艦長と副長が大きく頷き合っていた――


「ここは、待っているだけなので早送りします」

 静まり返った法廷に、主任検事の言葉が響いた。

 スクリーンの映像が早送りされ、再び通常の再生速度で映像が動き始める。

 艦橋外に映るタンカーでは、早送り中にも散発的に爆発が起こっていたが、今やその中央部まで延焼範囲が拡がり、艦橋内部はますますオレンジ色に染まっていた。

 その様子を見詰め、じっと立ち尽くす風間の黒い背中――その時――


『こちらヒトマルハチ! 艦長! タンカーの乗員のうち、十一名を救助しましたが、隊長のタテノ一尉が最後の乗員を救出後、どうやら船上で撃たれたようで、戻りません!』


 法廷のスピーカーから、悲痛な無線の声が届いた。

 一瞬、画面の中の風間の背中が硬く凝固した。

 風間は艦橋壁面からマイクをひったくると、


「タテノを待て! なんとしてもタテノを……」


 それまでの風間とは似ても似つかぬ必死な声……刹那――

 突然、艦橋窓外がオレンジ色に明るく発光するや、


 ドドオォォ――ン――


 凄まじい爆音が法廷内を揺るがした。

 そして――明かりがやや落ち着くと、タンカー中央に巨大な火柱が――

「艦長! 限界です!」

 爆発に一瞬、あと退っていた副長が、身体を前に乗り出し悲鳴に近い声を上げる。

 だが――

 大きくなった火柱の前で、じっと立ち尽くす風間の後ろ姿は微動だにせず――

 獲物に飛び掛かる直前のような姿勢で風間を見据えた副長は、右手に掴んだマイクを口元に当て、


「タチケン隊! 要救助者と共に全員離脱! ()()()()()()()()()()()! 急げ!!」


 法廷内を、副長の金切り声が切り裂いた。

 それでも風間の後ろ姿は、オレンジ色の輝きの前に立ち尽くして動かない。

 ……いや、動けない、のか――

 その時――


『こち……ルヨン、おやっ……に構わず……タイしてください……』


 ノイズと爆音交じりの、隊長の声がスピーカーから届く……

 やがて――

『ヒトヒトク! タチケン隊一班、タンカー離脱! これより『ぎんが』に向かう!』

『ヒ、ヒトマルゴ! 第二班、タンカー離脱しました! 帰艦します!』

 隊長とは違う男性と、女性――おそらく「スズ」――の声が聴こえ――

 右手のマイクを、重たげに口元に持ち上げた風間は、

「タチケン収容後、本艦、離脱……」

 スピーカーから絞り出された風間の声は、ひどくしわがれていた……


「以上です」

 静かに検察官が告げ、映像が止まった。

 傍聴席で、誰かが大きく息を吐いた。

 スクリーンが暗転し、法廷に本来の白い照明が戻った。

 被告人席に座る風間は、じっと画面を見つめたまま、唇をかんでいる。

 両膝に置かれた彼の拳は、きつく握り締められていた――


 その後、裁判官が検察官側の証人尋問について、公判前の整理手続きで決定していた日程等の最終確認等を行い、今度は弁護人側の証拠について質した。

 滝村弁護士は、同じく調整済みの証人尋問を求めるとともに、

「一点、書証の追加をお願いします」

 と述べ、検察官がこれに同意した。

「では、採用します。書証を提出してください。」

 自席に訪れた書記官に、ひとまとめの分厚い紙束を手渡す滝村。

「弁護人より、被告人の減刑を求める署名、及び嘆願書、計五万筆を提出します」

 五万筆――法廷に、微かな、しかし確かなざわめきが走る。

 国家が彼を「人殺し」と呼ぶ一方で、五万人の国民が彼を「英雄」と呼んでいる。その数字の重みが、裁判長の机に積み上がった。

「……本日の証拠調べはここまでとします。次回期日は、証人尋問を行います」

 裁判長が立ち上がり、重厚な椅子が床を擦る音が、閉廷の合図となった。

 被告人席で立ち上がり、裁判官に向かって頭を下げる風間。

 傍聴席からその白い背中に向かって、

「戦争犯罪者が……」

「艦長! 応援しています!」

 押し殺したような、しかし鋭い罵声と、祈るような声が同時に投げかけられた――



 

第一章 資料


刑法抜粋


第二十五章 汚職の罪

(公務員職権濫用)

第百九十三条 公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、二年以下の拘禁刑に処する。


第二十六章 殺人の罪

(殺人)

第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。


第三十章 遺棄の罪

(保護責任者遺棄等)

第二百十八条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。

(遺棄等致死傷)

第二百十九条 前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

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