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第三章 村澤怜士――護衛艦『ぎんが』副長 その四

十六

「証人、村澤証人。もう一度聞きます。後から考えた感想ではなく、あの時、あの瞬間の、貴方の気持ちを――」

「異議あり! すでにあの時の思いについては、証人は詳細に証言済みです! 質問の重複です!」

 何もかもが暗かったオマーン湾の海上から――

 いつしか村澤は、法廷の、どうにも白くまぶしすぎる光の中に戻ってきていた。

 目の前に座った書記官が、じっと眼鏡の奥から自分を見つめている……

「裁判官、私の質問はまったく重複したものではありません。主尋問で答えた村澤証人の、この場面における証言は、戦場から離れ、平時に後から付け加えた感想に過ぎません。いや、その冷静な視点での証言も重要かとは思いますが、村澤証人が現場で、どのように感じ、動いていたか、ここを明らかにしない限りは、やはり被告人の罪を正しく問うことはできないと、弁護人は考えます」

 じっ――と、初老検事が、滝村に鋭い視線を送る。

 女性裁判長が両隣の裁判官と何事か言葉を交わした後、

「異議を却下します。弁護人は、質問を続けてください」

 正面に向き直って静かに告げた。

 主任検事が大きく溜息を吐いて着席する。

「再度質問します。氷室司令から、『君に任せる』と言われた時の、証人の、その瞬間の正直な気持ちを、是非、教えていただきたい」

 法廷の全員が、自分に注目しているのを、村澤は感じた――

 いや、違うか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 村澤の頭に、ぐるぐると、当時の記憶と感情と――

 事後の自衛隊での調査、詰問。

 懲戒処分を喰らった直後に氷室と飲んだ時の事。

 そしてこの公判の前に防衛省の幹部や訴訟対策の法務省の検事と話したこと。

 さらに今、この場で自分に質問している検事たちと打ち合わせた時のことなど――


 が、まるで走馬灯のように駆け巡った。


「風間を断罪する」「協力してくれ」等と持ち掛けてきた自衛隊幹部たち。

 ある幹部はこう囁いた――

「村澤君、君がこの裁判で上手くやってくれたら、君を現場に戻すつもりだ」

「君のことは悪く証言しない」と言ってきた氷室一佐。

「どのように証言すれば風間の印象を悪く出来るか」等と相談してきた検事――


 と、突然、また、あの夜の、風間の薄灰色の瞳――

 瞳の中では、確かに炎が揺らめいていて――


 ――ありがとう、副長

 

 さらに村澤は、この証人尋問開始時の宣誓を、唐突に思い出していた。


 良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います――


「事あらば身をもって責務の完遂に務め……」


 同時に、村澤は自衛隊入隊時に捧げた宣誓をも思い出し――

 村澤の胸を苦い思いが締め付けた。

 法を守ると言いながら、自分は今、何をしようとしているんだ?

 この法廷で、俺は今――()()()()()()()()()()()()()()()()()


十七

 後は、君に任せる――

 

 はあ? 何言ってんだ、氷室司令は?

 ――ふざけるな!


 心の中で毒づいた村澤の眼前に、燃える『五輪丸』があった。

 めらめらと、炎が自分の心を侵食していく――

 無線のマイクを通信員から受け取り、

「飛行科、発艦準備はどうか?」


 ――そうかい、ならやってやるよ。

 ()()()()()()()()()()()()

 風間と一緒に、行けるところまで行くだけだ。


『こちらマルマルロク、発艦準備完了。全系異常なし、いつでも上がれます!』

 風間が頷く。

「よし、ヘリ発艦始め! タンカーとタンカー周辺の海域を探査せよ!」

『了解!』

「タチケン隊もボート発艦! タンカーの前方100メートルまで接近し、そこで指示を待て!」

 

 力強いローター音――

 プロペラが空を切り裂き、ヘリがタンカーに向かって行く――

 その時――


『聞こえる……ちら『五輪丸』ブリッジ! 武装……侵入者は十名! 内二名……ッジ外に出て、二名がブリッジを制圧……他は船内を捜索……ブリッジでは船長が射殺さ……生存者が……ぐわっ!』


 ゴトリ――


 硬い物が床に落ちた音とともに、無線が途切れた。

「艦長! これは……船長が射殺?」

 思わず呟いた直後、

『こちらマルマルロク、海面上に浮遊者なし! タンカー上構造物に熱源感知、人員と思われます! ……わっ!』

「どうした! マルマルロク!」

『ま、マルマルロク、艦橋付近から小銃によると思われる発砲を受けました!』

「なんだと?」

 なんてことだ……


 タンカーでは船長が射殺、さらに救難ヘリに発砲――


 これはもう、明らかだ。

 タンカーは、何者かに攻撃され、占拠されている。

 風間のこれまでの判断は――

 村澤は、暗い中、炎の舌が舐める長身の風間を見詰める。

 風間は、マイクを掴み取ると、


「直ちにタチケン隊ボート発進! 即座にタンカーに乗船せよ!

 乗員からの貴重な情報により、

 タンカーには敵性兵士少なくとも十名が乗船していると判明した! 

 なお、ブリッジでは船長が射殺されたとのこと、十分注意し、

 もし命に危険を感じた場合は、武器使用を許可する。

 正当防衛および緊急避難の範囲内において躊躇するな!

 ()()()()()()()()!」

 毅然として言った。

 

 ()()()、か――


 まったく、こういう言葉を使わなきゃ、まだ好感が持てるんだけどな、この艦長――

 

 ふと、そんな思いが、村澤の胸をよぎる。

 風間に続き、村澤も無線のマイクを掴んだ。

「マルマルロク、聞こえるか! これからタンカーにタチケンが突入する! タンカーのブリッジ周辺を飛んで、船上の敵兵の注意をひきつけろ!」

『りょ、了解! マルマルロク、敵兵の注意を空に向けます!』

 村澤の言葉に、ヘリから覚悟を決めたパイロットが返答した。

 と――


「ありがとう、副長」


 風間が、静かに村澤に言った。

 一瞬――

 村澤は、同じ覚悟を、風間との間に“共感”していた――


『こちらヒトマルヨン、これよりタンカーに向け発進する!』

『こちらヒトマルゴ、タンカーに向け発進する!』

 立入検査隊隊長の館野と、副班長の鈴野すずのの声が耳に届いた。

 村澤は、一度、自分の胸に問いかけ――

 それから、風間を見上げ――言った。

「艦長……もう、やるしか――いえ……やらせるしか、ないですよね?」

 風間の薄灰色の瞳が村澤を見詰める。

 そして、風間は、静かに、ゆっくりと頷いた。

 村澤も、頷き返すと、無線のマイクを口に近付けた。


「タチケン隊! こちら『ぎんが』! 現在判明している状況を伝える!

 ブリッジ内の敵兵は二名、ブリッジ外に二名! その他六名が、船内を捜索中だ!

 なお、ブリッジには数は不明だが生存者がいる模様!」


 一気にここまで喋ってから、一呼吸置き――ゆっくりと、言った。


「繰り返すが、正当防衛、緊急避難の範囲内で――()()()()()()()()

 そして――国民の生命を最優先しろ! いいな!」


 そうだ――()()! ()()


『こちらヒトマルヨン! 了解!』

『ヒトマルゴ! 了解!』


 決然とした応答が、艦橋に響く――そして、


『ヒトマルヨンから各員へ! 聞いたな? 敵は十名だ!

 タンカー乗員が必死に状況を知らせてくれたらしい!

 この勇気を、無駄にはできねえぞ!

 ……よおし、てめえら、気を抜くな!

 ヘリが身体張ってくれるんだ! 最大戦速でタンカーに乗り込むぞ!

 ……敵は船長を射殺している……いいか。

 ()()()()()()()()()

 

 風間と村澤の覚悟が、館野の中に()()()のを、村澤は確認していた――


十八

「証人。この件については、答えられない、ということでよろしいですか?」

 気が付くと、女裁判長が自分の方に身を乗り出して声をかけてきていた。

 

 はっ――とした村澤は、

「あ、その、あ、いえ……」

 と答えると、弁護人の滝村に向かって、

「すいません、質問を、もう一度――もう一度、お願いします」

 頭を下げた。

 これを受け、滝村は、再度、ゆっくりと、最前の質問を繰り返した。

 それを、一言一言、頷きながら聴いていた村澤は、質問終了後、おもむろに――

 自分に言い聞かせるように、こう喋り始めていた――


「はい、あの時の気持ちを、思い出しました――

『君たちに任せる』……

 氷室司令のあの言葉を聞いた時、

 私は……私たちは、見捨てられたのではないか――

 そんな気持ちになったのも……事実です」


「おい、村澤が認めたぞ……」

「やっぱり氷室は、丸投げしたんだ――」

「なんて奴だ――」

 傍聴席に明らかなざわめきが起こった。

 証言の潮目が変わった。

 記者たちが、一斉に書類にペンを走らせている。

 険しい顔で腕組みをする主任検事に、隣の若い検事が何やら慌てて話しかけているのと対照的に、風間の背後では、二人の弁護士が淡々と自分のPCのキーボードをたたいている。

 滝村は、そんな中、ひとり村澤を静かに見詰め、佇立し――


「静かに! 静粛に願います!」


 裁判長がやや大きな声で言った。

 寄せていた波が引くように、ざわめきが法廷から遠ざかっていく――

「では、証人は、その瞬間、氷室司令の『君たちに任せる』との言葉は、現場への丸投げ、放任、とも取れた、という事でよろしいですか?」

 法廷が静かになるのを待った滝村の質問に、村澤は、

「はい、そうです」

 はっきりと肯定した。

「もう少し、その時の気持ちを、あなたの言葉で聴かせていただけますか? 証人」

 先ほどまでと違い、村澤の表情は柔らいでいた。

「いや、後から考えたこととも、実はちゃんと繋がっていましてね」

 村澤の口角が、わずかに上がった。

「丸投げされたので、背中を押されたと思ったってことですよ――はは」

 そんな村澤を、被告人席から、薄灰色の風間の瞳が、じっと見詰めている。

「ええ、そうですね、私は期待していたんです、氷室司令に。この絶望的な状況? って言うんですか、これまで海上自衛官の誰も経験したことのないようなこの状況を、氷室司令なら何とかしてくれるかもしれない、と。“法と組織の力”で、打開してくれると。けれど、氷室司令からは結局、具体的な指揮は何もありませんでした。通信を、風間と代われ、とも言われなかった。タンカー救出優先は、単に現状を追認しただけでした。その上で、『君に任せる』ですからね。私は『ぎんが』の副長ですよ? 最初、私は、意味が解りませんでしたね」

 さっきまでと違い、饒舌にしゃべる村澤を、誰もがじっと見つめていた。

 そんな村澤の顔には、ずっと自嘲的な笑みが貼りついていて――

「だから決意しました。とことんやってやろうと。ええ、風間艦長に従って、最大限努力を尽くそうと。目の前の、『五輪丸』の乗員救出に全力投球してやるって。ですから」

 村澤はここで言葉を切り、大きく息を一つ吐いてから続けた。

「後から思えば、『氷室司令が背中を押してくれた』とも取れるわけですよ。何せその後、私は何も迷うことなく風間艦長の補佐に徹することができたのですから。そういう意味では、氷室司令には感謝していますよ。以上が、私の……まさにあの時の正直な――気持ちです」


十九

 一時、法廷を静寂が支配した。

 記者たちのペンを走らせる音だけが、渇きを伴って響いている。

 主任検事は唇を噛み、隣の若い検事はむっつりと腕組みをしている。

 さらにその隣の、白髪の検事は、眼鏡の中の冷えた視線を滝村に静かに向けていて――

 そんな中、表情一つ変えない滝村が、質問を再開する。

「まさに……あの時の、証人の偽らざるお気持ちを語っていただき、ありがとうございます。最後に、もう一点だけ、質問させていただきます」

 村澤は、丸っこい顔を滝村の方に向けた。

「この後、証人は、証人が仰ったとおり、被告人を全力でサポートし、『五輪丸』の救助活動に邁進されましたね。立入検査隊がタンカーに取りつく際に、武装勢力の意識を空に向けるためヘリを囮に使うなど、素人の私から見ても見事な指揮だと感服しました」

 ここでいったん、滝村は言葉を切った。

 しばらくの沈黙ののち、滝村が言った。


「最後に、館野一尉が未帰還となった件については、

 本当に悲劇と言わざるを得ません。

 あの時、証人は、立入検査隊に対し、

 館野一尉を捨ててでも戻るように指揮され、

 苦渋の決断だったと述べています。


 しかし、()()()()()()()()()()()()()――


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 この質問が終わるとともに――


 それまで柔らかかった村澤の眉間にしわが寄り、顔色がどす赤く変化し始めた。

 身体が細かく震え始め――

 

 それを見詰めていた滝村の右目の眉がピクリと跳ねた。


「いや……判りませんね」


 それまでと打って変わった、ぎりぎりと絞り出すような声で、村澤が言った。


「判らないですよ! 誰も! こいつの気持ちなんか!」


 突き刺すように風間を指さし、吠えた。


「憲法も! 自衛隊の規律も! 国際法も!

 何もかも、こいつには関係ないんだ!

 自分の目的を達成するために、なんだって簡単に切り捨てられる!

 判ってたまるか! こいつの気持ちなんて!」


 証言台でやや腰を浮かし、口角から泡を飛ばしながら村澤が続ける。


「この男は、汚い男だ!

 何もかも全部捨てやがったくせに、

 最後の最後、一番大事なところで、館野だけは捨てられなかった!

 館野を見捨てて、その他大勢を救う、という判断を、こいつは放棄したんだ!

 そうだろ? 逃げたんだ、こいつは!

 館野を捨てるという苦しみから目を背け、逃げ続けたんだ!」


 それまで怒りに赤く歪んでいた村澤の顔が、一気に嗚咽の表情に切り替わった。


「た、館野を……館野を捨てて逃げろと、この指揮をしたのは――


 ()()! ()()()()()()()()


 こいつが指揮できなかったから、逃げたから――

 だから、俺が――俺が……!」


 村澤は、証言台から喰いつかんばかりに被告人席に座る風間を睨みつけた。


「お前は手を汚さなかった! お前は卑怯者だ! 風間!

 お前は卑怯者なんだよ!

 ()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺は――俺は……俺は!」

 

 うわあああああああああっ……

 

 その場で、村澤は泣き崩れた。

 大の男が、証言台に突っ伏し、大きな声で泣き喚いた。

 法廷は騒然となった。

 女裁判長は立ち上がり、検事たちは慌てて証言台に駆け付けた。

 傍聴席の傍聴人たちも、それぞれにそんな村澤の姿を見て囁き合う――

 滝村は、ただ静かにその場に佇立し続け――

 白髪の検事の冷えた視線が、滝村に突き刺さる――


「これにて証人尋問を終了します! 検事さん、証人を、法廷の外に!」

「はい! 村澤さん、大丈夫ですか?」

「村澤さん?」

 駆け寄る主任検事と若手検事が、村澤の両肩を持ち立ち上がらせる。

 しかし、なおも村澤は、その場に立ちながら、


「俺だ、()()()()()()()()んだぁ~っ! うわあああああああ――――――っ!」


 絶叫し、さらに、裁判官の方に身を乗り出し、


「裁判長! 裁判長ぉっ! ()()()()()()! 俺を、俺を裁いてください!」


 目を真っ赤にし、涙を流し、鼻水を滴らせながら大声で懇願していた。

「村澤さん、落ち着いてください! 検察官、証人を早く……」

 女裁判官が必死に促し――

 そして――

 検事二人に両側から支えられ、法廷の外に連れ出される村澤の背中を――

 風間は、その薄灰色の瞳で、じっと見続けていた……



第三章 資料 


 ジュネーブ条約(第2条約)抜粋

 第二章 傷者、病者及び難船者

 第十二条

 次条に揚げる軍隊の構成員及びその他の者で、海上にあり、且つ、傷者、病者又は難船者であるものは、すべての場合において、尊重し、且つ、保護しなければならない。この場合において、「難船」とは、原因のいかんを問わず、あらゆる難船をいい、航空機による又は航空機からの海上への不時着を含むものとする。

 それらの者をその権力内に有する紛争当事国は、それらの者を性別、人種、国籍、宗教、政治的意見又はその他類似の基準による差別をしないで人道的に待遇し、且つ、看護しなければならない。それらの者の生命又は身体に対する暴行は、厳重に禁止する。特に、それらの者は、殺害し、みな殺しにし、拷問に付し、又は生物学的実験に供してはならない。それらの者は、治療及び看護をしないで故意に遺棄してはならず、また、伝染又は感染の危険にさらしてはならない。

 治療の順序における優先権は、緊急な医療上の理由がある場合に限り、認められる。

 女子は、女性に対して払うべきすべての考慮をもつて待遇しなければならない。

 第十八条〔犠牲者の捜索、保護及び応急処置〕

 第一項

 紛争当事国は、各戦闘の後、遅滞なく、難船者、傷者及び病者を捜索し、及び収容し、それらの者を略奪及び不当な待遇から保護し、並びにそれらの者に対して適当な看護を確保するため、並びに死者を捜索し、及びその遺体が略奪されることを防止するため、あらゆる可能な措置を執らなければならない。

 第二項

 紛争当事国は、事情が許すときはいつでも、包囲され、又は取り囲まれた地域から海路による傷者及び病者の搬出のため、並びにその地域へ向かう衛生要員、宗教要員及び衛生材料の通過のため、地方的取極を締結しなければならない。



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