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第三章 村澤怜士――護衛艦『ぎんが』副長 その一

「私は、護衛艦『ぎんが』の副長として、かざ……被告人が同艦の艦長となった半年後に、同艦に赴任しました」


 関東地方裁判所104号法廷。

 スーツを身に付けた三十代男性が、証言台に座って主任検事の質問に答えていた。

 丸い顔に丸い身体、短く刈り上げた頭髪――得度した僧侶といった風情。

 鋭い眼光と“へ”の字口が、意志の固さを感じさせる。


 男の名は村澤怜士むらさわれいじ――


 現在は、江田島の第一術科学校厚生課長として、校内の売店の管理運営や業者との折衝等に当たっている。

 風間の当時の印象について訊かれた村澤は、こう答えた。

「そうですね。有能ではあるが、非常に危うい指揮官、という印象でした。一度、同じ(ふね)で勤務しましたが、少々突っ走るところのある人物でした。演習の時など、すぐ撃ちたがるようなところが印象に残ってます」

「そんな被告人が、直接の上司となる――証人はどんな思いを持ちましたか?」

「これは気を引き締めなければならないな、と思いました。艦長の勝手な判断が、自衛隊の規律のみならず、国際問題に発展する可能性すらある海域です。副長である私がブレーキ役に徹するべき、と心しました」

「では今度は、証人たちの上司であった艦隊司令官、氷室一佐との関係を教えてください」

 村澤は、細い目をすがめて天井に向けた。

「氷室一佐は、私の良き先輩です。何度も同じ艦や部署で勤務をし、一佐からは、我々自衛官は、有事に際して、きちんと法の手続きを踏み、考え、判断しなければならないなど、本当に色々なこと教えていただきました」

「氷室一佐は、証人が信頼をおける上司だという事ですね」

「はい、そうです」

「その氷室一佐から、何か事前に指示されていたことなどはありましたか?」

 ゆっくりと、村澤が当時の記憶を辿っていく……

「風間は色々と問題のある男だ。今、非常にこの海域は情勢が複雑化している、くれぐれも頼むぞ――と、いうようなことを言われた……と思います」

 やや、自信なさげに言ってから、村澤は付け加えた。

「ちょっと、大分時間が経っているので、あれですけど」

「大丈夫ですよ、憶えている範囲で語っていただければ。ところで、その司令の言葉を、具体的にどのようなこと、として、証人は受け取りましたか?」

「風間艦長の軽々な判断は最悪の事態を招きかねないから頼むぞ、と――要するに、暴走しないように見張り、必要なら止めろ、という意味だと受け取りました」

「では、実際に一緒に勤務してみて、どうでしたか、被告人は」

 村澤は、ちょっと首を傾げた。

「そうですね、例えば機雷のようなものをヘリが発見したことがありました。その時も、私は直ちに司令に報告し指示を仰ぐよう進言しました。でも、艦長は私の進言を聞かず、その不審な浮遊物に『ぎんが』を接近させたことがありました」

「被告人は、証人の進言に対し、何か言いましたか?」

「必要ない、本艦でまず確認すればよいとのことでした」

「近寄ってみて、その浮遊物は、機雷だったのですか?」

「いいえ、単なる漂流していたブイのようなものでした。本当に何事もなく幸いでした――ただ」

 村澤は、ここで言葉を切り、一呼吸置いてから、言った。

「今思えば、これも危険な兆候のひとつだったのだな、と感じますね」

「なるほど。被告人は独断専行するようなタイプの指揮官だったということですね」

「はい、そうです」

 このやり取りの間――

 白い制服姿の風間ジェミニは、被告人席で自分の足元を見詰めじっと座っていた。

 茶褐色の肌に目立つ薄灰色の瞳が、静かに法廷の光を反射していた。


「それでは、事件当夜の質問に移ります」

 主任検事の声が、白い法廷に響いた。

「あの夜、証人は、『ぎんが』艦上でどのような任務についていましたか?」

「あの時は、私は初夜ワッチ――えーと……フタマルマルマルからフタヨンマルマルまでの、いわゆる『一直』という勤務でしたので、その時間に当直士官として艦橋に上がり、航海の安全と艦の運用を統括しておりました」

「フタマル?」

 主任検事が首を傾げ笑った。一瞬、主任検事に不思議そうな視線を送る村澤――

 だが、少ししてからその丸っこい顔が、みるみる赤く染まって行った。

「す、すいません、その、要するに、午後八時から深夜零時まで、私、艦橋で当直勤務をしてたんです――」

 村澤の身体が、ばつが悪そうにゆらゆらと揺れる。

 主任検事の隣に座る若い検事が、たまらない、といった表情で笑った。

 傍聴席からもクスクスと笑い声が漏れ、法廷の空気がわずかに緩む。

「大丈夫ですよ、村澤さん。リラックスしてくださいね!」

「は、はい、えっと、あの、すみません」

 恐縮する村澤を、主任検事が微笑まし気に見詰めた。

「では、その証人の当直時間に、何がありましたか?」

「救難信号ですね、救難信号を受信しました」

「誰からの救難信号でしたか?」

「えーと、商船越後屋の、『五輪丸』という船からのものでした」

「どのような内容の救難信号でしたか?」

「いや、それが、通信員は、本来信号の後に入るはずの状況の詳細が一切入ってこないと、首を傾げていました」

「それで証人はどうしましたか?」

「すぐに艦長を起こして艦橋にお越しいただき、判断を仰ごうと思いました」

 落ち着きを取り戻した村澤の顔から赤みが引き始めている。

「そして被告人が艦橋に来ました。証人はどうしましたか?」

「救難信号は受信したものの、その後の詳報が届かないと報告しました」

「被告人は何と言いました?」

 村澤の身体の揺れが、ふっ――と止まった。

「すぐ信号の発信地点に向かう、と艦長が言ったので、私は、まず司令の指示を仰ぐべきと、強く進言しました」

「被告人は聞き入れましたか?」

「いえ――聞き入れず、司令に報告だけ入れるよう指示してきました」

「証人は、そのような指示を受け、どう思いました?」

 村澤は、少し沈黙し――そして、大きく息を吸い、


「またか――と思いました」


 溜め息とともに、言葉を吐き出した。

「何が、『またか』だったのですか?」


「また、司令の指示なく独断専行する。艦長の悪い癖が始まった、と……この微妙な情勢下で指揮命令系統を逸脱すれば、我々の業務行為自体の瑕疵が問われかねない。このことを艦長は判っているのか? と、強く思いました」


 村澤は、一言一言、慎重に区切ってこの時の気持ちを話した。

 主任検事の隣に座る若い検事が、さっきとは違う笑みを口元に浮かべ、ちらっ……と、裁判官へ視線を走らせた。


 その後、村澤は、司令の座乗するソマリア沖の護衛艦『てんま』に、

『ぎんが』はこれより救難信号の発信源に急行する――

 と、通信報告した。

 続いて、各部署に臨戦態勢を整えるよう次々と指示を出し――

 やがて――

 現場に到着した彼らは、タンカー『五輪丸』が燃えているのを現認する……


 満天の星空を背景に、『五輪丸』が、赤い炎を噴き上げ黒い海を漂っていた。

 暗い艦橋内から双眼鏡でこの状況を確認した村澤は、ただならぬ事態に全身が緊張でこわばるのを感じ――


『右、二時の方向! 船です! 高速で我が艦に向け接近中!』


 突如、CICからの切迫した声が突き刺さる。

 二時の方向?

 双眼鏡を向けると、黒い波を切り裂き急迫する黒い船。

 『ぎんが』に突き刺さらんばかりのスピード――

「艦長! 確かに……あれは……」

「主砲、撃ち方用意! 目標、接近する敵艦船!」

 村澤の呟きを、風間の指揮が引き裂いた。


 ――何? ()()()()()


「艦長! それは自衛権の逸脱ですよ!」


 素早く双眼鏡を降ろした村澤は、思わず叫び返していた。

 しかし、目の前の風間は、再び双眼鏡を構え――

 一瞬、風間の薄灰色の瞳が、ぎらっ――と光り……


 ウイイイイイイン――


 主砲が不気味に回転し、そして――

 マイクを手にした風間の唇の端が、


 にいっ――


 獰猛に吊り上がった。

 村澤の背筋に悪寒が走る――


 何だ? 艦長――わ、笑っているのか?


「主砲、てーっ!」


 風間の指揮が、村澤の慄きを断ち切った。

 一拍置いて――

 主砲が凄まじい音を発しながら弾丸を高速で吐き出し――

 艦橋が、ぶるぶる……と、微かに振動した――


「艦長は――被告人は、確かに、笑っていました」

 

 白い照明の法廷に、村澤の声が冴え冴えと響き渡った。

「証人、それは、本当に間違いないのですね?」

 主任検事の念押しの質問に、村澤が、

「はい。間違いありません。()()()()()()()

 法廷が戦慄した。

「おい、まじかよ」

「笑ってた、だって?」

「主砲発射の指揮を、笑って……」

「いやだ、怖ろしい――」

 傍聴人が口々にどよめく。

 村澤を見詰める主任検事の眉間にはしわが寄り、隣の若手検事と初老の検事は、鋭い視線を村澤の向こうに座る風間に向ける。


『イランとの三日間戦争』と呼ばれる、戦後日本の未曽有の混乱の引き金――


 それを風間が


 ()()()()()()


 という事実に、法廷の空気は凍り付いた。

 それでも風間は、被告人席で微動だにせず――

「証人は、そんな被告人を見てどう思いましたか?」

 村澤は、風間を一瞥し、すぐ視線を外すと、

「やはり、()()()()()()()、そう思いました」

 断言した。


()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 それが風間ジェミニなのだと、思い知らされました」

 

「やっぱりおかしいよ、風間は」

「狂ってる――」

「異常者……」


「静粛に! 傍聴人は、お静かに願います!」

 凛とした女裁判長の声が、揺れる法廷を鎮めた。

 主任検事は、法廷が落ち着くのを待ってから、

「録画記録では、証人は、被告人の指揮を『自衛権の逸脱』と非難しています。本来であれば、あの時、どのような手順を踏むべきであったと、証人はお考えですか?」

 これを受け、村澤は、ゆっくりと言葉を紡いでいく……

「本来、我々自衛官は、正当防衛の場合や、国民に明らかな急迫の危機が迫っている場合でしか、相手に向かって直接武器を使用することはできません。こちらが先に撃てば、相手に日本から先に攻撃された、という口実を与えてしまう。現場の軽率な判断で、戦争という最悪の事態を招きかねないのです。そして、セオリーとしては、武器を使用する場合は、相手を直接撃つのではなく、相手に攻撃を思いとどまらせる『威嚇射撃』を、最初に行うのが、通常の手続きです」

「では、この場合も、まず『威嚇射撃』を行うべきであったと考えますか?」

 村澤は、じっと中空を見詰めた。

「そうですね……英語による警告、という手順もありますが……不明艦船は相当な速度で我が艦に肉薄していました、まず『威嚇射撃』が相当だったと考えます――が、しかし……」

「しかし、なんでしょうか?」

「後から考えれば、この時点で不明艦船の国籍すら判明していません。まずは、警告と、国籍を明らかにするよう問う、という手順も必要だったか、と思います」

「なるほど、相手の国籍を問う必要があったと……それはなぜですか?」

 村澤の眉間にしわが寄り、黙想するように瞼が閉じられる――

「相手がイラン国籍だと判れば、風間艦長も、攻撃を思いとどまったかもしれない……国家間の紛争に発展する可能性が大きいから、です――回答がなく、相手がテロリストという可能性が大きければ、まだ……難しいですが、先制攻撃も――いや、厳しいかな」

 そんな村澤をじっと見ていた検事が、

「要するに、テロリストであれば先制攻撃は許されたかも、と?」

「あ、いえ、これは難しい問題なんで。憲法がそもそも、我々の先制攻撃を許してませんので――例え相手が、テロリストだとしても」

「この議論はひとまず置くとしても、不明艦船に対する先制攻撃――日本中を恐怖に陥れたあの一撃……が、現実に行われてしまった、ということですね」

 村澤は、静かに瞼を開け、頷いた。

「そうです、そのとおりです」

 

「その不明艦船に対する主砲発射後、何がありましたか?」

「不明艦船が炎上しました」

 主任検事が、少し黙って村澤を見詰め、

「それだけ――ですか?」

 念押しするように、訊いた。

 村澤は、不思議そうに検事を見詰め――「あっ」と口を開け、

「そうでした、敵艦からの数発の砲弾が、本艦に着弾しました」

「それは、敵艦から攻撃を受けた、ということですか?」

「そうです、攻撃を受けました」

「証人は、この攻撃を受け、どう思いましたか?」

 村澤は、ちょっと照れた笑いを浮かべ、少し頬を赤らめ、天を仰いだ。

「えー……この攻撃を受けた後の発射命令であれば、『正当防衛』が成立したのに、と、思った――と、思います」

「『正当防衛』が成立したとすれば、この『ぎんが』による攻撃は、問題はなかったと、証人はそうお考えですか?」

 検事の問いに、しばらく考えてから、

「難しい問題ですね」

 すっと村澤の頬から赤みが消えたように見え――

「この攻撃は、後から私も知ったことなんですが、日本を戦後最大の混乱、『三日間戦争』と呼ばれる混乱に突き落としました。そういう意味では、この攻撃は……そもそも、不当であったとも言えるわけで」

 身体を揺らし、両の握り拳をスーツを履いた太ももに擦り付けながら喋る村澤に、検事が、

「では、証人はこの攻撃自体がそもそも不当であったと」

「いや、それは――」

 検事の質問が終わる前に、反射的に村澤が検事を見て言った。

「でも、そうですね、相手から攻撃を受けてから、こちらが撃ち返したとなれば、『正当防衛』は完璧に成立しますので、相手国から先に手を出した、とは非難されないわけです。私たちの、正統業務行為も、それで担保されます。やはり、攻撃するならば、相手の攻撃を――変な言い方ですけど――しっかりと受けた後でなければならなかった。私たち自衛官は特に、と、そう思います」

 村澤の説明を受けた検事が、微笑みながら、

「正統業務行為の担保ですか。証人は法律にお詳しいですね」

 一瞬、きょとんとした村澤は、また顔を赤らめ、恥ずかしそうに頷きながら、

「あ、いえ、いや、それほどでも……」

 またもばつが悪そうに証言台で身体を丸めた。

「要するに、証人は、『正当防衛』が成立した状況であれば、あの『三日間戦争』を引き起こした当事者、という非難も、正当な業務行為であったということで、十分に反論が可能だったと、そう仰りたいわけですね?」

 検事のまとめに、村澤は、まだ少し照れに頬を赤くしながら、

「はい、そう、思います」

 何度も小さくうなずいて答えた。

「そうですか――では、その後の出来事について質問していきます」

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