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レインボーピエロ 太陽の魂と白雪の心  作者: 水無月 一
第01章 少女の笑顔
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第07話 その拳は何を掴む

※諸注意。今回は少し視点移動があります。それとちょっと血生臭いです(前回もでしたけど)。以上を留意の上でご覧ください。

「ぬう、なんと激しい気迫ぞ……! ……面白い。ではこれより真剣勝負だ。かかって参れ!」


 そう言って懐から大量の銃器を剥き出した時には、すでに照光の行動は始まっていた。


 天龍の脚ドラゴンブラストを一瞬だけ限界以上に駆動、音速で踏み込み、そしてコンクリートを砕く音とともに上半身を反らしつつひねって左拳をフルパワーで脇腹に向けて抉り入れる。


 レバーブローだ。


 空気を押しつぶす音とともに拳が突き刺さり、戦兵衛の身体がくの字に曲がる。


「ごっ、が……うごぷッ」


 引き金を引くよりも早いそれを叩き込まれた戦兵衛は、ガクガクと足を揺らしながら口に胃の内容物を溜める仕草をする。


 もちろん、この程度で終わらせるほど、照光の怒りは浅くない。


 次に照光は左半身を引きながら右手で戦兵衛の首を掴み上げ、野球のトルネード投法のように振り返りながら豪快に壁に投げ飛ばした。


「オンドゥルガッサイヤッ!!」

「ぬあああああああああああああああああああああああああ!?」


 戦兵衛がいくつも壁を破って転がり込んだのはショッピングモール。当然夏休み期間中である今だと中には多くの学生が買い物を楽しんでいたのだが、突然の闖入者に誰もが悲鳴を上げる。


 永遠に転がり続けるのではないかと思えるスピードで転がる戦兵衛は刀を地面に突き立ててムリヤリその勢いを止め、激痛と驚愕に歪んだ顔を迫る照光に向ける。


「ぐ、ぬう、なんと鋭き肝臓打ちぞ。もしや『拳闘ボクシング』のジーニアスか!?」

「くっっっっっだらねぇ! どいつもこいつも才能さいのうサイノウ! 十何年もやってりゃんなモンいくらでもできらい! つうかできないならできないでどうぞご勝手にだダァホ!」


 右腕を弓のように引き絞りつつ猛牛の如く突っ込む照光。彼の目は真っ赤な怒りに染まっていた。


 もしくは、今までにない活気に満ちていた、とも言えるか。


 戦兵衛が肩の縫い口から金属質のものを展開し、前面をすっぽりと覆った。おそらく携行型シールドを改造した何かだろう。


 それへの対抗策はすでに頭の中にあった。


 まっすぐな彼が考えるのは、それしかなかった。


「オンドゥルガッサイヤッ!!」


 構わず殴る・・・・・


 ゴバンッ! と着弾点から猛烈な衝撃波が広がる。それは衆人を払い屋内のガラスを割るほどのものだった。


 戦兵衛が耐えきれずに下がるのを、照光の荒々しいまでの怒りが追いかける。


 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、ブン殴る————


 愚かなまでに真っ直ぐで間抜けなまでにひねりのない連打だった。


 ビギリ、という音が響く。


「莫迦な! この王鋼キングステン製シールドにヒビを入れるだと!?」

「あいつは教えてくれた。大事なのは努力することじゃなくて、できることを見つけることだって」


 殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る蹴る殴る殴る殴る殴る蹴る殴る殴る蹴る蹴る殴る蹴るブン殴る————


 フェイントもコンビネーションも織り混ぜない馬鹿正直な乱打だった。


 さらに深いヒビが刻まれる。


「あり得ぬ! あり得ぬぞ! こんなこと、あってはならぬのだ!」

「俺は見つけた。十六年。本当に長かったぜクソッタレ」


 殴殴頭突き殴蹴頭突き殴殴蹴頭突き殴蹴頭突き蹴殴頭突き頭突き蹴殴蹴蹴蹴殴殴蹴頭突き————


 頭も歯も血も本能も野生も感情も精神も魂も剥き出しの猛打だった。


 その中で照光は思い描く。


 自分の進むべき道、その先を。


 白心の笑顔を。


 力を溜めるために体が反らされる。


 放たれたのは、


「笑え」


 魔龍の頭突き。


「笑いやがれええええええええええええええ!!」

「あり得ぬううううううううううううううう!!」


 渾身の頭突きは超硬度の盾を砕き、戦兵衛の姿を露わにした。


 が。


「ふん、阿呆が」


 そこで待っていたのは、戦兵衛によって構えられた水圧カッターだった。


 石材の切断に使う工具を軍事転用したそれは、寸分違わず照光の眉間に向けられている。


 思えばシールドは肩から出ていたのだ。両手はフリーなのだから迎撃の準備をしていると思うのが自然だ。


 間違えようのない死の予感。


「う、お」


 それに襲われて思わず変な声を出す。一瞬と経たないうちに頭蓋を貫かれると思うと、自分の何もかもが止まりそうだった。


 せっかく、夢へと進み出したというのに。


「————おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 だからこそ止まらなかった。


 止まるわけに・・・・・・はいかなかった・・・・・・・


 恐怖を押し潰してさらに前進し、戦兵衛の鳩が豆鉄砲を食らったような顔が目の前に来るまで詰め寄る。止まると予測されていたからか射線がわずかに逸れ、側頭部をかすり右耳が吹き飛ぶだけにとどまり、


 そして、


 頭を振り下ろす。


 莫迦な、という驚きの声を聞いた。どちらの口から発せられたのかは分からないが、どうでも良かった。


 ゴシャッ!! という汚い音がモール内に響き渡る。


 二人はそれぞれ額を手で押さえ、ヨロヨロとおぼつかない様子で足踏みした。


 だが、膝を突いたのは一人だけ。


 もう一人は確固たる力で踏みとどまっていた。


「ぬぐあああ……あ、頭がぁぁ……」

「人のことを実験動物だと? 化け物だと? 人形だと・・・・!? 自分の定規でモノ言ってんじゃねえよクソッタレが。お前みたいな奴がいるからあいつはあんな目をするんだ。自分は人間じゃない、生きてはいけない、死ぬべきなんだ、ってな」


 照光は怒っていた。


 自分の不甲斐なさに向けるような語り口で、とても激しく。


 だがなぁ、と彼の言葉は続く。


「あいつは人間だ。誰がなんと言おうと人間なんだ。そして人間には笑う権利と義務と能力がある。そして笑えば人生はいくらでも輝くんだ!」


 道化師ピエロの笑顔でしか取り繕えなかった男が初めて本当に笑った瞬間だった。そしてそれはまるで自分こそ人生の成功者だと雄弁に語っているかのようだった。


 それをこの状況で浮かべた照光は、あるいは異常なのかもしれない。だが本当にそう思っていたのだから仕方のない話だった。


「笑えないなら努めるべきだ。それでも無理なら誰かに笑わせてもらうべきだ。人間は幸せになるべきなのだから!」


 人ならざる拳を、握る。


 見つけた夢を逃さないように、強く、強く、


 強く。


「俺は決めたぜ。お前をブッ潰してあいつをブッ笑わせるってな」

「ふん、間抜けもここまで来ると畏敬の念すら浮かぶ。うぬは何も理解しておらなんだな」


 鼻で笑う戦兵衛の瞑目は哀れみに満ちていた。


 もう、これに怯える日々はなくなるだろう。


 そんな気がした。


「アレを真に理解した時、うぬはアレを見捨てようぞ」

「関係ないね」


 ニシシ、とすべてを笑い飛ばし、戦兵衛の顔に鉄拳を叩きつけようとした。


 だがその直前、戦兵衛の顔にはまたあれ・・があった。


 口角を上げただけの不気味な笑顔だ。


「ロの型の壱【霧斬剃きりぎりす】」


 それを認識するや否や、前へと突っ込ませた右腕がいつの間にか後ろに弾かれていた。弾かれる直前に幾重にも重なった摩擦音と金属音が聞こえた以外には何が起こったのかさっぱり分からず、照光はただ驚愕に目を見開いた。


「ふむ、六回か。まあ良かろう」


 ポツリとつぶやく戦兵衛に腕だけの力を使った左ジャブを放つ。


 それだけでも人一人を叩き伏せるには充分な破壊力があるというのに、それも同様に摩擦音と金属音とともに後ろへと弾かれた。


「!?!?!?」

「四回。うむ、終いとしよう」


 戦兵衛は後ろによろめく照光が離れないようにすり足で間合いを保ちつつ、腰を落として何かを体に隠すようにして構えた。


 あれは————


「居合か!」

「名答」


 チキッ、と鞘の尻が揺れた瞬間、


「イの型の弐【砕鎧さいがい】」


 戦兵衛に後光が差した。


 反射的に膝を上げてスネで腹部を守ると、先ほどとは違う鈍い金属音がモール内に響いた。


 天龍の脚ドラゴンブラストが折れた音でも、ましてや斬れた音でもない。現に距離を取るために後ろに跳ねる脚があることからそれは窺えた。


「ぬう、さすがに限界であろうな」


 戦兵衛が空き缶でも捨てるように放り投げたのは折れた日本刀。そして奇術師マジシャンみたいに袖から取り出したのは真新しい日本刀だった。


 複数の金属音と摩擦音。突然の発光。そして折れた日本刀。


「まさか」

「気づいたようだな。いかにも、儂の桶狭間式おけはざましき伐折羅バサラ一刀流は人にも刀にも大きな負担がかかる。『武器術』を修得したのもそのためだ」


 つまり。


 照光の魔龍の腕ドラゴンインパクトを弾けたのは一度に複数の斬撃を重ねて押し返したから。先ほどの発光は異常な抜刀速度による刀身と鞘の摩擦が原因。重なった複数の音は刀を抜く、斬る、納めるの一連の行動を一瞬で複数回繰り返したから。


 そして、『武器術』を修得したのは刀が折れても補充が利くようにするため?


「化け物めぇ……!!」


 自分の能力を引き上げ弱点を補うためにやすやすと新たな力を修得する。


 これが才能。


 これが天才ジーニアス


 今まで自分がオマケ・・・の力に逃げ、そしてこれから戦うのが自分の持たないものを持つ者だと思うと、怒りに加え嫉妬の感情も爆発しそうだった。


「ふん、褒め言葉を送るには人間力が低すぎるのでは?」


 またどっしりと腰を落とした居合の構えを取る。


「防いだ右脚、動かなくなったのでは?」

「ッ…………」

「イの型は活人剣、ロの型は殺人剣にそれぞれ重きに置いておる。だがうぬの場合はむしろイの型の方が効果的であろうな」


 魔龍の腕や天龍の脚は無機義体だから感覚がなく駆動神経だけがつながっている。それが動かなくなるということは神経が断絶したか機能しなくなるまでに振動しているかのどちらかだ。おそらく戦兵衛は刀身の峰を強力な打撃として当て、義足の神経を揺らし一時的に故障状態にしたのだろう。


 そう考察していると姿勢を変えないゴキブリのような高速すり足で近づかれ、慌てて片脚で飛び上がる。


 ここはモールの中央広場にして吹き抜け。路地裏のように狭い空間ではないから三角飛びのように空中への移動手段はない。


 そう思ったのは、まだ天才というものを過小評価していたからかもしれない。


 戦兵衛は自身をカタパルトにでもしたかのように大量の刀剣を全方位に投げ、モールの壁や柱に刺さったそれを足場として空へと駆け上がった。


 地上二十メートルにいる照光の目の前に来るのに、五秒も要さなかった。


「ふぬぉう!?」

「イの型の伍【兜無視かぶとむし】」


 掲げてから斬り下ろす奇妙な居合抜きを照光はなんとかガードするが、足場のない空中ではなす術もなく地上へと叩き落とされる。身を翻す暇もなく後頭部から落ちたが、殴られ屋で鍛えられたタフネスをもってすぐに起き上がり降り注ぐ銃弾の雨を飛び込むようにして避ける。


 ——クソッタレ! 今度は左腕が動かねえ!


 休む間もなく数回爆発するような音が響く。見上げると空中でバズーカ砲を撃って方向転換した戦兵衛が目の前まで迫っていた。


 再び振り下ろされる剣を掲げた右腕で防ぐ。


 だが、天才ジーニアスとしてこの国にいる人間がそれだけで終わらせるはずがなかった。


「ロの型のろく曲月まがつき】」


 グニャリ、と刃先が溶けたキャンディーのように垂れ曲がり、その先にある照光の肩に突き刺さった。


「が、ああああああああああああああああ!?」

「ぬう、無念。脳天を貫けなかったか。まだまだ修行が足らぬな」


 どういった原理でそんな奇術めいたことができたのか分からず混乱しながらも、右腕で刀を振り払いその手で戦兵衛に殴りかかるが、左半身を引きながら身体を逸らすことで難なくかわされる。


 そして、


「ロの型のなな破鎚はつい】」


 いつの間にか左手に持っている鞘を全身これ筋肉といった巨体をバネのように使って照光の喉に突き立てられ、喉仏が砕けた直後の記憶、そして無機義体によってかなりの重量がある照光の身体がゴムボールのように吹き飛んだ。


「が……う……」


 虚ろな声を漏らしながら吹き飛ぶ照光の意識は、背後にあった柱に後頭部をぶつけることで無理やり覚醒する。口からは唾液の如く無尽蔵に血が溢れ、脇腹の銃創は黒い学生服を赤黒に染め上げていた。もはや生きているのも不思議な状態だ。


 正面から矢のように突っ込む戦兵衛を認め、錆びた鉄のようにボロボロな身体を柱に寄りかかりながらゆっくり立たせる。とにかく首や腹部を守ろうと脛や前腕を盾にした時、


「イの型のきゅう震混暴ふるこんぼう】」


 戦兵衛の右手が消えた。いや、腕の振りが速すぎて見えないのだ。


 しかも左に構えているはずなのに斬撃が上下左右から襲いかかってきて、まるで太刀筋が三節棍、いや、鞭の如くしなっているかのようだった。


「ふむ、これではまだぬるいか。ではもう少し速度を上げよう」

「う、あが!?」


 先ほどまでのうっすら見えていた戦兵衛が火花と鋼色の残像に塗り潰されてしまった。


 耳障りな金属音の数だけ峰で殴られているようで次第に力が抜けていくのが分かる。


 ついにその手足が持ち上げられなくなった瞬間、


「まじゅ————」

「ロの型の参【業雪花ごうせっか】」


 照光は斜め一文字の袈裟斬りを胴体に寸分違わず一往復された。


 一度斬った場所をもう一度斬る。それは傷を奥深くまで刻む必殺の連撃だった。


「————————」


 激痛のあまり断末魔すら上げられなかった。意識が一瞬で塵芥と化し再び吹き飛ぼうとする。そして後ろから崩れるような音が聞こえた。戦兵衛が照光とまとめて柱も切り刻んでいたのだろう。


 ——クソッタレ。圧死か失血死、どっちが先だか。

 ——ホンットにつまんねえ人生だったなあ。

 ——いいことなんかこれっぽっちもなかったよ。

 ——まあ、俺らしいっちゃらしいけどさ。


 ズルズルと崩れ落ちる。戦兵衛が新しく取り替えた刀を振りかぶる。あれは死神の鎌であると認識すると笑顔すら浮かべ、満足そうに目を閉じた。


 なんの才能にも恵まれない少年の最期に走馬灯はなかった。当然だ。家族を思い出そうにも両親の顔すら知らず、見下され孤独に生き続けた人生など思い返したくもなかった。






『大切なのは努力することじゃなくて、自分は何ができるかを、見つけることよ』






 ただ一つを除いて。


「キャアアアアアアア!!」


 ちょうどその時、少女の叫び声を聞いた。


 方向と音量からして少女はすぐ斜め後ろ。つまり柱の崩壊に巻き込まれようとしていたのだ。


 ——俺の……できること……。


 照光はなぜか・・・ためらわなかった。


 カッ! と目を見開く。そして死に体を鞭打ち振り向きながらブースト全開。その噴射炎で戦兵衛を牽制しながら少女に向かって飛び込んだ。


 ——間に……合えッ!


 照光の願いが届いたのか、少女を抱き止めた勢いのまま崩壊の範囲から間一髪脱出することができた。


「がああ!」


 しかしやはり噴射炎程度では奴は止められなかった。照光は戦兵衛の追撃によって背中に大きく袈裟斬りを受ける。


「ぬう、まさか生きているとは思わず油断したが、儂から意識を外しあまつさえ背中を晒すとは。やはりただの莫迦であったか?」


 照光は息絶え絶えになりながらも少女を押してここから離れさせようとする。


「……うむ、分からん。やはり分からんぞ」


 走り去る少女を見届けようやく体を返すと、怪訝そうに眉毛を八の字に曲げた戦兵衛に刀を突きつけられた。


「あの時もそうだ。自分だけ逃げればいいものを、儂まで救おうとした。なぜ己を第一としない?」


 あの時とはクラスター爆弾を打ち上げて道連れにしようとした時のことだろう。


「この世で最終的に信じられるのは己だけだ。だというのに、自分一人すら抱えきれぬような屑になぜ他に目を向ける余裕がある?」


 照光はうっすらと笑った。


 あの時はただ無我夢中だっただけだ。照光には敵とはいえ死にゆく人間を見たくないなどという聖人君子な言葉を吐くつもりも装うつもりも器量もない。むしろなぜあの時自分だけ逃げなかったのかと後悔するほどのロクデナシだ。


 でも、今は違う。今ならあの行動をとって良かったと心から思っている。


 手足の感覚が戻っていることを確認すると、よっこらせと照光は血の流れる体を立ち上がらせる。


 刃をその体に食い込ませながら。


「な……」


 ズプププ、グチッ、プチプチ、グチャグチャグチャ、ズププププププププッ。


 有機の人体に無機の鋼が奥へ奥へと食い込むその音は身の毛がよだつどころではなく、遠巻きに見る野次馬すら内耳を取り出したくなるような生理的嫌悪感があり、数えきれないほど人を斬ってきた戦兵衛でさえ顔を引きつらせるものだった。


 だがただ一人、そのデスノイズを噛み締めるように楽しむ道化師ピエロがいた。


「おげでぃあうげがあっが。ぎーおーいあう、っええうおうぎげばぐげうごぎえうげいげいあうげあ

(俺には夢があった。ヒーローになるっていう幼稚で漠然として不定形な夢だ)」


 言葉を吐く度に砕けた喉骨が喉を引っ掻き回し鮮血がスプリンクラーのように散る。吐き出される言葉ももはや人間の言語ではなく獣の鳴き声に近かった。


 それにも関わらず照光は眈々と戦兵衛に向けて言葉を綴り続ける。やっていることは普通なだけにそれは狂気以外の何物でもなかった。


「えおいああぎがう。おえがぎんがぎあがだおういがうんが

(でも今は違う。それが進化したからもう違うんだ)」

「き、気でも狂ったかッ」

「おげああぎうおえあおいげぎうぴげどでぃあう。あっぎおあいげいあいあげんうおういおごぎおうがあぐあいぎあげうもごがぎにいだだげあ

(俺はあいつを笑顔にできる道化師ピエロになる。さっきのは俺みたいな全無能にその器量があるか見極める物差しにしただけさ)」

「ぐっ、この、こっちに来るでない!」

「があ、えっがおいであんおあげいもあああいっでいづいがあげあげいが

(まあ、結果としてなんのアテにもならないって気づいただけだけどな)」


 会話も言語も噛み合わないことも気にせず照光は語り続ける。


「おがえああげいぐんをがいいぎいぎあいあっげきいがおあ

(お前はなぜ自分を第一にしないのかって聞いたよな)」


 驚くほど平べったい声。それが先ほどまで激しい喜怒哀楽を見せた少年の口から出たとは考えられないものだった。


「あぐがぎうでうががあいかぎゅがいうが? かあいぎがくあくげごおがあいごおぎあがいうが? あああえうごあいがえがぎえうぐぴげどあいぐあ?

(恥ずかしくて歌わない歌手がいるか? 悲しみたくなくて殺さない殺し屋がいか? 笑われるのがイヤで真面目ぶる道化師ピエロがいるか?)」


 ついに体が刃に貫かれ、鍔に詰まったところで照光はゆっくりと戦兵衛の顔を見上げた。


 笑顔とは便利なものだ。


 嬉しい気持ちを伝えることができれば、つらい気持ちを隠すことも、話題を逸らしたりうやむやにもできる。


 何より、


「だげあおあがあげうがえいぎうんおぎおうぎいぐうおがうぎお……ごうえんごいうおごがあいがあァ?

(誰かを笑わせるために自分を二の次にするのはむしろ……当然というモノじゃないかなァ?)」


 ムカつく相手を一瞬で戦慄させることができてとても便利だ。


 刀を放した戦兵衛によって照光は蹴り飛ばされる。しかし床を転がり終えた直後に手足を使わず刀の刺さった腹筋だけの力を使って起き上がった。


 まるで道化師ピエロ————そう、ゾンビのモノマネをする道化師ピエロのようにおどけながら。


「があがあおっげあっがいいげあっがい! げいんおーぴげどおだいいぎえんごぐ、【死者蘇生げっごあんぐぎあぐお】おごあいぎょうがおう! ごえいげえがおおうがえあごごいおごごいごい!

(さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 虹の道化師レインボーピエロの第一演目、【死者蘇生デッドマンズリアクト】のご開帳だよう! これ見て笑顔を浮かべなよよいのよいよい!)」


 笑顔どころか鳥肌が浮かんでいる通り、戦兵衛は戦慄していた。いや、戦兵衛だけではない。遠巻きに見ている買い物客も照光のまとう異常性を認識できた。


 この状況で笑顔を浮かべたことではない。


 貫かれても平然としていることでもない。


 血濡れのまま子供のように無邪気に爛々と輝く瞳をしていたこと。ただそれだけがこの場にあるすべての心臓を凍りつかせた。


 戦兵衛は目の前のどこにでもいそうな少年が人の皮と学生服を被った異界の魔物に見えてならなかった。


 ——恐怖? この儂が、恐怖を感じておるのか!?


 実力差を考慮すれば抵抗すらされない一方的ないたぶりになると思っていた。無理もない。上司はターゲットが無運枠ラックラックであることを資料に書いていたのだ。今まであらゆるジーニアスやネクストを狩ってきた戦兵衛に油断するなと言う方が酷な話だ。


 で、箱を開けてみればこれだ。


 背後から奇襲をして避けられたり逃がしかけたり、あまつさえ油断が原因でこの男の逆鱗に触れて慄く目に遭うときた。


 天才のプライドがこれを看過するには、少しばかり刺激が強すぎた。


「ぬう……ぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」


 任務の完遂などどうでもいい。すべては己のプライドのため。戦兵衛は己を鼓舞する叫びとともに一直線に突っ込んでいく。


「ニギャギャギャギャギャギャギャ!!!!」


 対する照光は愉快なデコレーションが刺さった体で、待っていたと言わんばかりに高笑いを上げた。


 隕石の衝突を思わせる地響き。それが照光による渾身の踏み込みであると気づいたのは、この場に何人いただろうか。


 そして。


 拳と刃の衝突。


 遠巻きに見ていた買い物客たちはその光景を目に焼き付けていた。拳というのは人を殴ることはあっても刀を殴ることはない。だからその信じられない光景から目が離せなかったのだろう。


 遠回しにとはいえ平時の照光なら無機義体が露見するこんな行為は死んでもしなかったはずだ。


 では何故したか。


 簡単な話だ。今が平時ではないだけだ。






「えがお! ごえごおぐががぎいおごああい!

(笑顔! これほど素晴らしいものはない!)」






 拳が刀を砕く。


 そのまま戦兵衛の胸ぐらをがっしりと掴み、その巨体をまるで赤ん坊のおもちゃのように振り回す。


「ぬおおおぉぉおぉおぉぉおおぉぉおおお!?」

「ごうあえぎーごうあんごあ。だごぎいだごう!? あがいがいだごう!?

(そうらメリーゴーランドだ。楽しいだろう!? 笑いたいだろう!?)」


 そして地上七階の天井に叩きつける勢いで真上に放り投げた。


「うぷ……ぬう、小癪な!」

「おげはごうかあごんおおおぴげごぎあぐ。わがっげおごげげわががげうぴげごいあうんが!

(俺は今日から本物の道化師ピエロになる。笑っておどけて笑わせる道化師になるんだ!)」


 照光は拳を握る。


「おごがげぎあげんぎゅうあぎうおうが。あぐあおがえをあああげえがう

(そのためには練習が必要だ。まずはお前を笑わせてやる)」


 強く、強く、


「ぎーおーっげおあいおいおおえがおいうぐおんがいが。がっがあぴげごおぎーおーが。おげおうげあ、あここをあああげえあぎえふぇぎょうぎゅぐうんが!

英雄ヒーローってのは人々を笑顔にする存在だ。だったら道化師ピエロ英雄ヒーローだ。俺の夢は、あの娘を笑わせて初めて成就するんだ!)」


 強く。


「もう許さぬ。ここにいる者どもを皆殺しにして儂の醜態をなきものにしてくれようぞ」

「ニギャギャギャギャギャ! おがえお、あぎうお! ぎんあぎんあぐっがああげげがう!!

(ニシャシャシャシャシャ! お前も、あいつも! みんなみんなブッ笑わせてやる!!)」


 戦兵衛は着地した天井を蹴り、重力の力を借りてその巨体を隕石のように急降下させる。そして上下左右前後の全方向をカバーするように持ちうるすべての銃器を抜き取った。


 野次馬の悲鳴が聞こえる。あとは引き金を引くだけだ。そうすればここにいるすべての人間が物言わぬ肉塊となって任務も終わり、自分の無様な姿を吹聴する輩がいなくなる。


 そう思うといつもの冷たい笑顔が現れそうだった。


 だが。


 地上にいるあの男の顔を認めて戦兵衛は絶句した。


 べろべろばー


 泣き止まない、または笑ってくれない赤ん坊をあやす時に使われるあれを、圧倒的な絶望を振りまく戦兵衛に向けていたのだ。


 まるで、ムキになる児童を温かい目で見守る保父さんのように、優しく。


「————!!!」


 こいつだけは生かしておけない。


 すべての銃器の引き金にリンクするマスタートリガーに指をかけた、


 次の瞬間。






 腕の形をした何かが飛んできた。






「ぬう!?」


 人を斬ることなど呼吸することと同義と捉えている戦兵衛は人体から離れた腕を見ても驚くことなどない。だが、それが空気を切り裂く重量感と共に迫ってきたら話は別だ。


 盲目故に鋭敏となった五感。それが迫り来るものに対して大音量の警鐘を鳴らしていた。


 ——なん、あれは、腕か!? だが、重量に質、いや、そもそも腕などこの場に————ッ!!


 戦兵衛は思い出す。そして敵対者の根幹ばかり見て枝葉に目が行かなかった自分を呪った。


 無機義体。


 照光の手脚であるそれは有機と違って切り離しが可能で、あろうことか彼はその一つである片腕をこちらに投げてきたのだ。


 払い落とすかよけるか。その判断で遅れを取ったわけではない。


 義体とはいえ咄嗟に己の身体の一部を投げるというその異常極まりない思考回路。それが戦兵衛を叩きのめすために使われていると考え身体が強張ってしまい、行動が一瞬遅れてしまったのだ。


 引き金の存在を忘れて腕を払い落とすが、その瞬間には既に照光の狂笑が目の前にあった。


 打撃音が、響く。


 弾丸のように飛び上がった照光の鉄拳が、戦兵衛の顔面を捉えた音だ。

まだ少ないとはいえお気に入りに入れてくれる人がいると考えると嬉しいですね。ついつい頬が緩んじゃいます。

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