第04話 純白の少女が望むもの
空井白心視点です。
服や肌、髪などすべてのものを白で包んだ少女、空井白心は走る。
路地裏を、大通りを、建物の中を、空き地を、住宅街を、砂地を、階段を、林の中を、高架下を、スロープを、線路を、地下道を、都会のありとあらゆるところを。
朝も昼も夜も走るのをやめなかった。呼吸が乱れて動きが鈍くなることはあってもその足だけは絶対に止めなかった。
彼女を追う存在は何においても規格外である。だからここまでして逃げているのだ。
だが、これ以上逃げてももう間も無く捕まるだろう。そう思い始めた彼女は途端に足を止め、路地裏でぺたりと腰を落とし壁に寄りかかった。
彼女は空を見上げた。
そこには青空が広がっていて張り巡らされる空中鉄道が少し邪魔だが太陽が見えた。十数年ぶりの外だから一瞬でも見れたら御の字と思っていたが、それも叶って少しだけ満足した。
なぜこうまでして逃げようとしたのか、白心は少し考えてみる。
自由を求めて、だったら不可能だと分かり切ってるからそもそもやらないし、外の世界を見たいから、だったらそれについての本を見て満足している。
では、なぜそれでも外へ出たのか?
「もう、どうだっていいわ。……『我が生涯に一片の悔いなし』、ってね」
とろん、と眠気が差した目を必死に起こして一秒でも長く起きていようとする。
「……?」
ふと、白心は今しがた自分のした行動を疑問に思う。
ここで目を閉じて眠りにつけば施設の関係者に回収されて、次に目を開いた時にはいつもの部屋に戻るのだ。なのになぜわざわざ薄汚い路地裏に身を置く時間を感じようとするのかが分からなかったからだ。
——なんでだろう。なんで起きようと、するの?
これではまるで……そう、誰かを待っているみたいだ。
その誰かというのが自分に関わりのある人間だとしたら、日本本島にいる両親と施設の関係者だけだ。両親は部外者だからこの国には来れないし施設の関係者はいずれ来る人間だから待つまでもない。
ではいったい誰を……————
「やあ。元気にしていたかね?」
不意にだった。眠気と思案に意識が混濁する白心に声が落ちてきた。
見上げるとそこには金髪の少年を従えて黒い白衣をまとう小柄な女性が立っていた。一瞬で目の前に現れたのかと思ったが、その人物たちの顔を正しく認識できないことから単に疲労で気づかなかっただけだろう。
「さあ帰ろう。君には帰るべき場所がある。被験体として生かされる地獄という名の場所がね」
「…………」
「バーさん、もうこいつ寝かけてるんスよ。さっさと運んじまおーぜ」
「そうだね。では計くん、よろしく頼むよ」
「私は、待つ」
白心は眠気を振り切り絞り出すような声を出した。
「ほう、待つとはいったい誰をかね」
「分から、ない。でも、きっと誰かが、私を見つけてくれる。そんな気が、する……」
ゆっくりと、背中を壁にもたれさせながら立ち上がる。
「それまでは、絶対に捕まるわけには、いかない。そんな気が、する……」
「計くん」
女性が呼びかけると同時に、金髪の少年の強烈なローキックが白心の膝に襲いかかった。
「あああっ!」
膝が砕ける感覚。
一度崩れるように倒れこんだが直後には聖母の愛によって元に戻り、すぐに逃げようと立ち上がったところを金髪の少年の手によって白心の首が壁に縫い止められる。
「私はね白心ちゃん、『そんな感じ』とか『だいたい合ってる』とか『そんな気がする』などという不明瞭な表現が大っ嫌いなのだよ。研究者の性と言ったところかね」
首絞めから逃れようと身をくねらせる白心に構わず、黒衣の女性は続けた。
「そして研究者故に知りたくもある。いったい誰を待っているのだね?」
「わ、分からない……」
「計くん」
突如その手を離され、白心が崩れるよりも早く鎌のように鋭いハイキックが側頭部に直撃した。
「ッ————」
まるで立たせていた鉄の棒を横倒しにするように勢いよく倒れる。それはおよそ人間のやっていい倒れ方ではなかった。
「最後だ」
もう一度同じように首を掴まれて壁に押しつけられる。
「いったい誰に君のすべてを託してきた?」
先ほどのハイキックでほとんど意識は刈り取られていて、金魚のように口をパクパクさせることしかできない。
それでも、白心は無意識にこう答えた。
「……太陽の、魂。……その持ち主……」
「そうか。分かった、もういいよ」
そう女性が言うと金髪の少年は首に当てている手のひらから電流を迸らせ、今度こそ白心の意識を根こそぎ刈り取った。
だらりと糸の切れた操り人形のように力を失う白心を金髪の少年が担ぎ上げ、先を行く女性の後を追いかけた。
その時、白心が聞こえることはなかったが女性は独り言のようにつぶやいていた。
「言われた通りちゃんと選んできたようだね。彼が君を解放する騎士であるか取るに足らない有象無象であるか、これから我々がテストさせてもらう。だから今は寝ておきたまえ。彼が来るその時まで……な」
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