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レインボーピエロ 太陽の魂と白雪の心  作者: 水無月 一
第01章 少女の笑顔
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エピローグ

記憶を失った白心とのその後です。

 照光がゆっくり目を開けると、そこは病室だった。白い天井、仕切りカーテン、ベッドに横になっている包帯グルグル患者服姿の自分を見ればそれ以外の判断はできない。


 病室は日の光で満ちていて、明るさから察するに正午ぐらいだろうか。


 あの暗黒の世界を作り出した元凶には似つかわしくない明るさだ。


 ——今頃白心は、どこにいるんだろうなあ。


 起きていの一番に思ったのは自身の心配ではなく、少女の心配だった。


 元気にやってればいいけど、と自由の身となった少女を案じながら何気なく窓に目を向けると、


「……ッ!?」


 女神がそこにいた。


 正確にはベッドの傍らの椅子に腰掛けて静かにリンゴを桂剥きにする白い少女だが、窓越しの太陽をバックにするその神々しさはまさに女神という形容がピッタリだった。


 その人外なまでの美しさにぼ〜〜っ、と頬を朱に染めて見惚れていると、


「! ごめんなさい、起こしちゃった?」


 すっ、と起きたことに気づいた女神が顔色を窺うように顔を近づけてきた。


 それも息がかかるくらいの距離まで。


「安心して。この病院はあの先生・・・・が、手配してくれたもので、危険の類は、一切ないわ」


 いきなりの出来事にあたふたとみっともなく動揺したが、逆光で見えなかったその顔が見えるようになると一転して愕然とする。


「白心!?」


 そう、自身の追われる理由がなくなって晴れて自由の身となったはずの白心だったのだ。


 ぐるぐると頭が空回りして次の言葉が出ない照光を見て、白心が白猫のように首を傾げる。


「な、なんでお前こんなところにいるんだよ、もう自由になったはずだろ!?」


 戸惑いよりも疑問が大きくなって照光は食ってかかる。しかし無表情を崩さない白心は、なぜそんなことを聞くのかそれこそ理解し難いと言った調子で答える。


「あなたが側に、いてって言うから、それに応えた、だけの話よ。私は自由、なのだから何をしても、いいということ、でしょ?」

「…………?」


 ここで照光は二人の間に何か齟齬が生じていることに気がつく。


 自分はなぜ白心がここにいるのかを聞いているのに、なぜ彼女は『照光が自分の側に白心がいてほしいと思っている』ことを前提に話しているのだ?


 照光の頭で『?』を大量生産していると、白心は何か恥ずかしい過去を思い出したかのように無表情のままわずかに頬を染め、目を泳がせ始めた。投薬で感情を消され情動が表にでなくなった、あの白心がだ。


 真相を探ろうと試しに記憶を辿ってみたものの、あの時は疲労と失血の上に白心が記憶喪失だと分かって茫然自失としていたから詳しくは思い出すことができない。だとしたらその時に何か口走ったのかもしれない。


 仮にそうだとすると、


 ——ぶああああッ!? は、恥ずかしい! 恥ずかしすぎんよ!

 ——俺ってば何言っちゃった!? 全っ然記憶にないんですけどッ!?

 ——あの白心がこんな風になるとか、かなりこっ恥ずかしいこと言っちまったか!?


 これにはさすがの照光も悶絶せざるを得ず、二人は気まずそうにお互いから視線を逸らす。


 それにしても、だ。


 たしかに自分から離れずに側にいてくれて本当に嬉しい限りだ。でも他人も同然の照光の側に留まるという白心の選択は願った照光ですら奇特だと思った。


「なんでそうするか不思議、といったところね」

(「……カイの時と言い、そんなに俺って分かりやすいのか?」)

「私が思うに、あなたは私の中で、とても大切な、人だったんじゃないかって、思うのです。だから、側にいたらそれを、思い出せるんじゃないかって、結論に至ったの。それに、あなたの横は、なんだかとても、居心地がいいというのも、理由でしょうね」

「……勝手にしろ。後悔しても知らないからな」


 つっけんどんな態度で寝返りを打たれ、白心が申し訳なさそうに顔を伏せる。……実際のところ、ゆるゆるに緩む口元を見せたくないから寝返ったのだが、もちろんそれは内緒である。


 と、ここで急に引き戸を横に叩きつける音が病室に響いた。


「テル兄お見舞いに来たよー!」

「あれー? なんでニヤニヤしてるのー?」

「「テル兄キモーい!」」

「お、おう、ゼンとフクか。それと愛歩にカイも。なんでお前らがいるんだ?」

「弟たちが言った通りですよ。あら白心さん、あなたもいらしたんですね」


 ドタドタと入り込んだ修善と修福は照光のベッドの上にヘッドダイビングし、続いて愛歩がお見舞いのフルーツを置いたり花を生け変えたりして一気に病室が忙しなくなった。


「お疲れテル。どうやら、大丈夫だった・・・・・・ようだね・・・・


 ベッドに腰掛けた改蔵が黙々とリンゴを剥く白心を見やる。


「大丈夫なものか、もうこんな経験はたくさんだよ」

「なら良かった。それならこれ以上君も彼女も傷つくことはなくなるということだね」


 クフフ、と笑う改蔵に呆れるように鼻息をつく。彼が言うと本当にそう思えるのが不思議だ。


(「なんだか彼女、僕らに対してよそよそしい感じがするけど何かしたかな」)

(「……ここ最近の記憶を、失っちまったんだ」)

(「それは、大変だったね」)


 それだけ言って理由は聞かないでくれた。事情を察してくれた改蔵に胸の内で感謝する。


(「……彼女はたぶん世界一テルと相性のいい女性だよ。絶対に手放しちゃダメだからね」)


 そう小声で言って改蔵は小分けしたリンゴを子供たちに振る舞う白心をもう一度見やる。


(「大きなお世話だ。あとそのにやけ顏を引っ込めろうっとおしい」)

(「そりゃ世話も焼きたくなるしにやけたくもなるよ。君ら二人が変えるところを見ることができるかもしれないからね」)

(「変えるって、何をだよ」)

(「何かを、あるいは世界を、かな?」)


 クフフ、と意味深に笑って改蔵はベッドから腰を上げ、手拍子で注目を集めた。


「はい、じゃあテルの無事も分かったことだしもう帰るよ」

「「え〜〜やだよ〜〜」」

「ちょっと早すぎるわよカイ兄さん」

「ダーメ。テルはこれから空井さんとイチャイチャするんだからお邪魔虫は退散しないと」

「い、いいいいイチャイチャですって!? そんなの破廉恥よ! それなら私にだってそれを阻止する権利があるはずよ! いいえ阻止しなくちゃならないのよ!」

「「まだ遊び足〜り〜な〜い〜」」

「女房とその息子じゃないんだから。ほらさっさと行くよ」


 いやぁぁ〜〜〜〜、と名残惜しそうな声を上げる三人を器用に引きずりながら退室する改蔵。彼は去り際に意味深なウィンクを残していった。本当に大きなお世話である。


「まるで嵐のようだったな。あんま気にすんなよ白心。…………白心?」

「イチャイチャ……そんな、イチャイチャだなんて……」


 頬に手を当てた白心がなぜか挙動不審に目を泳がせ、照光はそれを不思議そうに見る。まもなくその視線に気づいた白心が慌てて背筋を伸ばして取り繕った。


「……どうしたんだよ白心」

「な、なんでもありませんよ? それよりほら、まだ傷が痛むでしょうから、照光くん・・・・はもうちょっと、寝ておきなさい」

「ん、いいのか? お前はどうするんだよ」

「私はここで、あなたを見守っているわ」


 ポンポン、と白心が軽く自分の椅子を叩く。


「別に四六時中側にいなくてもいいんだぞ? どうせなら散歩にでも行けばいいじゃねえか」

「私はここに、いたいの。気にしなくても、いいわ」

「そうか。じゃあお言葉に甘えるよ」


 目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。あと一分もしないうちに夢の世界へと落ちるだろう。


 白心という希望が側にいる今ならいつもの黒い夢を見ない気がして、自然と微笑みを浮かべることができた。




 ***




 白心は壁に掛けられた患者タグの名前を見る。


 虹野照光。そんな少年の名前は白心の記憶にはなかった。


 だがそれはあくまで記憶の話で、どうしてもこの少年と会っている気がしてならなかった。


 そう、例えば、自分の頭から抜け落ちている記憶の中で彼は自分と出会い、そして闇に沈む自分を救い出してくれたのではないか。微笑みを浮かべる照光の寝顔を見ると図らずもそう思ってしまう。


 それに照光は白心が目覚めた時に目の前に現れ、そして星を見せてくれた。白心の夢を知っている彼を知らないというのなら、やはり彼は欠落した記憶の中で自分と深く関わっているのだと考えられる。


 白心は彼とどんな関係を築いていたのかを思い出せず非常に歯がゆい思いだった。


 だが今は真実を見つけることよりもやらなければならないことがある。


 ——……そろそろいいかしら。


 照光が目を閉じて十五分が経った。グーグーと男の子らしい寝息を立てている今なら起きることはないだろう。


 そ〜っ、と両手を伸ばしてその頬と義手に触れる。傷だらけの頬はプニプニとほどよい硬さで触り心地が良く温かいこともあって、まるで黒柴に触れているようだった。義手は金属光沢が示す通り非常に硬いものだったが、まるで装着者の温かさがそのまま反映されているかのようで、両方ともずっと触れていたいものだった。


 あの星空がきれいな夜に触れた時と同様、この気持ちに覚えがある。やはり彼とは何かのつながりがあると確信するが、それよりも今はその温もりを味わうことに集中する。


 プニプニ、プニプニと何回も繰り返しつまむと照光の口から「むにゃむにゃ……」と気持ち良さそうな声が出て、


「白心ぉ、本当にきれいだなぁ」

「ッ!?!?!?」

「こんなきれいな星空は、……俺も見たことがないぞぉ。一生の思い出に、……なるだろうなぁ」

「…………」


 いい夢を見ていそうなその顔になぜか無性に腹が立ったから乱雑に照光の頭を撫で回す。う〜〜ん、とすぐにうなされ出したのが面白くて思わず笑ってしまった。


「……ッ! 今、私、笑ったの?」


 信じられない気持ちで顔に手を触れるが、そこにはいつもの無表情しかない。勘違いだったのだろうかと思って照光の顔を見るが、当の彼は人の気も知らずに気持ち良さそうに眠っていた。


 その微笑む寝顔はとても愛らしいもので、ずっと見ていたい不思議な魅力があった。


「……『太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く』。本当、あなたは不思議な人ね」


 そうつぶやく白心はまた笑っていた。


 まるで、太陽の光を全身で受けて咲き誇る白椿のように、美しく。


これで今作は終わりです。今までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。p.s.いつになるかは分かりませんが改訂版を出すことに決めました。それには第02章以降も書きますので、良かったら楽しみにしててください。

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