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新しい神官

「えっ? 大聖堂から新しい神官が派遣されて来た?」

 私は読んでいた本から顔を上げて、前に立っていたマーガレットを見た。

 彼女の背には数多くの本が収納された本棚が窺える。


 ここは神殿内にある書庫。

 聖女の居住エリアにあるので私以外は使わないし、ここにある本は聖女に関する儀式などが記載された本……要するに聖女の教科書みたいなものだ。

 なので、私以外はあまりここに足を踏み入れることはない。


 ――新しい神官? ループ前には新しい神官なんて来なかったんだけどなぁ。


 記憶と違うので、私は首を傾げる。


「もう到着しているの?」

「はい。聖女様にご挨拶がしたいと。神官と言いましても大聖堂と神殿側の橋渡しをする連絡係みたいなものです。お通してもよろしいでしょうか?」

「もちろん」

「では、呼んで参ります。廊下で待機していますので」

「うん、お願い。あっ、そうだ! ねぇ、マーガレット。その前に聞きたいことがあるの。この本を読んでいて気になったんだけど、どうして『四代目の聖女の記載がない』のかな?」

 私は手にしていた本をマーガレットへ差し出せば、彼女は本を受け取って視線を走らせた。


 私が読んでいた本は、過去の聖女達の歴史。

 ざっくりいえば、聖女達の半生が書かれている。

 でも、四代目の聖女に関する記載がまったくない。

 いきなり三代目から五代目に飛んでしまっているのだ。


「本当ですね……申し訳ありません。私ではお答えすることができません」

 マーガレットが申し訳なさそうに眉を下げたので、私は首を左右に振った。


「ううん、いいの。ただ気になっただけだから。今から三百年前くらいの話だから資料が少なかったのかも」

 仮にそうだとしても、四代目の聖女だけがないのはおかしい。

 名前すらないなんて。

 まるで名前すら言ってはいけない人みたいな……

 なにか都合の悪いことでもあるのかな?


「ルビナスなら知っているかもしれません。彼に聞いてみては?」

「ルビナス?」

「えぇ、さきほどお伝えした大聖堂から派遣された新しい神官です。大聖堂の図書館で働いていましたので詳しいかと。いま、お呼びいたしますね」

 そう言ってマーガレットは扉の外に向った。


 しばらく経ち、マーガレットと共に現れたのは灰色の髪をした青年だった。

 背格好から年齢はお兄様よりも上っぽいので、十七、十八くらいだろうか。


 緩くウェーブかかった髪を後ろで一つに纏め、猫背で俯きがちに立っていた。

 前髪が長いので目元が隠れてしまっている。


「聖女様。ご紹介いたします。こちらが大聖堂より派遣されたルビナスです」

 マーガレットに促され、ルビナスは一歩前に出て深々と頭を下げた。


「は、初めまして聖女様。ルビナスと申します。以後、お見知りおきを」

 緊張しているのか、彼の声は裏返って震えている。

 身を縮こませながら震えている姿は子ウサギみたい。


 私は立ち上がると、挨拶をする。


「初めまして。ルナと申します。こちらこそ、よろしくお願いします。あの、早速なんですが聞きたいことがあるので聞いてもいいですか?」

「なんなりと」

「四代目の聖女について知りたいんです。記載がない理由を知っていますか?」

「四代目の聖女ですか?」

 ルビナスが怪訝そうな声音で聞き返してきたため、私は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのかなと感じた。


「彼女に関しての書物はもう残されておりません。四代目の聖女・クラウディは抹消された聖女なんです」

「抹消?」

「聖女でありながら己の欲のために神に背き、世界を破滅へ導こうとしました。それゆえ、当時の教皇様が自ら剣を持って軍を率いて彼女と戦ったんです」

 聖女の方が抹消されたということは、教皇様の軍が勝利したということか。


「これはベリエ教の汚点。そのため、書物から抹消されたんです」

 なるほど、それで抹消された聖女なのか。

 納得だわ。

 しかし、歴代聖女にもいろいろな人がいるのね。


「ありがとうございます。すっきりしました」

「いえ。私で役立つことがあればなんなりと」

 ルビナスにそう言われたので、私はついでにあのことを聞いてみようと思った。

 私がループ前に見た百合と剣の紋章を持つ騎士。

 百合は聖女の象徴だから何か関係があるかもしれないし。


「百合と剣の紋章を知っていますか? おそらくどこかの騎士団だと思うのですが……」

 私が尋ねれば、一瞬だけルビナスが固まったように見えた。

 でも、それは私の気のせいかも。

 彼は否定するために首を左右に振ったから。


「申し訳ございません。私には全く心当たりがありません」

「ううん、いいんです。ちょっと聞いてみ――」

 私の言葉を遮るように、とつぜん書庫の扉をノックする音が届く。

 今日は人の出入りが結構多いなぁと思いながら返事をすれば、扉が開きフレッド様の姿があった。

 フレッド様は珍しく困惑気味な表情を浮かべている。


 ……なにかあったのかな?


 フレッド様はお兄様が神殿に乱入した事件以来、教会にたびたび足を運んでくれている。

 主にお兄様の付き添いで。

 教皇様の許可を待たずに私の願いは達成されてしまっていた。


「フレッド様! 珍しいですね。いつもはお兄様と一緒なのに」

「あー、実は聖女様にお願いがあって……」

 フレッド様が苦笑いを浮かべて口を開く。


「数分前にベラノ様が城へ来たんです。その時、ちょっと……」

 フレッド様は言いにくそうに口をもごもごとしている。


 もしかして、私のお父様だから気にしてくれているのかな?

 私としては血の繋がりはあるかもしれないけど、ほとんど他人という感じなので別に問題ない。


「私のことなら気にしないで下さい」

「申し訳ない、聖女様。気を遣わせてしまって」

「いいえ」

「実はベラノ様が城にやって来て金目のものをちょっと拝借していっちゃったんですよ」

「えっ!?」

「タイミング良いのか悪いのか、会議中でジルも重鎮達も城に集結していたんです。それで大騒動に勃発」

 うわっという声が喉まで出かかった。

 絵に描いたように容易く想像出来てしまう。


 宰相や代々王家に仕えてくれている重鎮達は、お兄様のことを好んでいない。

 それでも、お父様よりも数倍マシという感情でお兄様を実質皇帝として扱っている。


「その騒動のせいでジルの機嫌が最悪なんですよ。皆、怖がって近づけず仕事にならないので聖女様にジルの機嫌を取っていただきたいんです。ジルは別室で待たせています」

「わかりました。行きます。あの……それで、お父様は捕まったんですか?」

「神の加護あるから無理なんですよ。加護を受けている間は皇帝ですからね。さすがに皇帝を捕らえるのはこの国の醜態すぎます。しかも、城にある物品の窃盗だなんて。加護さえなければ楽なんですけど。ほら、暗殺もできますし」

 今、さらっと衝撃的な言葉が聞こえたようなと思っていると、ルビナスが私とフレッド様の間に入って右手を上げた。


「あのー……」

 ちらちらと私とフレッド様の顔を見てしゃべっていいのか様子を探っているみたいだったので、私は「どうぞ」と手で彼の発言を促す。

 すると、彼は唇を開いた。


「ベラノ様の加護を外したらいいのでは?」

「えっ?」

「聖女様が新しい加護をジルタクス様へ授けて皇帝にすれば勝手に外れますよ。皇帝の座がジルタクス様へ移るので」

「でも、誓約書は……?」

 加護を受ける儀式には、誓約書が必要。

 誓約書には現皇帝の署名と引き継ぐ皇帝の署名が必要なので皆が困っている。

 絶対にお父様が署名しないのはわかりきっているから。

 皇帝の仕事をしないなら皇帝の座からおりればいいのに。


「聖女様が儀式を行う場合には不要ですよ。聖女様が行う儀式の方法と教皇様が行う儀式の方法違いますので。ただし、今の聖女様に儀式は難しいかと。聖女の力をかなり使うので負担が大きすぎますので倒れます」

「いえ、大丈夫です! 儀式について教えていただけますか」

 私は両手の拳を握りしめた。

 神力のコントロールできるようになるまでまだ数年はかかる。

 数年もお父様の暴走を止められないとお兄様の負担が増えてしまう。

 多少の体に負担がかかっても仕方ない。


「さきほどもお伝えした通り、聖女様の力をかなり使うので大きな負担がかかります。ですから、コントロールできるようになってからの方がよろしいかと」

「私はどうなってもいいので、お兄様を正式な皇帝に――」

 そう私が力説したその時だった。

 私の言葉を遮るように、バタンと乱暴に扉が開かれたのは。


 突然の出来事に言葉を失いながら全員一斉に扉の方を見る。

 すると、眉間に皺を寄せているお兄様の姿が。

 誰かが「あぁ」と絶望的な声を上げたのが聞こえた。


「私はどうなってもいいだと? 一体、なんの話だ?」

 負のオーラを纏っているお兄様から全員がそっと目を逸らした。




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