水面下での儀式準備はじまり
「――新たな加護のためにルナの力を? しかも、ルナが倒れる可能性がある? 冗談じゃない。断る」
ソファに座っているお兄様は、眉間に深い皺を刻ませながらきっぱりと断った。
私達は書庫に乗り込んできたお兄様を連れ、話をするために応接の間に移動。
ソファにはお兄様が座り、なぜかその膝の上に私が座っている。
お兄様が私を抱き上げ自分の膝の上にのせてしまったので、私が自ら座ったわけではない。
機嫌が最悪だったのに、書庫での出来事でお兄様の機嫌の悪さが悪化。「さっきの内容を話せ」と低い声でフレッド様達へ告げたので、ついさっき説明が終わったばかり。
まるで地を這うようなお兄様の声音は、きっと多くの人が震えただろう。
現にお兄様と初対面のルビナスは、今にも倒れそうでフレッド様に支えられている。
「わかっているって。もちろん、今じゃない。聖女様の力が落ち着いてからだ。なぁ、新しい神官様」
フレッド様がそう言いながら支えているルビナスの体を揺らせば、ルビナスはちらりとお兄様の方を見てすぐにさっと視線を逸らす。
顔を青ざめ、小刻みに震えてあきらかに怯えているみたい。
ルビナス、タイミング悪かったのかも。
せめて普通の時のお兄様ならちゃんと紹介できたのに。
「も、もちろん今すぐというなら反対いたします。聖女様の力が安定した時ならばという条件付きです。私は聖女様をお守りするために教皇様より派遣された者。聖女様第一ですので」
「ルナへの負担はないのか?」
「力が安定すれば問題ありません。聖女様にとっては容易いことですので……」
「そうか」
お兄様は口を真一文字に結んだまま、私を見下ろす。
「本当に負担にはならないのか?」
「断言できます。それに、今のまま現皇帝を放置している状態の方が聖女様に負担になりますし」
ルビナスの台詞に対して「ごもっとも」という言葉が喉元まで声が出かかってしまう。
実の父ながら情けない……まったく楽しい思い出がないのに、最悪な記憶を上塗りしてしまうとは。
「まぁ、ルナにとっても俺にとっても害にしかならない父親兼皇帝だからな」
「お兄様。私、儀式やりますよ?」
ぎゅっとお兄様の上着を掴んで言うと、お兄様は少し視線を彷徨わせた。
迷うことなんてないのに。
結界修復で倒れたことを気にしているのかな?
お兄様の様子を探れば、お兄様は一度瞳を閉じると大きく息を吐く。
「お兄様」
「……わかった。ルナに頼むことにしよう。でも、それはルナの力が安定してからという条件付きだ」
「はい」
「ただ、儀式を行うとしても秘密裏に行わなければならない」
「なぜですか?」
「あいつは……ベラノはニヒルを次期皇帝にするつもりだ」
それには全員息をのんだ。
愚王と国民からも陰で言われているお父様だけど、まさかここまでだったとは。
お父様は私の想像をはるかに越えてしまう人だ。
もちろん、悪い意味で。
次期皇帝は基本的に血筋を第一優先。
それに何よりお父様が連れて来て離宮に住まわせているエリセとその子供・ニヒルの素性がまったくわからない。
そんな状況だから議会で承認されないし、絶対に大荒れになる。
「お兄様。やっぱり、今すぐにしましょう! これ以上お父様の自由にさせてはなりません」
「却下。力が安定しないと駄目だ」
「でも……」
私が完璧に力をコントロールできるようになるのは六年後の十二歳。
それまでお兄様達の気苦労が計り知れない。
お父様の金銭的な支援を打ち切るとか?
あー、でも城に乗り込んで物品強奪するくらいだしなぁ。
「なぁ、ジル。儀式の件、伝える範囲はどこまでにするつもりだ?」
「儀式の準備のために神殿側の人間は絶対に必要だろう。あとは、議会の参加者もだな。議会の参加者側はこっちで信頼出来るか見極められるが神殿側がまったくわからない。そこは大神官に任せようと思う。詳しいだろうし」
「お兄様は大神官様を信頼しているのですか?」
「信頼ではない。今の自分の地位を捨ててまでベラノに協力するうまみがないのを知っているだけだ」
確かに。大神官様の今の地位ってかなり美味しいもんなぁ。
聖女が暮らす神殿の管理を任され、寄付金もたくさん入っている。
「とにかく儀式は聖女様の力が安定してからってことか。話はそれまで保留だな」
「あぁ」
フレッド様の言葉にお兄様は頷く。
「じゃあ、難しい話は終わりだな。さぁ、ここからはタルトでも食べながら楽しい話でもしましょう。聖女様、こちらのタルト王都でも人気の店のものなんですよ」
そう言いながら、フレッド様はテーブルの上へ視線を向ける。
テーブルの上にはフルーツがふんだんに乗ったタルトとハーブティーが置かれていた。
「タルト!」
私は両手を挙げて嬉々とした声を上げる。
甘いものは滅多に神殿では食べられない。なので、お兄様やフレッド様が手土産に持って来てくれたものだけ。
私にとっては貴重な甘味タイムなのだ。
「お兄様。私、タルトが食べたいです」
お兄様の膝の上にいてはタルトが食べられないので下ろして欲しいことを言えば、お兄様が手を伸ばしてタルトを取る。
ん? まさか――
お兄様はタルトをフォークで切ると、私の口元まで持って来た。
やっぱりこういうことですか!
「お兄様。私、自分で食べられ……」
と言いかけたが、爽やかなフルーツと濃厚なカスタードの香りにやられてしまいパクッと食べてしまう。
口内に広がる甘みに体の力が抜けていく。
おいしい! 滅多に食べられないから余計にそう感じるわ。
いつもおやつはクルミや木イチゴとかだし。
甘みが美味しい。
「うまいか?」
「はい!」
「そうか。なら、もっと食べるといい」
お兄様は微笑むとまたタルトをフォークで切り始めた。
あれ? なんか餌付けされてるような……?
まぁ、でもおいしいからいいか。




