兄妹間のボタンの掛け違いの原因が判明(ルナの兄・ジルタクス視点)
(ルナの兄・ジルタクス視点)
――加護を取り消すことは可能なのか? 加護さえなければ、あいつを殺せるのに。
城の門をくぐり真っ直ぐ執務室に戻れば、扉の前に男が立っていた。
短く切りそろえた落ち葉色の髪に同色の鋭い瞳を持ち、紅蓮の騎士服に身を包んでいる。
俺の右腕であり、代々騎士として王家に使えるサージェント公爵家の次男・フレッドだ。
フレッドの隣には、レモンイエローのワンピースを着た女が立っていた。
腕には百合と盾の腕章を付けている。
あれは、聖女専属の侍女。たしか、大聖堂にいる教皇から直々の命を受けているはず。
なぜここに?
「おー、ジル。ちょうど良かった。こちら聖女様の侍女・マーガレットだ。お前に用があって来たんだってさ」
フレッドが侍女を視線で差せば、マーガレットは深々と頭を下げて挨拶をした。
「はじめまして。私、聖女様専属侍女・マーガレットと申します」
「まさか、ルナに何かあったのか!?」
俺のところに一度も訪問したことがない来客に対して、不安が胸を過ぎる。
聖女――妹・ルナに何かあったんじゃないのか。
ルナが神官達にさらわれるように連れて行かれてから一度も会ったことはない。
神殿側から「聖女様の兄が闇魔法使いでは聖女様の迷惑になる」「聖女様は神殿で幸せに暮らしているから構わないで欲しい」と言われ、祭事に参加するのすら禁止されていた。
せめて元気な姿を見るだけでもと思っていたが、ルナの迷惑になるならと諦めた。
だから、ルナに関することは神殿から届く定期報告書のみだ。
「聖女様から陛下へお手紙を頼まれましたのでお届けに」
「て、手紙?」
口から間の抜けた声が出てしまう。
てっきり何かあったんだと思っていたから……
「えぇ、お手紙です」
マーガレットが俺に差し出したのは、百合の紋章が描かれた封筒だった。
すぐに封を切り、中身を見ると文字が綴られていた。
「ルナは文字を書けるようになったのか」
もう文字を書けるようになっていることに驚く。
俺とルナが引き裂かれたのは、ルナが三歳の頃。
だから、俺の中のルナは俺の膝の上に乗って絵本を読んでいる可愛らしい妹のままだった。
「――陛下。一体、聖女様と何があったのですか?」
ひんやりとした声音が聞こえたため、俺はマーガレットの方を見た。
彼女は探るような視線で俺を見つめていたので首を傾げる。
何もあるはずがない。
まったく連絡を取っていないのだから。
「おかしいと思いませんか? 祭事にも来ない薄情な陛下に対して、急に聖女様が手紙なんて。ルナ様は幼き頃に引き離された陛下の実の妹。普通なら会いたいと思います。それなのに陛下は来ない。だから、聖女様は貴方に嫌われていると思っています」
「は?」
全く想像していなかったため、俺は眉間に皺を寄せる。
「俺がルナを嫌うわけがないだろ! 俺はルナのために皇帝の仕事をしているんだ。そもそも、ルナに近づくなと言ったのはお前達の方だ。忘れたのか? 祭事に来るな。闇魔法使いが聖女に関わるな。聖女の品格が落ちると言ったのを」
「私どもですか? 私どもはそのようなことを……あぁ、神殿側ですね」
マーガレットは心当たりがあったのか頬に手を当てるとため息を吐き出す。
どういうことだ?
大神官が率いる神殿側と教皇が率いる大聖堂側は意思の疎通がとれていないのか?
「申し訳ありません。そのような事情とは知らず。私はてっきり陛下が聖女様を脅しているのかと。絶対零度の皇帝は血も涙もないと言われておりますし。では、なぜ聖女様は陛下に会いたいと言ったのかしら? あんなに必死に……」
「ルナが俺に会いたいと?」
「はい。今朝、突然どうしてもお会いしたとおっしゃって。教皇様の許可が下りていないので、お手紙だけ届けに参りました」
「ルナが俺に……」
俺も会いたい。小さくて可愛い妹に。
きっと、大きくなっているのだろうな。