必ずお兄様の闇落ちを阻止してみせるから!
誰かしら? と思いながら返事をすれば、扉がゆっくりと開き、三つ編みをした女性を先頭に三人の女性が現れた。
部屋にいる侍女とは違い、彼女達はレモンイエローのワンピースを着て、左腕には百合と盾の紋章が入った腕章をつけている。
「あっ、マーガレットっ!」
彼女も私の専属侍女だけど、普通の侍女とはちょっと違う。
マーガレット達は教皇様直属の命を受けて派遣されている侍女達だ。
上位神官としての称号も持っているので、祭事も行なうことが可能。
んー。マーガレットにお願いした方が早いかも。
教皇様の直属だし!
「マーガレット。お願いがあるの。お兄様にお会いしたいから、教皇様にお願いして貰えないかしら?」
「ジルタクス様にですか……?」
マーガレットは目を大きく見開くと不思議そうな表情を浮かべる。
気持ちはわかるわ。
昔はお兄さまとお母様に会いたいって泣いていたけど、言わなくなったから。
どうして急に? って、思われたのかもしれない。
「おやめ下さい、聖女様!」
「なりません、聖女様」
マーガレットからの返事ではなく、神殿側の侍女達が返事をした。
神殿側はお兄様のことをよく思っていない。
それはうすうす子供ながらわかっている。
「陛下は神殿の祭事にも来ない罰当たりな人ですよ。祭事には聖女様も参加されているのに来ないなんて……きっと聖女様に会いたくないんですよ。ねぇ?」
「えぇ、そうですわ。陛下は聖女様のことを嫌っているんです。そんな方に会いたいだなんて。絶対に聖女様が傷つきます」
侍女達の言葉が胸に突き刺さる。
私とお兄様が会えるのは祭事のみ。
でも、お兄様は一度も祭事に参加したことがなかった。
もしかしたら、私のことを嫌いになっちゃったんじゃないかって思ったことも何度もある。
「たしかにお兄様は祭事に来てくれないわ。もしかしたら嫌われているかもしれないけど……でも、会わなきゃいけないの!」
私が大声で叫べば、辺りが静まりかえった。
その静寂を打ち破ったのは、マーガレットの淡々とした声音だった。
「理由を伺っても?」
マーガレットの方を見れば、真っ直ぐ私を見つめている。
きっと、ループしたって言っても信じてくれないだろう。
私だってまだ半信半疑なんだもん。
「とにかくお願い! お兄様に会ってお話がしたいの」
私はマーガレットに強くお願いすれば、彼女はやや間を開け頷く。
「……わかりました。手配いたします。ただ、許可が下りるかは教皇様次第です」
「えぇ、お願い」
私がほっと安堵の息を漏らせば、「何を勝手な真似を!」という怒号が聞こえた。
弾かれたように声のした方を見れば、顔を真っ赤にさせた神殿側の侍女達の姿が。
「マーガレット様、勝手な真似をなさないで下さい。ここはレアーレ神殿です。私達の管轄ですわ。大聖堂ではありません」
「えぇ、そうですわ。それに、あの血に濡れた恐ろしい皇帝との面会だなんて。聖女様が穢れてしまいます」
神殿側の侍女達が顔を歪めながら言っているのを大聖堂側の侍女達が真顔で聞いている。
また始まった……
神殿側の侍女と大聖堂側の侍女は仲があまり良くない。
神殿側の侍女達は、寄付金をたくさん積んだ者達の娘ばかり。
聖女の侍女をしていたら箔がつくからって。
一方のマーガレット達は、ベリエ教の中枢であり厳格な教皇様の下で働いていた侍女。
水と油の関係なのよね。
マーガレットは神殿側の侍女達を一瞥すると、唇を開いた。
「貴女達、口を慎みなさい。私達は教皇様の命を受け承認された正式な聖女様の侍女。貴女達はあくまで神殿内での侍女。一緒にされては困ります。私達はこの百合と盾の紋章に誇りと責任を持って仕事を行なっていますので」
そう言ってマーガレットは、左腕に付けている聖女の侍女としての証である腕章に触れる。
すると、神殿側の侍女達が顔を真っ赤にさせ唇を噛みしめた。
マーガレット、強いなぁと思っていると、彼女が私の方を見た。
「聖女様。教皇様のお返事を待っている間、陛下にお手紙を差し上げては?」
「お兄様にお手紙?」
マーガレットの言葉に対して、私は首を傾げる。
手紙かぁ。
それいいかも! 教皇様のお返事を待っている間にお兄様の様子を探れるわ。
「あれ? でも、手紙っていいの?」
「えぇ、可能ですわ。許可されておりますので」
「そうなんだ」
神殿での暮らしって禁止事項が多いから手紙も駄目だと思っていたわ。
ループ前も手紙なんて出したことなかったし。
――待っていてね、お兄様。必ずお兄様の闇落ちを阻止してみせるから!
私はさっそくお兄様にお手紙を書くことにした。