第二話 双子の月の下で
「あら、あなたまた来たの?」
珍しいわね、と続けて魔法使いの少女は私を埃っぽい土壁の部屋へ迎え入れる。理由はどうだっていい。処理を丁寧にされておらず所々窪みのある樫のテーブルに着く。彼女は代金の銀貨1枚を受け取るとテーブルの窪みに水晶球を置く。
「それで、見たいのはこの前の続きから?それとも全然違う話かしら?マリーお姉様は冒険者だから何でもやるわ。つまりお宝探しをする時もあればこの前みたいに依頼を受けて魔物や悪い奴をやっつける賞金稼ぎなんかも。あら。」
テーブルの向かいに座る魔法使いは私私の顔を覗き込んで水晶球に手をかざす。
「やっつけると言っても色々あるわ、マリーお姉様がするのは反省して謝るまで叩くのか、2度と動かなくなるまで叩くのか。そう、言わなくてもわかったわ。じゃあ始めるからお手洗いは先に済ませてね。」
戻ると水晶球には洗濯用の洗剤広告が映っていた。少女はなんだか甘い香りの飲み物に胃袋をノックする香ばしく揚げられた皿いっぱいの穀物を食べている。
「これ?私もお腹が空くの。むしゃむしゃ、ああマリーお姉様の活躍を見ながら食べる揚げお芋は最高ね。四つ足で歩く白黒の獣の乳を固めた脂とふんだんに振りかけられた調味料が口の中で踊るわ〜。ごくごく、ぷはーっ、この泡の出る湧き水は喉越しばつぐん!山から届けてもらう時に黄色の酸っぱい果物の絞り汁も入れてあるの。美味しいわ〜。」
そんなにお腹が減っているわけではなかったが、こう美味しそうに食べられるとついつい見てしまう。
「あら、あなたもこれ食べたいの?上映に必要な魔力の分のお代金は頂いたけど、むしゃむしゃ、ん。こちらは私のおやつだから、食べたいなら別料金で〜す。」
懐から取り出したがまぐちのお財布を開く。今月の残ったお小遣いからすると厳しい気もするが、背に腹は変えられない。私は追加の銅貨5枚を支払った━━。
━━青白く輝く双子の月が空高く昇った頃、商都で依頼を受けた村へ辿り着く。「ありがとうね、さぁお前の主人の元へお帰り。」ここまで借りて乗っていた地走りの首を撫で別れを告げる。ここは山と森の境目、小川で衣類を脱ぎ、濯ぐ。さらに手頃な草と川底の泥を擦り合わせ全身に塗る。
「陽が登る前に我々はタケノコを収穫します。が、離れた村からの報せには流れて来た大きなイノシシの母子と、タケノコを蜜璃に来た一団がおりますのじゃ。どちらも他所からの簒奪者ゆえ、山の主も処理する事に異論は無いと仰った。しかし我らには騎士団を雇う金銭の余裕もあまり大人数の立ち回りで林を踏み荒らされるのも御免被りたいのですじゃ。というわけで…。」
老婆の村長によるある程度の林の立地を聞きながら全身に草と泥を塗り込んでいく。
「標的の死体はそのままで?」
「ええ、ええ、良き肥料になりましょう。」
「それじゃあアーヴェ、私はグラティアと行くから。」
「えー、その性悪女神とですかぁ〜?いいですかグー!お姉さまに何かあったら許しませんからね!」
アーヴェは盾に強く命令する。
「貴女みたいな小娘がねぇ、クラウセントの鋼の守護女神に偉そうな口聞ける立場じゃあないわよ?」
「なんですってー!」
口論を始めた2人にそれぞれ軽くゲンコツを落とし、ゆっくり言い聞かせる。
「密猟者はどうにでもなるけど、問題はイノシシなの。いつもいい匂いのアーヴェは大好きだけど、今回は獣が相手で綺麗に処理しなきゃだから、お留守番してて欲しいな?」
「そんなぁ、いい匂いだなんて、マリー様ぁ♡」
両手を頰に当てうっとりクネクネし始めるアーヴェから盾に目を移す。
「それでグラティア、相手が相手だから、最初から限定解除でお願い。」
「はいはい、私のマリーのお願いなら聞いてあげちゃう♡」
盾とハンマー、それにナイフと腕甲に脚甲は緩やかに明滅する。それを見ながら泥と草を塗り込んだ衣類に袖を通し。
「とっても綺麗なグラティアに泥を塗るのは残念だけど、ちょっとだけ我慢してね。」
「大丈夫よ、マリーと同じ匂いになれるんですもの。いつも花の匂いがプンプンしてるアーヴェには無理でしょうね。」
クスクスと笑うグラティアにアーヴェが泥を投げ付ける。
「グーなんかねぇ!私がおめかしして、あげるわよっ!いつも血の匂いばかりだから!ちょっとは綺麗に!なったんじゃない!」
「アーヴェ、アンタねぇ…。」
また喧嘩が始まりそうなので盾を抱え口付けする。
「グラティアがいるから、私は戦える。今回は静かにやるから、ちょっとだけお喋りは我慢してね。」
そして林の前に立つ。
竹の香りを胸いっぱいに吸い込み、大きく声を上げ語りかける。
「私は冒険者のマーガレット。この山と川と林の主人よ!今よりここに紛れ込んだ者たちを狩り、御身への供物として捧げん!よろしいか!」
しばらく、そよ風が竹の葉を揺らすサラサラ、とした清良な空気だけが流れる。そして
「いいぞぉ〜。幾人か連れ込まれた子供の匂いがある。彼女らは助けてやれ〜。」
「あいわかった!いざや我が狩りの業、御照覧あられませい!」
アーヴェにお風呂と子ども達の分の食事をお願いし、林に足を踏み入れる。
鬱蒼とした竹藪は、そのイメージとは逆に足を踏み入れると切り出し人夫の作業と運搬に必要な充分な幅が取られている。
脚甲は限定を解除し腰に矢尻としてマウント、今回は村で獲れた狐の皮鞋で。
「マリーの柔らかな足を守れないのは残念よ。」
「いいの、竹の葉を踏んでもそんなに音しないし。」
着いた。
おあつらえ向きに広々と伐採された竹の間に月の光が落ち込み照らされたタケノコの根にはもう新芽が顔を出している。
まず土と水のソイルを混ぜ、根の周りに注ぐ。残った混合土には闇のソイルも足し、いくつかの新芽に塗る。
「ここの主人に許可取ったとは言え、毒を使うのも度胸あるわね〜。」
腕に付けた盾をトントンと叩く。
「それだけじゃないよ、グラティア。いくつかトラバサミ作って。」
「それは良いけどさ、マリー?限定解除の後払い決めちゃった。今回の獲物、血をいっぱい流させて♡」
嬉々として血が見たいと言うグラティア、本当にクラウセントの鋼を司る守護女神なのだろうか。呆れた目で見遣ると。
「何よ。私がマリーを好きなのは自分たちの平和を守れる退屈なクラウセントより、空の星より多い有象無象の生き物を殺して沢山の血を流させてくれるからよ!」
「…。どうして守護女神なんてやってたの。」
「クラウセントがまだ建国王、あの時はマリーくらいの小娘ね、村を守るために私の…。」
グラティアの言葉を掻き消すように、風と林がざわめく。駆ける。革靴は狐の爪をそのまま使い、爪先のみで立ち歩くと竹の落葉に食い込んで滑らずに移動出来る。寝のあるポイントから一足飛び二足跳びして大岩に乗り、盾の表面を撫でて弓の形に切り替え。村特産の竹製シャフトにグラティアの矢尻を噛み合わせる。またざわめき、駆けながら風の導く方向へ少し迂回し背面を取る。10人ほどの密猟者とタケノコを刈り取る用に連れ去られた子ども達がいる。
「オラ、ガキ共さっさと歩け!次のネタ場は近そうだ!」
「ヘッヘッヘ、こんなタケノコ一つでいい金だ。近くの商都に持ってきゃまた次の春まで遊んで暮らせまさぁ!」
「ああそうだ。美味い酒にいい女が選び放題だ…。」
いくつか会話を聞いたがそこまで重要な話ではない。さっさと刈り取ろうと矢をつがえた所でまた風が。
どうやらイノシシの方も同じ餌場を目指しているようだ。少し前進し、私とイノシシの間に密猟者の一団を挟む。
「この距離なら当たりはするだろうけど…。」
「ソイルでいいんじゃない?」
「別に致命傷を与えたいわけじゃないけど。そっか。」
水のソイルと風のソイルを乗せた矢を1射。続いて2射。時間差で矢は密猟者達の眼前を掠める。
「な、何だぁっ!?」
こちらを振り向いた密猟者の遥か後方で轟音を立てて爆発。ゴォン!2度目が起きる前に叫ぶ。
「私はお前達を狩りに来た!子ども達、死にたくなければ走れ!」
ドゴォン!言い終わる前に爆発。
「なんだ威勢の割に外してるじゃねぇか!」
「よく見りゃ地味な服だが身体の方は良さそうだな!」
「オラっガキ共は行け!ここからは大人の時間だ!」
丁度いい具合に子ども達は駆け出した。弓の中央を軽く2度叩き、指先から肘くらいまでのショートソード2本に分割、構える。
「そんなに睨んでも俺たちは怯まないぜぇ!」
「犯っちまうぜお前らぁ!」
「ヒィヤッハァー!」
囲まれ、じりじりと距離を詰められる。狼の頭をそのまま帽子に、背中の皮をそのまま肩出しのジャケットにしている。全員似た服装だから、仲が良いのだろう。腕に付けた長い爪を舐めた男が斬りかかってくる。先程の会話から向こうにこちらを殺す気はない。躱しながらすれ違いざまに毛皮ごと背中の皮だけを裂く。活きがいい状態を保ったまま、殺したくないのはこちらもだ。
「舐めんなガキがぁ!」
体格の良い男が長物の分銅を大振りで横凪に振るう。膝の高さまで屈み込み、鎖がテールを掠めた時にふくらはぎのバネを解き放つ。
「なっ!」
そう叫んだ時にはもう遅い、アームカバーごと前腕を膾切りにし、派手に血を吹き上がらせる。
水と土のソイルで煙幕を張り、子ども達の逃げた方へ駆け出す。
「何だ、俺の腕が、あっ、あっ。」
「ちくしょう背中が、背中が痛えよぉっ。」
「テメェら何騒いでやがる!そりにしてもあの女どこに!」
「煙幕か!くそっどっちだ!ひぇぐっ!」
背後で騒ぐ密猟者の1人が重量に押し潰され肉塊へと変わる。一帯に張った煙幕と先の爆発で片目を封じられてはいるが、血飛沫を上げた活け作りや大声を立てる獲物など、獣にとっては手に取る様にわかるだろう。
「はっ!はっ!もぉ走れないぃ!」
「やだぁぁぁ!帰りたい!おうちに帰りたいよぅ!」
「ママぁぁ、パパぁぁ!うぇぇぇん!」
連れ去られてからこの方、大人しくする事を強制されていた我慢の限界で喚き騒ぐ子ども達はすぐに見つかった。1人ずつ抱え、駆ける。
最初の岩まで運び、竹の落葉を被せる。
「みんないい子、もうちょっとだけいい子にしてね。お姉ちゃんがあのこわ〜いイノシシ、やっつけちゃうから。」
腰のポケットから砂糖と牛の乳を練った飴を取り出し、それぞれに渡す。
「わぁ、あめさんだぁ。」
「あまぁい!」
「おなか空いてるの、もっとぉ。」
切り裂いたポケットごと手渡し、口元に指を当てる。
「いい?お姉ちゃんのアメさん全部あげたから、静かにこれ舐めててね。終わったら美味しいご馳走食べて、あたたかいお風呂でゆっくりして、ふかふかのベッドでお休みしましょ。」
キラキラと目を輝かせた子ども達は静かに頷く。甘いもので空腹を和らげ、もう少しの我慢の後に楽しい事が待っていると伝えれば、後は。
ショートソードを重ね一度叩き、再び弓にする。子ども達に向き直り口に人刺し指を当てていたずらっぽく「しーっ。」と息を吹く。子ども達も同じように「しーっ。」と返してくれる。女の子はいつだってどこだって、何歳になってもいたずら大好きなのだ。
そうして最後の断末魔が響いて暫く経った後、今の足場にしている岩2つ分は有にあるイノシシが現れる。
水のソイルで作った合わせレンズで見たところ返り血以外は傷らしいものは付いていない。そこらの野盗にもなりきれず密猟者になった者達ならばこの程度か。矢による爆発で2匹の仔と片目を失った痛みは密猟者の活け作りで少しは和らいだようで、口元の牙から食べ残しの臓物をぶら下げたまま悠々と歩いてくる。
双子の月に照らし出され竹林を闊歩するその姿は堂々としてはいるが、所詮はこの地への侵入者。山に住まう者は人に限らず獣達も恵みを頂くため何らかの捧げ物を供する。侵入者たる密猟者達はその命で、そして、この獣も。
先に仕掛けた水と土のソイルを起動。陽の光を浴びる前に伸びたタケノコは考えれば不自然だが、獣にとってはどうでもいい事だ。早速近寄りガツガツと食事にありつく。密猟者の肉は前菜で、こちらが主役。当然この程度ではお腹を満たせないお客様のために、最後のソイルを起動する。
新たに伸びたタケノコに齧り付くイノシシ。しかし、ブシャァ!成長を促す水と土のソイルに加えた隠し味、闇のソイルが生きながら喰われた密猟者たちの苦しみと恐怖、怒りの感情を飲み込み今食われているタケノコと混ざり、伸びる。
「わー。」
「お花が咲いたみたーい。」
「ねーもう終わりー?」
口々に声を上げる子ども達。みんなの頭をそれぞれ撫でて、告げる。
「仕上げはこれから♪」
グラティアのトラバサミを起動しもがくイノシシの四肢を拘束する。
火と土のソイルを矢に乗せ、突き出たタケノコ、いや今は育ち切って竹になったそれに当てて行く。コン、コン、スココン。
「おー今のは同時に射って別の目標に当てたんだ?腕を上げたねマリー。」
我慢出来ずに感嘆の声を上げるグラティア。
「ん〜、風の流れが視えたから、山の主人さんの手助けかも。」
子ども達は喋る弓に目もくれず、ショーのクライマックスに期待を寄せる。
「ねーねー。」
「もーいーんじゃなーい?」
「はーやーくー。」
あはは、と頭をポリポリ掻いて立ち上がる。
「それでは、今宵の捧げ物。まつろわぬ者達で行う光の花、どうぞ受け取られませー!」
右手指、曲げた人差し指を親指で弾く。パチっと小君良い音を立て、竹の先に射付けた矢に火が灯る。パチパチパチ…火花が竹の先から根元に向かって走り、暫くの静寂の後。
ポン!ポポン!シュパアーン!ヒュルルゥー!
獣の腹の中にあった密猟者の負の感情が闇のソイルで増幅された所に土のソイルを起爆剤とした火がが付いた事による爆発。少々汚い花火ではあるが。
「わぁー。」
「くちゃーい。」
「でもきれ〜い。」
鼻を押さえて歓声を上げる子ども達の目の前で、爆ぜた肉塊に次々と花が咲く。
「面白い見せ物であった。」
「へぇ〜ここの主人も気が効くじゃな〜い♪」
手元の弓が声を上げる。
「それでは今宵の出し物は終わりました。失礼致します。」
頭を下げ子ども達を抱えて岩を飛び降りると、数匹の狼がウサギを咥えて近寄り、置いた。
「ミヤゲだ。アルジからの。」
「ありがとう、ご馳走になるね!」
そうして林を出て、村に戻る。
村の人の作ったご飯と、アーヴェのいつもの花のお茶。たくさん食べた後は子ども達とアーヴェとみんなでお風呂。そして最後はふかふかのベッドで。
「誰か忘れてな〜い?」
お風呂で磨いた後、油を塗って輝きを取り戻したグラティアももちろん忘れずにおやすみのキスをして、今日はおやすみ。
━━「それで、今回のマリーお姉様の戦いは終わり。え、盾で受けないのって?ただの人間のお姉様にはあんな大きい獣は受け止めきれないわよ。普通はね。子ども達はみんなお家に帰れて万々歳。汚い花火の念写もあるけどどう?そう、銅貨3枚。」
花火だけなら買う気は無かったけど、笑顔で花火に照らされる彼女のもあって思わずがまぐちを開く。
「まいどあり♪」
と言うわけ、第二話お届けです
お話わ考えて挿絵を描いて本文書いて投稿、なのでゆったりしたペースになりますが、これからもお付き合い頂ければ幸いです