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34.和解

 冷たい秋風が吹きつける翼廊で、シオリはシェードと並んで立っていた。扉が開いて中からオリビアが出てくる。デンジに背中を押されて、彼女は踏ん張りきれずにたたらを踏んだ。

「ほら、オリビア君」

 冷たいデンジの声を背中に受けながら、オリビアは口を噛みつつ二人の前に進み出る。

「おや、カイとナナーシュ君がいないようだが」

「今日はダイの見舞い日だ」

 シェードが低い声で答えた。シオリは腕を組んで胸を反らし、オリビアを睨んでいる。オリビアは暫く俯いて、風に髪が舞うに任せていたが、デンジに肩を叩かれて顔を上げた。

「ごめんなさい……申し訳……ありません、でした」

 低く無念の滲んだ口調で謝罪するオリビアを、シオリは鋭く睨んでいる。

「何を謝罪しているのか、シェードの前で説明して」

「そ、それは……ストックボーンをそそのかしたことと、留学生を排除しようと、あなたを巻き込んだこと……です」

「まだあるわよね?」

「シェード殿にブルーム家の命令で動く令嬢をけしかけて、仲を裂こうとしました」

「ミーヤ嬢にも理不尽に絡んだそうだな……」

 シェードは呆れた顔で付け加える。

「はい……」

 傍らでデンジが、ヒラヒラと証拠らしき手紙をちらつかせている。オリビアは項垂れて最後に付け加えた。

「あとは……兄と結託して、カイ・シェン殿の養子入りを政治的に止めようと工作も……」

 デンジは風で乱れたアッシュグレーの髪を整えながら言う。

「オリビア君とブルーム家は、君たちが謝罪を受け入れて不問に付すなら、今後二度と君たちと留学生たちに不利益になる行動はしないそうだ」

 オリビアは顔色を失くしたまま、翼廊の石床を睨んで何度も手を握ったり開いたりしている。

「シオリ、手打ちにするんだろう?」

「……信用はできないけど、ブルーム家が私たちに関わらないなら、それでいいわ」

「約束……します。これ……留学生への謝罪の手紙です」

 オリビアは頭を下げて小さく息を吐き出す。彼女はポケットから手紙を二通取り出して差し出した。シオリは腕を組んだまま動こうとしないので、シェードが代わりに受け取る。

「彼女はこのまま生徒会にいてもらう。言動について卒業するまで僕も見ておくつもりだ」

「頼んだ」

 シェードと視線を合わせて大きく頷いたデンジは、オリビアを連れて専門棟の中へ戻って行った。組んでいた腕を解いて大きくため息をつくシオリに、シェードが手紙を持ったまま問いかける。

「いちおうの決着、でいいんだよな」

「まあ、うん。そうね」

「手紙、二人に渡しておいてくれ」

「……うん」

 小声で返事をして受け取った手紙を上着のポケットに入れた。

「……カイと何かあったか」

「別に……」

 緩く首を振るシオリに苦笑して、シェードは彼女の肩を叩いて翼廊の外階段へ向かう。

「ね、ねえ、シェード」

 幼馴染の大きな背中を呼び止める。振り返ったシェードは穏やかな目で頷いた。

「話してみろ」

 人の気配がないのは確認していたが、もう一度周囲を見回してシオリは一歩彼に近づいて声を潜める。

「カイと……気まずくなって」

「どうしてだ」

「その……怖くて」

「怖い?」

 シオリは頬が熱くなるのを感じながら手すりを睨んだ。

「ああ……えと、その……そういう、行為っていうか」

 気恥ずかしくて口ごもりながら指を動かす。シェードは太い眉の片方を跳ね上げ、手すりに手を付いた。

「まだ……子を作るには早いだろう」

「違うわよ……っ、そんな段階じゃないけど、ちょっと……慣れないっていうか」

 遠い目で虚空を見つめているシェードを見上げて、シオリは大きく息を吐く。

「カイは……お前の頼みなら聞くだろう。慣れずに怖いと正直に話せ」

「……うん」

 苦笑しながら彼女の肩を叩いて、シェードは階段を下りて行った。


 音楽棟の練習室を出ると、既に学園内のガス灯に明かりが点いていた。シオリはぼんやりした光を見上げてから、バイオリンケースを抱え直す。

「シオリ」

 暗がりから人影が進み出る。彼女は視線を彷徨わせ、人影から逸らした。

「ああ、カイ。手紙、ナナーシュから受け取った?」

 目を合わせないまま問いかける。カイは一定の距離を保ったまま答えた。

「うん、受け取った。次に何かしてきたら、ナナーシュがリー家の威信にかけて報復するって息巻いてたよ」

「うん、私も聞いた」

 シオリは意を決して顔を上げる。彼はポケットに手を突っ込んで、眉をハの字に歪めて薄っすら笑みを浮かべている。

「……一緒に帰っていい?」

 躊躇いの滲んだ誘いに、シオリは小さく頷いた。黙って並んで歩き出す。昼からずっと強風が吹いている。落ち葉がくるくる舞い上がり、肩まで下ろした栗色の髪が頬にぶつかる。

「……嫌だった?」

 気まずく終えた触れ合いのことを思い浮かべ、シオリは真っ赤になった。足を止めて彼女は落ち葉を見ながら首を横に振る。何か答えようと口を開けたが、続かず噤んでしまう。甘い痺れが胸を締め付けた。

「俺さ……なんていうか、ちょっと飛んでて。本当にごめん」

 今度は無言で首を縦に振るシオリを見つめて、カイは一歩進み出る。放課後の活動を終えた生徒たちの話し声が遠くから聞こえた。

「……慣れないから……急に、来られて驚いただけ」

 ケースを抱きかかえる彼女の手の甲を、そっと指先で突く。

「俺……自信がない。かーっとなっちゃうと、気づいたら閉じ込めてる。今までこんなことなくて……」

「……うん」

 そっぽを向いて歩き出した彼女の後について、カイもゆっくり足を動かす。

「持つよ、ケース」

 シオリは振り返ってケースを差し出す。カイは彼女の頬をさっと撫でてから、受け取った。

「怖くない?」

「……怖く、ない」

「嫌じゃない?」

「だから、大丈夫だって……言ってる」

 泣き出しそうなカイの横顔を見上げて、シオリは目を瞬かせる。彼は視線を合わせないまま歩みを速める。小走りで追いついたシオリは、ケースを持っていない方の彼の掌に自分の手を押し付けた。

「シオリ……」

「怖く……ないから」

 カイは黙って頷いて、二人はそのまま手を繋いで寮へ戻った。

 

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