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27.告白

 ナナーシュとのお茶会を切り上げたシオリは、音楽棟の練習室にいた。一心不乱にバイオリンを弾いている。

「ふう……」

 楽器と弓を下ろしてため息をついたと同時に、練習室の重厚な扉が外から強く叩かれた。小さなのぞき窓へ近づくと、扉の向こうでカイがヒラヒラと手を振っていた。彼女は顔をしかめる。

「何よ」

 口の動きだけで抗議するシオリに、カイが扉を開けるよう促す仕草を見せた。シオリはバイオリンと弓をクラヴィーナの上に置いて、扉を開ける。

「邪魔してごめん、少しだけいいかな」

「……もう、終わりにするから、別にいいけど」

 カイは音もなく部屋の中に滑り込み、しっかり扉を閉めた。

「あ、ねえ、扉は開けておいて」

「嫌だ」

「はあ?」

「婚約者がいるから外聞が悪いって理由だろう?」

「そうよ」

「だから、嫌だ」

 困惑の表情になる彼女に、カイは爽やかな笑顔を向ける。

「……スローリー先生のこと? 私も変だと思ってた」

 夕暮れの中、騎士に連行されていくデビットを彼と並んで見送った。シオリは口元を歪めて首を左右に振る。

「そうなんだ、シオリは鋭いんだな」

「元々、えこひいきする嫌なヤツだとは思ってたし。ナナーシュのことは、気持ち悪いぐらい気に入ってて。ダイを邪魔に思っても変じゃない」

 カイは苦笑して頷く。デビットを見送っていた時に見せた鋭さはなりを潜めている。

「そうか。俺は留学生にも親切ないい先生だっていう先入観があってさ、気づけなかったんだ。ほら、先生の中でも東方を快く思っていない人も結構いたし」

 カイは淡々と語る。シオリはクラヴィーナの前にある椅子に腰を下ろした。

「ナナーシュは、アンタよりよっぽどスローリーに傾倒してたから、落ち込んでるんじゃないかと思ったけど違ったわね」

「うん、そんな風には見えなかったよ。強い人だよね」

「そうね」

 カイはクラヴィーナに両肘を乗せて、シオリの横顔を見つめる。

「あの子が平気なら……それでいい」

「ハハ、本当にいい子だよね、シオリって」

「何よ、その、言い方……」

 柔らかな微笑を浮べるカイに見惚れそうになり、シオリはさっと目を逸らした。

「弟を失うかもしれないってなった時、もっとああすれば良かった、こうすれば良かったって色々考えた」

 カイの声が一段低くなる。

「……そう……だいぶ、回復したんでしょ」

「うん、日に日に元気になってきてる」

「良かった」

「うん――で、だ」

 カイはシオリの前まで移動して両膝を床に着いた。そっと手を伸ばして彼女の腕を掴まえる。彼の目に浮かぶ色も変わっている。カイの全身から鋭く刺激的な香りが放たれた。触れている腕だけでなく、全身の皮膚が粟立つ。

「君が好きなんだ」

 爛々と獲物を狙うような目つきだったが、声は低く囁きかけるように甘い。シオリは陶然とした表情で声もなく喘いでいる。

「君が、生き生きとした音楽を奏で続けられるように、何でもする。だから、俺を選んでくれないか?」

 真摯に訴え掛けられて、我に返る。

「……カイ、無理よ、私はもう、シェードと婚約してる」

 シオリは目を伏せて答えた。

「でも、俺のこと、気にしてくれてるよね?」

 彼は逃がすまいとでもいうべく腕を辿り下り、その指先で彼女の両手を包み込んだ。

「シェードの家にも君の家にも筋は通すよ。絶対になんとかする……シオリ、君が好きだ。失いたく、ない」

 滑らかな手の甲に額を押し付けながら、最後は泣き出しそうな口調になった。腕に触れる柔らかな彼の髪の感触が、くすぐったい。鼓動は音楽家の体内で大音量で騒ぎ、耳の近くで血潮が伴奏している。

「……わかった」

 シオリは小声で囁いた。カイは素早く顔を上げる。彼女の頬がランタンに照らされて真っ赤に染まっていた。

「それって、俺を選ぶってことでいい?」

 シオリはカイの手を勢いよく跳ね除けて、顔を背ける。

「わかったって、言ってるでしょ!」

 視線を彷徨わせたまま言い返した直後、シオリはカイの腕の中にいた。膝を着いたままの彼に、全身を強く抱きしめられている。首筋に鼻先を寄せて甘い匂いに浸っていた彼は、やがてシオリを立ち上がらせると同時に唇を近づけてくる。

「ちょ、何するのよ」

「キス、していい?」

「ま、まだダメに決まってるでしょ」

「したい。かわいい、シオリ、お願い」

 鼻先が触れ合う。頬に耳に息がかかる。カイの手はシオリの腕を外から強く優しく拘束している。逃げられない。

「……わか、った」

 息苦しくて、頬が熱いし耳も熱い。

「……好きだよ」

 そっと目を閉じたシオリの口に、彼の吐息と唇が少しだけ触れて、離れた。

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