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12.フレデリックの最愛の女性

週末がやってきた。

シーナは前日の夜遅くに出張先からフラットに戻ってきた。



この国を離れる予定だったシーナの部屋は相変わらず荷物の少ない状態ではあったが、叔父にしていた交代要員の依頼は取り下げてもらった。

アンジェラと姉妹であることを職場のひとたちに知られてしまい、一時は帰国を考えたシーナだったが、ラボの仲間たちはシーナを利用してアンジェラに近づくようなことはしなかった。


ラボで働く人たちは比較的年齢層が高く、落ち着いた考えを持つひとたちの集団だったから、ミーハーに女優を追いかけるようなことはしなかったのだ。

シーナとしても、今の遺跡調査を投げ出したくはないと思っていたから、人員が見つからないのならこのまま自分が務めようと思ったのだ。


『婚約、おめでとう、シーナ』


電話に出るなり、叔父は一番にシーナの婚約を祝ってくれた。


『アンジェラの結婚の記事に君のことが書いてあったからとても驚いたよ。そうか、コナー卿もあのラボにいたんだね』


「叔父様、彼を知っているの?」


『もちろんさ、コナー家は遺跡発掘に理解の深い数少ない貴族のうちのひとつだ。そこかしこに強いコネクションを持っていてね、それに助けられることはよくあるんだよ』


「そうなのね。わたし、ちっとも知らなかったわ」


『君はまだ一所員だ、そういうことは上の者にまかせておけばいい』


ひとしきり笑った後で彼が言った。


『それで、なにか用があったんだろう?』


「お願いしていた交代要員の件ですけど、適切な方がまだ見つかっていないようなら募集は取り下げて頂こうかと思って」


『それなら最初から募集してないよ』


叔父の返答にシーナは驚いた。


「え?どういうことですか?」


『コナー卿から聞いてない?彼からシーナの代わりは探さなくていいと言われていたんだよ、君は絶対にこの仕事を投げ出したりしないから、とね。

そのとき、姉さんの連絡先を聞かれた。君への求婚の許可を取り付けたいと言っていたな。彼はその言葉通り、計画を実行に移したんだね。大した男だよ』


叔父の言葉にシーナは疑問に思った。シーナが叔父に交代を希望したのはアンジェラの結婚が発表されるずっと前のことだ。

その頃から彼はシーナへの求婚を考えていたということだ。


いったいどうして?姉の義弟になりたくて求婚をしたのではなかったの?


黙ってしまったシーナに叔父が言った。


『コナー卿は、そうだな、アンジェラの言葉を借りるなら、君の周りをうろちょろする考えなしな人たちとは違うよ』


一時は、叔父の言う通りかもしれないと考え始めていたシーナだったが、アンジェラが頻繁にラボに顔を出すようになり、彼女の来訪を待ちかねたようにシーナの部屋を訪れる彼を見て、やっぱり彼はアンジェラを愛しているのだ、と思ったのだ。


でもボビィは言った。


「理屈じゃなくてハートで考えるんだ」


自分はどうしたいのか、彼とどうなりたいのか。


シーナは身支度を整えながらフレデリックとのこれからを考えていた。







リリン


呼び鈴の音でシーナは除き窓を確認してからドアを開けた。


「少し早かったかな」


いつもより少しラフな恰好をしたフレデリックが立っていた。


「いいえ。もう支度は済んでいたから」

「これ、君に」


彼は持っていた赤薔薇の大きな花束をシーナに差し出した。さすがのシーナも薔薇の花言葉は知っている。


「ありがとう」


シーナはそれを受け取って戸棚から花瓶を取り出していけると彼に向き直った。


「なにかプランはある?」


フレデリックにそう聞かれてシーナは正直に答えた。


「いいえ。ただ、あなたと話し合いをしたいと思って」

「話し合い?」

「わたしたちの婚約についてよ」


シーナは声が震えないように気を付けて言った。それに彼が気づいたのかはわからないがフレデリックもうなずいた。


「そうだね、僕たちはいろいろと話し合う必要がある」


フレデリックは少し考えてから、


「電話を借りてもいいかな?」


と言い、どこかに連絡をした。


「ハロー。急で悪いんだけど、都合がつくかな。僕と僕の婚約者のふたりだ。すまない、ありがとう」


彼はそう言って受話器を置くとシーナに言う。


「君は出張から帰ったばかりで疲れているだろう?この週末はのんびり過ごそう。コテージを押さえたから今すぐ行こう」

「そんな、急に言われても」

「手ぶらで大丈夫だよ、必要なものは全て向こうが用意してくれる」


フレデリックはシーナの手を取るとやや強引に連れ出し、乗ってきた車でとあるリゾート地へと向かった。


シーナは知らなかったがそこは高級リゾート地として知られており、限られたひとたちしか出入りできないような特別な場所だった。

フレデリックの運転する高級車が大きなゲートの前に到着するとそこには門番がいて、彼は被っていた帽子をひょいっと上げるとフレデリックとシーナに歓迎の意を示した。


「ようこそ、コナー卿」

「世話になるよ」

「どうぞゆっくりしていってください」


彼はそう言うとゲートを開けてくれ、フレデリックはまた車を走らせた。


「どこに向かってるの?」

「僕たちの今夜の寝床さ」


外には遠くにコテージが見える、それもひとつではない。それぞれに工夫されたデザインを持つおしゃれな建物がいくつも見えるのだ。


「ここはどこなの?」

「リゾート用の一区画だよ。さっきのゲート、あれが外部の情報を一切遮断している。現実の煩わしいことを忘れて過ごすにはぴったりの場所さ」


やがてしばらく車を走らせた先に緑色の屋根を持つ、白壁の小さな家が見えてきた。


「あれが僕たちのコテージだよ」

「素敵、まるでグリンゲイブルズみたい」


正面玄関では、従業員と思われる男性が待っていた。


「お待ちしておりました、コナー卿、ミス・ブラント」

「急ですまなかったね」

「いえ、いつお越しいただいてもいいように常々、整えておりますので。

軽食とお飲み物のご用意は済んでおります。他に必要なものがございましたらお気軽にどうぞ」

「ありがとう」


フレデリックがそう言うと彼は一礼して、近くに止めてあったカートに乗って走り去っていった。


「シーナ、入ろう」


一瞬のためらいのあと、シーナはフレデリックの差し出した手に自身のそれをのせ、コテージの中に入った。




先ほどまで暖炉がくべられていたようで室内はとても暖かい。

シーナはテーブルに用意されているポットから温かい紅茶をカップにつぎ、そのうちのひとつをフレデリックに手渡した。


「さて、僕たちの婚約について、話し合おうか」


フレデリックの言葉にシーナは思わず身を固くし、それからすぐに思い直した。


わたしから話し合いたいと言ったのよ、しっかりしなさい、シーナ。


シーナは決意を持ってフレデリックに言った。


「この状態を続けるのはよくないと思うの」

「もちろん分かってる、でも残念ながら僕は爵位を持っているからね。慣例に従って婚約期間は必要なんだ」

「そういうことではないわ」


シーナは少し間を空けて、それからきっぱりと言った。


「こんなやり方は間違っているわ。ここまで協力しておいていまさらとあなたは思うでしょうけど、でも、やっぱりこの婚約は白紙にすべきだと思う」


そう言われたフレデリックは眉をひそめ、それから首をかしげた。


「間違ってるって、なにがだい?」


「なにもかもよ、最愛の女性の傍にいたいからって義理の弟になろうとするのは間違ってるわ。あなたの気持ちの整理がつくまではもちろん協力します、でもいつかは新しい恋を見つけるべきよ。

いつかは解消すると約束してください」


そう懇願したシーナにフレデリックは驚いた顔をしてしばらく彼女の顔を眺めていたが、シーナが言い直そうとはしなかった為、この訴えは本物だと気づき、それと同時に様々な疑問が心のうちに浮かんだ。


「すまない、君の言っていることがまるでわからない。

僕の最愛の女性はシーナ、君だよ。その君と義理の家族になるだって?僕は君と結婚したいと願って、だからプロポーズをして、君も同じように思ったから承諾してくれたんじゃなかったのか?」


「お芝居はもういいの。あなたがアンジェラを愛していること、わたし、ちゃんと分かってるわ。彼女の義理の弟でもいいからそばにいたいと願って、だからわたしにプロポーズをしたのでしょう?

でもこれだけは信じて、アンジーの結婚は本当にわたしも知らなかったのよ。恋人がいるって分かってたら、わたしはきっとあなたに忠告をできたわ」


本当にごめんなさい、と言ってシーナはうなだれたが、それにフレデリックはしばらくの沈黙の後で、明確な怒りを向けた。


「君が謝るのはそのことじゃない。僕がアンジェラに近づきたくて君を利用するような男だと思っていたことだよ。

僕は彼女のことなんか、なんとも思っちゃいない、むしろライバルだ。君はいつでもアンジェラを優先する、婚約者になった僕よりもね。彼女だって同じさ、妹を僕にとられまいと必死になって、最近は毎日、ラボに来てるじゃないか」


「それは。手料理の出来をみて欲しいからよ、アンジェラは女優業一筋だったから家庭のことはまるでダメで。でも今はご主人を喜ばせたいって頑張ってるの」


シーナの弁解にフレデリックは眉をひそめた。


「君の素直なところは長所だが忘れちゃいけない。アンジェラは女優だ、そういう風(・・・・・)に見せることなんて得意だよ」


「アンジェラがわたしを騙してるって言いたいの?」


「騙してるとまでは言わないが、君の優しさにつけこんでるくらいは感じているよ」


そこでフレデリックは大きくため息をついた。


「僕は以前、アンジェラに言ったんだ、妹離れをするべきだってね。でもそれは君も同じだ、彼女にこだわることはもう止めるんだ。

君がアンジェラにコンプレックスを感じるのは分かるよ、彼女は世界的に有名な女優で、誰もが見惚れるほどの美貌を持っているからね。

でもシーナ、君も同じくらい美しいことに気づいているかい?それだけじゃない、母のパーティーで僕は何人もの男性に君のことを聞かれたよ。あの知的で美しい令嬢はどこの誰なのか、是非、紹介して欲しい、とね」


「そんなはずはないわ、わたしはあの日、アンジェラの通訳として呼ばれただけで」


シーナは弱々しい声で反論したが、フレデリックは攻撃をやめなかった。


「母が主催のパーティーだったから多くの爵位を持ったひとたちが集まっていた。彼らは一様に、アンジェラではなく君を欲した。

爵位ある家の女主人に相応しい素晴らしい素質を持った女性だと、皆が君を認めたんだ」


彼の言葉にシーナはもう何も言うことができなかった。

自分はずっとアンジェラの付属品でしかないと思ってきたのだ。急に自身の価値を語られても受け入れられるはずもない。


「ごめんなさい、わたしにはよく分からないわ」


所在なさげにそうつぶやくシーナをフレデリックはそっと抱きしめた。


「可哀そうなシーナ、君はアンジェラという太陽に焼かれ続けてきたんだ。君たち姉妹の仲を引き裂く気はないけれど、やはり少し距離を置いたほうがいい。

そして自分を見つめ直すんだ、もちろん、僕も手伝うから」


彼はシーナの額にそっと口づけをして言った。


「忘れないで。僕が愛しているのは君だよ」


本来なら飛び上がって喜ぶべき彼からの愛の告白にもシーナはただ、涙を流すことしかできなかった。

そんな彼女をフレデリックは優しく抱きしめ、シーナもそれに抵抗することもなく、彼の腕の中で静かに泣き続けたのだった。








あの週末以降もアンジェラはラボに来ていたようだが、そのたびにフレデリックが対応し、そのうちぱったりと姿を見せなくなった。

それは、シーナの家でのホームパーティで初めてフレデリックと対面した彼女の夫が瞬時に状況を把握し、コナー男爵の本気の怒りを買う前にと妻に釘をさしたからだったが、もちろんシーナはそれを知らない。


アンジェラの気配の消えたラボでシーナはまた以前のように仕事に集中した。


フレデリックの仮説通り、やはりシーナ達が解読していたのは廃棄された石碑群だったようだ。となると、実際に人々の目に触れていた石碑は別にあるということになり、そちらのほうが優先度は高い。


それとは別にフレデリックの気づきであるキー単語について、有益な情報が寄せられた。

失われた王国の文化がどのように広がっていったかを調査している学者からの連絡で、それは通常のようにその国を中心に円状に広がっていったのだが、ある時期から急速なスピードで南へと広がっていった、というものだった。

それは尋常ではない速さで伝達されており、それを維持し続けていたとしたら、シーナたちが調べている遺跡にまで伝わっていたとしてもなんらおかしくはないスピードを持っていた。

そこでチームリーダーのシーナとキー単語に気づいた功労者であるフレデリックは現地に向かい、詳しい話を聞くことになったのだ。



急いで旅支度を済ませ、飛行機に飛び乗ったふたりがたどり着いたのは、もうすっかり雪化粧を済ませ、真っ白な世界に埋もれた街だった。

お読みいただきありがとうございます

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