25 素直にならないと横やりが入るものらしい
クリスさんの爆弾発言以降も、恙なく過ごしております。
………………進展、なくはないよ? ちょっとづつだけどね、その、何と言うか……距離が近くなってきているというかですね、親密になって来ていると言いますか。
ちょいちょい口説くようなことを言ってくるので油断も隙も無いんですが……赤面するので、本当に勘弁してほしいい。でも、嫌じゃない自分が恥ずかしいと言うか、なんかいたたまれないんですよっ! 慣れてないんだって、こういう事に!!
まあ、クリスさんも私の反応を見つつ加減はしてくれているらしいので、そこは有難いんですが。もっとぐいぐい来られたら、たぶん私の心臓が持たない。
でもね、ここまではっきりとわかりやすく好意を示してくれて、それでも私の意思を尊重してくれているクリスさんを、拒絶なんて出来るわけもなくて。……そもそも、拒絶する意思がないと言うのが正しいんですが……これを口にする勇気がですね、まだ持てないと言いますか。
私がそんな状態なので、周りからしたら、さぞかしじれったく思われてるんだろうなって。
何時までも返事しないのも不誠実だし、そろそろ覚悟を決めないとかななんて吞気に考えていたら、ちょっとトラブル発生。面倒事に巻き込まれることになりました。
きっかけは、いつもの冒険者活動。
新年最初の薬草採集の帰り、門の近くで倒れている人を見つけたのが、始まりだった。
慌てて駆け寄ったら、若い女性で。声を掛けて事情を聞いたら、取り合えず疲労で歩けなくなっているだけなようだったので、私が肩を貸しつつ近くの憲兵隊の詰め所まで連れて行きました。対応してくれた人には見つけたときの状況を説明してからその後は憲兵隊に任せて帰宅。まあ、詰所に行った後も色々とあったんだけど、その時はそれで終わりだと思っていたんだ。
「……すまんが、もう一度いいか?」
翌日、尋ねてきた憲兵隊の相手をしていた兄が、頭の痛そうな顔をしています。
「申し訳ありません。そのご令嬢曰く、助けてもらったお礼を伝えたいとのことだったんですが……同時に、運命を感じたので会わなければならないといった感じの事も言っていたのが気になりまして」
説明している憲兵隊の人も、困惑しているのがよくわかる。
どうやら私とクリスさんが助けた人、クリスさんに一目惚れしたっぽい。知ってた。憲兵隊の詰め所へ連れて行ったとき、連絡先として兄宅を教えておいたからこうして訪ねてきたんだろうけど。
「協力者の情報は渡せませんので、昨日の件の報告を兼ねて私が確認に参りました。ただあのご令嬢、ご自分の都合のみで物事を考えている様子でしたので、一応ご報告しておこうかと」
「なるほど。どこか良いところのご令嬢なのか?」
「はい。身元の確認は取れまして、隣国のパルシェルト商会のご令嬢です。昨日のうちに迎えは来ていたのですが」
「なんやかんや理由を付けて帰らずにいると」
「その通りです」
にーちゃん、溜息でっかいよ!
ただまあ、困っているのは憲兵隊も同じなようで、今朝からずっと相手の情報を教えろと押しかけているんだそうな。報告に来てくれた憲兵さんは、お嬢さんが押しかけている受付からは見えない場所にある出入り口からこっそり来たんだそうです。ご苦労様です。
「取り合えず、私は先日の件は事件性はなかった事をご報告に上がっただけですので」
「ああ、態々すまんな」
「いえ。こちらこそ、ご協力ありがとうございました」
最後に深々と頭を下げてから、憲兵さん帰っていきました。
さて。
「マキ」
「うん?」
「昨日助けたお嬢さん、どんな感じだった?」
「クリスさん見た瞬間から目がハートになってたし、一緒に帰ろうって誘ってたよ」
正直に言ったら、兄が頭を抱えてます。
だってあのお嬢さん、自分が拒否られるはずがないって信じているんだもん。おかげでクリスさんの拒絶反応がすごかったよ!
最初はね、クリスさんに抱き上げてもらって運んだ方がいいかなと思ったんですよ。ぐったりしてたし。でもさ、クリスさん見た瞬間からそんな感じだったから、クリスさんが断固拒否したんだよねぇ。でも、単独で歩かせるにはちょっと足元がおぼつかない感じだったので、かなり無理やり妥協させて私が肩を貸して連れて行った感じです。そもそもお嬢さんが小柄だったから、クリスさんだと身長差あり過ぎて肩を貸すのは無理でした。
「クリスの塩対応が目に浮かぶわ……」
うん、塩対応どころじゃなかったけどね!
実際、憲兵隊に引き渡してからもしつこかった。クリスさんが私と詰め所を出ようとしたら、なんでって言って引き留めるし。なんでって、何が。
憲兵隊の人がそう聞いたらですね、そこから妄想を爆発させたらしいお嬢さんは延々となんか言っていたんですよ。クリスさんの表情がどんどん消えていくもんだから、慌てて詰め所から連れ出したけど。
「なんかね、あのお嬢さんの中ではクリスさんは運命の恋人で、一目会った時からお互いに強く惹かれあっているらしいよ」
もちろん、そんな妄想をかたられたところで誰も信じなかった。……クリスさんの、あの冷え切った眼を見たら信じるわけがない。憲兵隊の皆さん、怖がってたもん。
「クリスの塩対応を受けてもそれか」
「うん」
というか、塩対応されていることにすら気づいてなかったんじゃないかな。
「妄想と現実が区別つかなくなるタイプか?」
「区別つかないというよりは、いままで思い通りにならなかったことがなかったんじゃない? クリスさんに拒否されるとか、そんな考え全くない感じだったよ」
「周りが甘やかして増長させたタイプか……」
兄、頭が痛そうです。ま、説明したところで理解しないだろうからね、あの手のタイプは。
そうなると、あのお嬢さんもしくはその協力者がクリスさんを探し出そうとする可能性が、大。いつまでこっちにいるかは知らないけどさ。
「下手に財力はありそうだからな。バレるのは時間の問題だろう」
「その、何とか商会って有名なの?」
「パルシェルト商会な。本店は隣国だが王都に支店があって、食品を主に扱ってる。地方の珍しい食材なんかも扱っている商会で、ウチもたまに利用してるぞ」
「へぇー」
珍しい食材と聞いて、ちょっと興味を引かれた。
いやいや、いまはクリスさんの事を!
「押しかけてくるかな?」
「さすがにそこまで非常識ではないと思いたいが。まあ、商会の手の者が接触してくる可能性はあるな」
やっぱり、そうなるか。
三日後。
朝から兄に呼び出されて執務室へ行くと、そこにはシルヴァン様とクリスさんの姿も。
「おはようございます」
取り合えず、先に挨拶してから兄の隣に座る。どうやら例のお嬢さんの件で何かあったようです。……別にさ、私を巻き込まなくてもよくない? ダメ? そうですか。
「シルヴァン、いいぞ」
「では。昨日、パルシェルト商会を名乗る者が接触してきました。内容は、ご令嬢からの手紙を預かったと。内容を確認しましたが、先日当家の騎士に助けてもらったので、是非とも直接会って礼を伝えたいと。その為に指定の場所へ来てほしいと書かれていました」
私の存在は、まるっと無視されているらしい。まあ、そうなるだろうなとは思ってたけど。だって肩を貸すって言った時も、散々ごねてたし。クリスさんがガン無視してたから、しぶしぶって感じだったもんね。
「事前に父上から聞いていたので、これに関しては礼は不要、と伝えてもらう事にしました。そもそも直接助けたのは騎士と一緒にいた女性であり、その存在を無視している時点で感謝の意は感じられない。そう説明したうえで、手紙は返しました」
シルヴァン様、なかなかに辛辣!
しかし、兄とクリスさんは納得顔。
「当然だな。クリス目当てだと言っているようなものだろう」
「ええ。マキさんがかなり心配していたというのに。それをなかったことにしますか」
あ、違う。クリスさん、ご立腹だわ。
「使者も私にそう返されるとは思っていなかったようです。慌てて言い訳めいたことを口にしていましたが、ご令嬢の真意は感謝を伝えることではなく、助けられたときに側にいた騎士に会う事だろうと問うと黙っていましたよ」
黙り込んだという事は、図星だったんでしょうね。使者として来た人が、お嬢さんの真意を知らなかったわけがないだろうし。
「マキの事は何も書かれていなかったのか?」
「ええ。見事なまでに、一言も」
兄の質問に、にっこりシルヴァン様。笑顔だけど、でもこれ、怒ってるっぽい気がする……なんか、部屋の温度が下がった気がするもの。
「取り合えず、使者は帰らせました。ですが、あの様子ですとまた接触はしてきそうです」
「探った限りでは、ずいぶんとアレなお嬢様らしいからな」
溜息交じりに兄が呟いてます。
私もちらっと聞いたけど、ほぼ予想通りな感じのお嬢さんでした。なんか、末娘という事で随分と甘やかされているようで、これまでにもいろいろと問題を起こしていたみたいです。まあ、親がお金使って握りつぶしてたみたいだから、あまり表沙汰になることはなかったみたいだけど。
「手紙を持ってきた奴は他に何か言っていたか?」
兄が尋ねると、シルヴァン様は頷いた。
「はい。ご令嬢はやっと理想の相手に巡り合えたと言っているようで、絶対に結婚すると周囲には宣言して準備を始めているようです」
「勝手に宣言されても」
「全くです」
呆れ気味の兄に、シルヴァン様も完全同意。
ていうか、相手の意思確認もしないで結婚の準備するとか、ありえなくない? マジで何考えてるの、そのお嬢様。頭大丈夫かな?
別の意味でも、ちょっと心配になってきた。
「あちらはずいぶんと勝手なことを計画しているようでしたから、私の名でパルシェルト商会の会頭宛に抗議文を送りました。早ければ本日中にでも反応があるでしょう」
「ああ、すでに手は打ってあるんだね。それで引かないようなら私の名前も出して構わないから」
「わかりました。ですが、父上が出るまでもないかと」
シルヴァン様によると、現状のクリスさんの立場を説明したうえで、妙なことを言いふらすと王家にケンカを売ることになるがわかっているのか的なことを伝えたんだそうです。いくら規模の大きな商会であっても、王家が絡んでいるとなれば下手なことはできないし、それでも改めないようであれば最悪この国での営業許可が取り消される可能性もあるそうですよ。
「商売をしているのですから、信用がどれほど大切かは理解しているでしょう。ご令嬢本人はともかくとしても、親は考えるのではないでしょうか」
「いくら娘に甘いからといって、そこまで愚かではないとは思いたいがな」
シルヴァン様はさすがにもう大丈夫ではないだろうかと思ってるようですが、兄は本当に大丈夫かなって感じみたいです。私も兄に賛同します。なんとなく。
そんなことを考えていると、ノックが。
「失礼します。旦那、ちょっと嫌な情報が入りました」
そう言いながら入ってきたのは、ザックさん。
「パルシェルト商会か?」
「です。なんか、王家に色々と献上してクリスの護衛騎士任務を別の誰かに変更するよう陳述する準備をしているらしいっすよ。元々、新規商材の件で王宮側との会談予定があっての訪問みたいですから、そのついでって感じですかね」
兄とシルヴァン様が同時に頭を抱えました。クリスさんは……かなり怒ってるな、これ。まだ辛うじて笑顔を保ってはいるけれど。
「会頭自らが、か?」
「です。先代の会頭はまともなんでそれを知って激怒してるらしいんですけど、止めることはできないみたいっすね。いまの会頭って娘が絡むとマジでどうしようもないくらい馬鹿になるらしいんすよ。こっちの王家にケンカ売るのも時間の問題じゃないっすか」
兄、頭が痛そうです。
普通に考えれば、一商会が自分の所の商売とは全く関係ない私の護衛に関することに口出しするなんて、どうかしているとしか言いようがないでしょ。お嬢さんもそうだけど、本当に頭大丈夫かな。本気で心配になって来たよ。
しかしザックさん、わずか数日でなぜそんな情報をつかんでいるのでしょうか。しかもお隣の国でしょ、商会の本部があるのって。物理的にも随分と距離があるように思えるのですが。
「旦那から話を聞いた時点で、部下を派遣済みです」
こっちを見ながらザックさんが言う。
「……私、何も言ってませんよね?」
「顔に出てます」
またそれかよ!!
どうもザックさんは兄や私の思考回路が読めるらしく、こんな時はほぼ間違いなく考えていることを指摘されるんですよ。兄はザックさんが特殊能力でもあるんじゃないかと本気で疑っているようなんだけど、本人はそれを否定しているんだよね……本当かな。
「何度も言ってますけど、旦那とマキさんがわかりやすいだけっすよ。……旦那、王家に圧をかけるのはやめておきましょうね」
「何も言ってねーだろ」
「言ってはないですね。つーか、パルシェルト商会ごときが王家に意見できるわけないっしょ」
「それはそうなんだが」
どうやらこの国ではそこまでの影響力はないようです。パルシェルト商会。でも、この国に根付いている(?)商会がなくなったら、困る人はたくさんいるんじゃないだろうか。
いや、ちょっと待って。さらっと聞き流してたけどザックさん、王家に圧かけるって言ってなかった? しかも兄、否定しなかったよね?
うそでしょと思って思わずクリスさんを見たら、にっこり。あ、これは肯定しているな。という事は、冗談でも何でもないってこと? え、マジで?
「まあ、王家には旦那の名でパルシェルト商会の事をチクっておきました」
「お前、人の名前で何してんの?」
「情報共有は大切です」
不満顔の兄に、しれっと返すザックさん。
「で、先ほど王家から返信がありました」
どこから取り出したのか手紙を兄に差し出す。
胡乱な顔をしつつも兄は知れを受け取り、内容を確認。……にーちゃん、眉間のしわがすごいよ!
「あ、接触あったんですね」
「昨日、面会要請があったらしい。先延ばししてもいいことないだろうからと、二日後にマリウス殿下が対応するそうだ。俺とシルヴァンも立ち会うよう要請が来てる」
なんか、思ったより大事になって来たような気が。
面倒なことにならないと良いんだけどなぁとは思うけど、たぶん面倒なことになるんだろうなぁと思いつつ。取り合えず二日後、私も王宮へ行くことになりました。
**********
王宮へ来ました。
兄とシルヴァン様はマリウス殿下と主にパルシェルト商会の人と会うので別行動。……マリウス殿下が対応するるそうです、今回の件は。表向き、私の専属護衛にクリスさんを推したの、マリウス殿下って事になっているので、任せろとご本人が仰ってくださったそうです。いや、なんかもう、お忙しいのに、本当に申し訳ない……
取り敢えず、私とクリスさんは直接対面することは避けることになったので、会談する部屋の様子が見れる場所で様子を伺いつつ待機です。
相手はすでに到着して部屋で待っていたようで、マリウス殿下を先頭に部屋に入ると立ち上がって頭を下げていました。それから双方、軽く自己紹介して、いざ!
高みの見物を決め込んでいる私とクリスさんは、とっても気楽です。兄たちの会話は聞こえてきているけど、今の所は普通の会話……かな? なんか、商会側があれこれ提案しているのを、マリウス殿下がやんわりとだけど笑顔で片っ端から突っぱねているのがちょっと気になるけど。さすがに商会の人の顔が引きつってるよ。
「事前にマリウス殿下の好きそうなものとか調べてたんだろうけど、全拒否されてさすがに焦ってるっぽいですね」
明らかに表情に余裕がなくなってきている商会の人。
「さすがにこの事態は想定していなかったのでしょうね」
クリスさん、苦笑気味です。
「ですが、王族である殿下が個人的な感情で国としての決定を覆すはずがありません。私がマキさんの専属護衛となった事は、国王陛下が承認しているのですから。冷静に考える頭があれば、どれほど無謀なことをしようとしているのかわかりますよ」
説明され、それもそうかと納得。
異世界人である私の保護は国としての決定だと、だいぶ前に兄からは聞いた覚えはある。そして、その異世界人の身の安全を確保するに最適な場所として兄宅へ預けられ、更に専属護衛としてクリスさんがついていることになっているのだ。そんなクリスさんはマリウス殿下のご指名で私の護衛についていることになっているからねぇ。
「そうですよねぇ……どう考えても無理な話ですよね」
しかも、マリウス殿下の後ろには近衛の制服を着た兄とシルヴァン様が目を光らせているし。
どう考えても無理だろうなって思っていたら、まだ諦めきれないらしい商会の人、懐柔策を諦めて直接説得する方向に舵を切ったようです。殿下、余裕な感じで微笑んで聞き流していますが、相手はだんだんと感情的になって来てますね。
『ですからっ! 親として娘の幸せを願っているのです!』
『私にも娘がいるから、その気持ちはわからなくもないよ。ただ、今回は貴方の娘の一方的な想いであって、相手にはなんとも思われていないよね?』
『そんなはずはありません! 娘に会えば、きっとすぐに思い出すことでしょう。そして、名誉だと喜ぶに決まっています』
『そうかな? 一応、護衛本人に確認取ってみたけれど、貴女の娘を助けた女性に対する不愉快極まりない言動に腹を立てていただけだったよ』
『そ、そんなはずはっ』
『しかも、助けてもらっておいて彼女たちが立ち去ろうとしたときに言った言葉が、【その方を置いてさっさと消えない、貴女には不釣り合いなのよ、彼は私にこそふさわしいわ】だって。すごいよね、まともに礼も言えないって。どんな教育をしたらそんな礼儀知らずに育つんだろうね』
こんな感じで、にこにこしながらマリウス殿下が応対しているんですが、なんか怖いっ!
商会の人、何も言えなくなってるね……
『ちなみにこれ、憲兵隊からの報告だから。それで? 貴方は私に何か頼みがあるんだよね? そろそろ本題に入ってくれないかな、私も暇ではないので』
マリウス殿下から笑顔が消えた!
商会の人、汗だらだら。さすがに諦めたかな。
『わ、我々は、その……娘を助けてくれたお礼を、異世界人の女性とその護衛に……是非とも、直接娘に会っていただきたく』
あ、まだ諦めてなかった。
『それ、本人たちが断ってるって伝えたよね?』
『ですが、それでは娘が! せめて、護衛とだけでも直接娘とお会いする機会を……!』
『だから、本人たちが望んでいないと言っているのだけれど』
マリウす殿下、やや呆れ気味。
商会の人、必死だなぁ……
『で、でしたら! その護衛を我が商会で好待遇で雇い入れさせてください!』
名案だ、みたいな顔をして、商会の人が提案してますが……話、ちゃんと聞いてるのかな? さっきからなんかずれてる気がするんだけど。
あっ。兄とシルヴァン様、眉間のしわがすごいことになってる。
『彼はグランジェ家の騎士だから、私に言われても困るんだけど。まあ、一応は理由をきいておこうか』
そりゃそうですよね。クリスさん、シルヴァン様の側近だもの。マリウス殿下に言ったところでだよね。……隣のクリスさんの笑顔が、ちょっと怖い事になって来てるんですがっ。
『そ、それは、護衛というのは、何かと負担が大きいのではないかと思いまして』
『護衛含めて騎士の業務が軽いわけがないだろう。そんなわかりきったことを聞いているのではないのだけれど』
『で、ですからっ! その、望まぬ護衛任務で神経をすり減らすよりは、我が商会に迎えて』
『だからさ。さっきも言ったけれど、なぜ本人の意思を無視して勝手に話を進めようとしているのかな』
『ですが、護衛が娘に仕事がきついと訴えたと聞いております!』
え、そんなこと言ってたっけ?
思わずクリスさんを見たら、ものっすごく怪訝そうな顔。そうですよね、貴方、あの女性とは一言も言葉を交わしていなかったですもんね。ほんの数回のやり取りでさえ、全部、私を介してだったし。その所為で余計に私が睨まれたんだけどさ。
あ、マリウス殿下、でっかい溜め息ついてる。
『貴方の娘は、護衛とは一言も言葉を交わしていない。これは護衛本人から聞いて確認済みだ。それなのに、どこからそんな話が出てきたんだい?』
『わ、私の娘が嘘をついていると?』
『聞くけど、どこに信用できる要素がある? 手を差し伸べてくれた恩人に暴言を吐き、偽りを真実と周囲に言いふらす礼儀知らずな恥知らずでしかないだろう』
ぱさり、とマリウス殿下が紙の束を商会の人の間の前に投げた。見ろ、と促してる。
恐る恐る手に取ったそれを確認した商会の人……いや、会頭さんか。内容を実の進めていくにつれ、どんどん顔色がなくなって行く……何が書いてあるんだろうか、あれ。あ、あれかな。ザックさんが調べたって言ってた、お嬢さんの情報。
『こ、これ、は』
『他国の事だから誤魔化せるとでも思っていたのかな? だとしたら、随分と舐められたものだ。少し調べてもらっただけでも、それだけのトラブルを起こしているようだね。よくもまあ、これだけやらかしておいて平然としていられるよ。というか、貴方もそれなりに把握しているはずだよね? 相手に金を握らせて黙らせたりしているのだから』
資料に目を落としつつマリウス殿下に指摘されつつ、汗だらだらな商会の人。そりゃそうだよね、これまでにも少なくないトラブルをお金の力でかなり強引に解決していたみたいだから、地元ではちょっとした有名人らしいし。あのお嬢さん。もちろん、悪い方の意味でね。
そんな商会の人を見るマリウス殿下の目は、とことん冷たい。
『本当に娘が可愛いなら、甘やかすだけではなくきちんとしつけることも大切なんじゃないのかい? とにかく私から言えることは、我が国での営業許可を取り消されなくなかったら、娘をさっさと連れ帰れという事くらいかな。少なくとも私はパルシェルト商会を利用することはないよ』
そう言って、マリウス殿下が立ち上がる。事実上の決裂だ。
『次の予定があるので、これで失礼するよ』
そういって、さっさと出て行ってしまった。
商会の人、流石にこれ以上は無理だと理解したかな。がっくりと項垂れてるね。
マリウス殿下に続いて兄とシルヴァン様も退出し、私たちも係の人に促されてこそっとその場から離脱しました。下手に見つかったら、面倒なことになりかねないし。
まあ、この後は通商の担当者が本来の目的だった話をするそうなので、私は会わずに済みました。良かった!
でもまあ、あの様子だとまだグランジェ家に直接交渉してくる可能性はあるのかなぁ……
帰宅後、そんな感じの事をなんとなく兄に言ったらですね、フラグ立てんなと怒られました。
うん、私も言ってからそう思ったので、素直に謝っておきましたよ。
後日、例の商会は娘を連れて帰国したと、兄から聞いてほっとしました。近々、例の夜会の時の御仁との面会もあるので、余計なトラブルにならなくてほっとしました。
本当に、何も起きなくてよかった……!




