フルーゴル領
『怨め!憎め!親も兄弟も友も!
この私すらも!!
怨讐の刀こそが
世界を…神を殺す一刀となるのだ
夢忘れるな、タケヒト----』
「----嬢様?サレスお嬢様??」
「…あぁ、俺の事だったな」
俺の名前はタケヒト…だと思われる。
記憶にある限りでは
俺は何かの武術を叩き込まれ
呪詛とも取れる老人の言葉を胸に生きていた。
だが今は、
サレス・レディールという
辺境伯令嬢になってしまっている。
朧気な記憶によると、
俗にいう「悪役令嬢」という奴らしい。
先程の襲撃事件はサレスの父親の治める
『フルーゴル領』の近くで行われた為、
すぐにレディール家の使用人と騎士が
気付き駆けつけられたらしい。
馬車に揺られながら
一先ずレディール家の本邸に戻っている最中だ。
それはさておき、
先程俺が切ったサレスの弟の言を
そのまま受け取るならば
サレス・レディールは悪魔か気狂いのどちらかだ。
7才の童女でありながら弟の左目を笑顔でくり抜く。
狂気以外の何物でもない。
さらにサレスについて知っている事は、
学友であり主人公である
イデナ嬢に集団で陰湿ないじめを行う
使用人や執事に対して日常的に暴力を振るっている
婚約者がいる
最期はゾッコンだった元婚約者に凍らされて死ぬ
…大体これくらい。
凍らされて死ぬというのは
冷凍庫に閉じ込められて死ぬ
という意味だと思っていたが。
どうやら魔法か何かの
超常の力によるもので間違いない。
我ながら魔女に成り果てるとは…
もしや、前世でも悪人だったのであろうか?
「その、よくぞご無事で…」
「あの程度の賊に討たれるほど
弱輩であるつもりはない」
「え!?
えぇと、それはどういう意味で…?
魔法も剣術も修めてられていない
お嬢様がどうすれば…
あっ、し、失礼致しましたぁあああ」
「何を狼狽えている?
貴族令嬢を狙った計略など
日常茶飯のそれであろう」
「…!?」
「…何をそんなに怯えている?」
「え、あ、いや!
主人に対して無礼な発言を…
罰をお与えになるのでしょう??」
「??
お前の疑問は当然のものだ
失言に当たるとは思わないが」
「え、ええええ!?」
喧しい奴だ。
ムルと名乗っていったな、この女。
執事とも言っていたが
この世界では普通の事なのだろうか?
執事とは男がやるのが一般的だと思っていたが。
「ムル、執事であるなら
もう少し慎ましくあるべきだな」
「え、ええ!?
…お、仰る通りですね、ハイ」
執事とは屋敷において
使用人をまとめ上げる立場の者だ。
こんなに浅慮で騒々しい娘に任せるなど
レディール家は深刻な人手不足にでも
陥っているのだろうか?
それにしても
さきほどからムルが向けてくる視線には
明らかな恐怖の感情が混じっている。
俺の知っているサレスの情報は大方間違いない様だ。
「ムル」
「ハイ!?何でしょう、お嬢様…」
「顔をおれ…私に近づけろ」
「は、ハイ」
明らかに震えている。
それでも抵抗しないのは
今の待遇が魅力的なものだからなのだろうか?
辺境伯令嬢の付き人ともなれば
かなり高給だろうからな。
俺は怯える無抵抗なムルの首筋に指をあて
お互いの額をくっつけた。
それから徐々にムルの全身をまさぐっていく。
脈拍はかなり早いが、
これは恐怖と緊張によるものだろう。
体温も俺とほとんど変わらない。
魔法などという超常的な力を使役出来る性質上
身体の組成が俺の知っている人間と違うと思ったが
骨格や筋肉量に内蔵の配置と
特段違う箇所は無かった。
「え、ええとお嬢様」
「なんだ、ムル」
「これで終わり…なのですか?」
ムルは今にも泣きそうな犬っぽい顔をして
俺を見つめてくる。
「終わらない方が良かったのか?」
俺は冗談っぽく笑ってみた。
「ひぃぃぃ!?
い、いえ!
終わりの方が絶対いいですッッ!!」
「そうか。
それは残念だ」
「え…」
俺が適当に頭を撫でてやると
ムルは死人にでも逢ったような顔で呆けだした。
「お、お嬢様??」
「なんだ、ムル」
「お嬢様はその、
サレス・レディール様でよろしいのです…よね?」
「他に魔女と呼ばれている
貴族令嬢に心当たりでもあるのか?」
「いえ、ないです…」
完全に困惑しているな。
袖の隙間や鎖骨の辺りには鞭で打たれたような
蚯蚓腫れの痕が無数にあった。
ムルの反応からしてやったのは
やはりサレスなのだろう。
俺がサレスとなった以上
サレスの様に振る舞う方が自然ではあると思う。
が、そもそも俺はサレスの悪評以外は何も知らない。
知らないし、嗜虐心もさして持ち合わせてはいない。
正当な理由や然るべき処罰であるなら厭う事はないが
不必要であるならわざわざ他人の不興を買うべきではない。
使用人ほど身近な存在なら尚の事。
もっとも俺を暗殺しやすい存在に
動機を与えるなど愚の骨頂。
生きる事を最優先に考えると、
まずは『サレスの悪評を雪ぐ』ところから
着手していくべきだな。
丁度目標と行動方針を決めていると
馬鹿デカい屋敷が見えてくる。
「サレスお嬢様。
湯を沸かしておりますので
まずはお身体を清めましょう」
「風呂か。
湯船はあるのか??」
「ユブネ…?
バスタブなら一応ございますが…
浴場よりバスタブの方が
よろしかったでしょうか??」
「…浴場??」
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