マッチョ
「マーライオンだ…」
「マードラゴンです、サレスお嬢様」
3mは優に超える巨大な竜の頭像。
その開かれた顎からはお湯が滝の如くに
湧き出ている。
それだけでは無い。
水瓶を肩に担いだガチムチな漢の像も
巨大な浴槽の四隅に施されている。
「金持ちの風呂には無駄な物が多いな」
「無駄とは余裕です。
余裕があるという事は
力があるという事なのです」
「客人と風呂に入る事などあるか?」
「いえ、ございません。
ですが、己が日常をも
彩ってこその貴族かと」
力といいながら誇示する事もなく
自己満足の為にマッチョの像を誂えるとは。
「あのマッチョの像も父上の案なのか?」
「はい、辺境伯様自らで設計なされたと
聞き及んでおります」
サレスの歪んだ性格は
家庭環境に起因する可能性があるやも。
「では、早速洗わせて頂きます」
「自分で洗えると言っているだろう?
そのシャンプーハットも要らん」
「そうは罷りなりません」
「フローゼ」
「ダメです」
堅物め!
身体を洗う程度に
そこまで執着する理由がまるで分からん。
それに何故風呂場で眼鏡を掛けている??
案の定、立ち上る湯気でレンズが白く曇っている。
諦めて椅子に座ると
手慣れているのか
フローゼは一種の職人の様に
素早く的確に俺の頭を洗い出す。
「フローゼ」
「何でしょう、お嬢様」
「どうしてお前は私を恐れない?
他の使用人達は私を見ただけで
青ざめ冷や汗を垂らしていたぞ」
出迎えもなく、仕えている者達は皆
息を殺してヒソヒソと働いていた。
あたかもサレスから隠れるかの様に。
「私は貴女様に仕えると聞かされた
その日から死んだ者と思うておりますので」
「なるほど…
やはりサレスの悪評は
世の人の知るところになっているのだな?」
「???
はい、お嬢様の悪評は
フルーゴルの領民や社交界だけでなく
王国の人々の誰もが知っているものかと」
この世界は恋愛シミュレーションゲームの
それではないのか?
プレイした記憶はないが
人の恋慕だ色恋がこれほど血に塗れているのは
流石に異常であろう。
「フローゼ、この屋敷には
女の使用人しかいないようだが
この国には男はあまりいないのか?」
「…」
「フローゼ?」
何故そんなに驚いた顔をしている?
「いえ、男の使用人達はかつて
お嬢様が奴隷達の男根を切る遊びを
しているのを見てから
全員逃げましたが…
覚えていらっしゃらないのですか?」
「え」
そんなおぞましい事をしていたのか…サレス。
サレスが何かするたびに
社交界や民衆はさぞ盛り上がった事だろう。
恐ろしい子…
「では、流しますので目を瞑っていて下さい」
長い髪が顔に張り付いて鬱陶しい。
「次はお身体を洗わせて頂きます
腕を上げてください」
サレスの悪評悪名を雪げるか
段々と心配になってきた。
辺境伯の娘でなければ
とっくに殺されていただろうし
仕えてくれる使用人もいなくなっていただろう。
「その…お嬢様」
「なんだ」
「頭を打たれたとは聞きましたが、
お具合の方は?」
「頭部に鈍痛や疼痛もなく、
麻痺や認知障害といった状態は自認されない
問題は特にないだろう
治癒の魔法も受けてはいるし」
貴族でも魔術師を雇っているのは
レディール家くらいらしいのだが
おかげで打撲や擦り傷を魔法で癒して貰えた。
初めて魔法という奴を見たときは
驚きすぎて変な声が出てしまったほどに凄い。
「いえ、その…
1つだけ問題、でもないのですが」
「それはまずいな
教えてくれ、フローゼ」
「はい、まるで別人になられたかの様に
所作がガサツ、いうよりは雑になられたかと。
貴族の乙女の所作佇まいとしては落第点です」
「そうか」
「まさしくそのような言葉遣いなどが」
「…」
それは解決しようがない、諦めろ。
と素直に言っても
「いえ、忘れられたのなら
一から覚えなおして頂きます」
などと言い出すだろう。
「フッ、今さら『魔女』に
品位や優雅さを求める者もいなかろう」
「お嬢様は断じて『魔女』などではありません!」
「…」
「…」
「ただの自虐だったのだが…」
「それはつまり、冗談だったと?」
「そうだ」
「…貴女、本当にサレスお嬢様なのですか?
今の貴女は、まるで普通の人間みたいです」
「気味が悪いか?
私が普通の人間のように振る舞っては?」
「はい、とても」
堅物なのは頂けないが
これだけはっきりと物申せるというのは素晴らしい。
側に置くならムルよりもフローゼの方が良いな。
「ならば、
今までのサレス・レディールは
既に死んだと思ってくれて構わない」
「そ、それはどういう事でしょう?」
「先の襲撃を受けて生まれ変わった…
という事で納得してくれ」
「はぁ…?」
「これからの私は辺境伯の嫡子だから仕える主ではなく
仕えたいから仕える主へとなってみせよう。
まずはフローゼ」
俺は背後のフローゼへと向き直る。
「今までの非礼を詫びよう
本当にすまなかった」
「な、お嬢様!?
私の様な平民の者に頭など下げられては…」
「…」
「わ、分かりました!
なので頭をお上げください」
「ありがとう、フローゼ
そして今までの君の忠義を
大変に嬉しく思う。
よくぞ私のような暗君に仕えてくれた」
「い、いえ
とんでもございません」
「君が望むなら
望むだけの褒美を取らせ
暇を出すことも吝かではない」
「そ、そんな!
滅相もございません。
私のような平民の者が辺境伯様に、
何よりお嬢様にお仕えできるだけで
すでに褒美も同然ですから」
「そうか
なら、今一度問おう。
この私、サレス・レディールに
仕える覚悟はあるか?
フローゼよ」
「はい
冥府煉獄の果てまでもお供させて頂きます」
サレスの父である辺境伯に仕えるというのは
利益に基づいた行動だ。
俺を殺す事が利益に繋がった瞬間に
簡単に裏切られる。
だからまずは、
使用人達の信頼を獲得しなければならない。
「フローゼ、後で使用人たちを
玄関ホールに集めてくれ」
「畏まりました、お嬢様」
「それとムルと執事を代ってくれ
あれはどうにも落ち着きがなくてな」
「それは如何なものかと」
「ん?というのは」
「ムル様はレディール家の使用人で
唯一の男爵令嬢ですから」
「え?アレで?」
「はい、アレで」
俺より先にアレにこそ
淑女としての作法や佇まいを仕込むべきだろ。
はぁ~、取り敢えずお湯に浸かって一旦忘れよう。
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