刀
ラウルに感謝の握手までされて
貰い泣きしてた店主には
礼と一汁三菜くらいに抑えた方が良いのと
スプーンやフォークなど使いやすい食器も
置いておいた方が良い旨を伝えて
定食屋を後にした。
そろそろ頃合いなので
仕立て屋に戻ろうと坂を下っていた時
『スライム焼き』なるデフォルメした
タコみたいな形の焼き菓子を買った。
たい焼きに近い。
「スライムとはタコの親戚か?」
「魔女様、スライムを知らないの?
いろんなこと知ってるのに」
「そんなに有名なのか?」
「有名も何も…
さっき駆けぬけてきた
草原にもいっぱいいたじゃん」
もしかしてあのヌメヌメとした
球体状のアレの事か?
「アレの事なのか…」
可愛らしい名前の響きに反して
ヌメヌメで体液に触れると服だけが溶けて
大変に不快だった。
「…っこっちはちゃんと
かわいくておいしいのに」
カスタードクリームの様な淡い甘さが
口の中を優しく包んでくれる。
サクサクっとした生地が水分を奪い
すぐにラムネを流しこむと爽快感が堪らない。
「このシュワシュワの奴おいしい!」
「今日はずっとおいしいって言いっぱなしだな」
「うん!」
飲み終わったラムネの瓶のビー玉を取り出そうと
色々と試行錯誤するラウル。
大きさ的にそのままでは取り出せない。
「貸してごらん」
受け取った小瓶を頭上に放り
居合の一刀で瓶の先端だけを切り落とし
そのままラウルに手渡す。
「はい」
「???
あれ、瓶の上のところが斬れてる!
いつのまに魔法を使ったの?」
あれ?今目の前で斬ってみせたじゃないか。
「普通に斬っただけだよ」
「…流石にそれくらいのウソは分かるよ。
刀に触れただけで抜いてなかったもん」
えー、お姉さん
ちゃんと抜いたんですけど…
一向に信じて貰えないまま
仕立て屋に到着した。
店に入ると
店主が待ち侘びてたといった表情で
此方に駆け寄ってくる。
「待ってたぜ兄さん方!
坊主、早速着てみてくれ」
ラウルは試着室に案内され
店主にあれこれ聞きながら悪戦苦闘している。
暫くしてカーテンが開かれ
貴公子の様な姿のラウルが見えた。
翠を基調とした
落ち着いた感じの紳士服。
でもやはりピアノを弾いてそうな
印象は未だ健在だ。
「まるで貴族だな」
弟を斬ってしまったし
出自の不明な騎士を
傍に置くのは迂闊か?
もしかしたら「魔女のやる事」と
流して貰えるかもしれないが
一応出来る事はやっておいた方が良い。
「ラウルは後で父の養子にしておこう」
嫡男ではないので爵位を継承する事はないが
どのみち王国最強になれば
上級騎士程度にはなれる筈だ。
「ふん!
やはり男前が引き立ったな」
「カッコイイって奴?」
「そうだ、兄さんに負けない
立派な騎士になりな!」
「うん、頑張る!」
そう見えたか。
男装して刀差してるから
あながち間違いでもないとは思うが。
「色々と助かった
これで足りるか?」
「王国金貨10枚…?」
凄く微妙な顔をされた。
少なかったか…?
店主は微妙な顔を維持したまま
金貨に対して手をかざして
何かの魔法を使ったらしく
白い魔法陣が金貨を囲む。
「おいおい!
マジで王国金貨じゃねーか」
「鑑定の魔法を使ったのか?」
「あぁ、そりゃ急にこんな大金出されりゃ
誰だって騙されてると疑うもんさ」
なるほど、むしろ多かった事に
疑いが向いた様だ。
「俺は出されたもんは貰う主義だが
本当にいいのか?」
「あぁ、親爺のセンスが気に入った事に
対するチップだ。
遠慮なく受け取ってくれ」
「なっ…そうか。
ならそうさせて貰うぜ
か、勘違いするなよ?
…べ、別に兄さんの言葉が嬉しかったからじゃ
ねーんだからな?!」
顔を背ける親爺の顔が
赤くなっていたのは分かっている。
「気が向いたら何時でも来な」
「またね、おじさん」
「また来るよ」
先程までは作りかけのミイラの様な
見窄らしい格好だったラウルだが
今は文学少年の貴公子を思わせる風貌へと
レベルアップした。
「これでは騎士と主人の関係が
逆転してしまったな」
「そうなの?」
「ラウル様!」
「…やめて、変な感じがする」
「そうか?」
身なりが変わろうが彼が
私の騎士である事実は変わりなく
依然私は守られるべき(自称)お嬢様だ。
そういえば温泉の宿主が
街の上層部に武具屋があると言っていたな。
ラウルが使えそうな武器を見繕っておくか。
幾つかの階段や橋を登り
インベルの上層まで来ると
下層の歓楽街の姿が一望出来た。
「綺麗だ…!」
「…」
日差しも暖かく風が気持ちいい。
圧倒されているのか
口を開かないラウル。
「…あれがそうだな」
幾つかのプレートメイルが鎮座し
剣や槍に軍旗が犇めく佇まいの店。
そこだけ物騒な空気が滲み出ている。
「ラウルは体格も良いし
少し大きめの剣から使ってみるか」
「魔女様と同じのが良い!!」
「刀か?」
指導する分には使い慣れている刀の方が
都合が良い。
紺色の暖簾をくぐると
禍々しい面頬をつけたマッチョが
汗だくで片手腕立て伏せしていた。
「781…いらっしゃい…782…」
此方に気付いてはいるが
筋トレを続けているマッチョ。
自由に見て回れという事なのだろう。
「魔女様!
これどうやって使うんだろう?」
「…多分ここを引くと動き出す。
でも狭いから引いちゃダメだぞ?」
「そもそも持てないし
引けないよ!」
2mを超える大型のチェーン・ソー。
これは武器と呼んでいいのか?
「なんじゃこりゃ」
これまた2m越えの分厚い大剣には
何故か真ん中にバレルとでも
呼ぶべき筒が鎮座している。
「まさか…撃てるんだ」
排莢可能な薬室がついており
これが自動小銃と同じ機構を備えているとは
俄かには信じ難い。
他にも面妖な武器を眺めていると
ラウルが魔女様魔女様!と興奮気味に飛んできた。
「同じのあった!」
「どれどれ…凄い量だな」
狭い店内のとある一角の壁、天井、床の
すべてが刀で埋め尽くされていた。
脇差から物干し竿に斬馬刀と
何でもござれな様相である。
「普通の太刀でも良いのだが
ラウルは結構大きくなると思うから…
これかな」
1mと少し程の長さの野太刀。
鞘から刀身を抜いてやると
見事なダマスカス模様が輝いた。
「わぁ、きれい・・・!」
「良さそうだな
ラウル、握ってごらん」
「こう?」
「もっとリラックスして
小指と薬指で持つ感じ…そうそう」
まだまだ固いところが多く
隙も多いが重心は安定している。
「少し振りかぶってみて。
うん、そのまま振ってみて」
「…えい」
ぎこちなくはあるが
刀に振られずラウルの膂力だけ扱えている。
丁度体格にあっているようだ。
「問題ないな。
ではこの刀と鍛錬用と予備用と…」
それから幾つかの手入れ用具一式も買って
店を後にした。
「けっこう重いんだね、刀って」
「じきに慣れるよ。
それじゃ、そろそろ公爵家に向かおう」
馬屋へ戻ってヴァルと合流し
公爵家への道を走って暫く。
「そこの騎士公風情!!!
腰の剣を置いて行って貰おう!
それで丁度1,000本目だ!!」
またもゴリゴリの巨漢が現れた。
治安悪すぎないか???
面白かったら高評価・ブックマークを是非!!