ロースカツ定食。
キンキンに冷えた特濃ミルクが
喉の渇きを潤していく。
まさか昼間から喉を鳴らして
温泉で牛乳を仰っている貴族令嬢が
いるなどとは誰も思わないだろう。
まぁ誰もいないんだけど。
「これ、すごくおいしー!!」
傍ではしゃぐラウルを除いて。
飲み終わった後も
空になった小瓶を見つめて
目を輝かせる私の騎士は
今はまだ守らなければならない存在だ。
「…やれやれ」
鏡に映る俺の表情は随分と柔らかかった。
「魔女様、今何か言った?」
「何でもないよ。
ラウル、取り敢えずこの服をきておけ」
職人顔の親爺が見繕った
間に合わせの装いだが
しっかりと似合うモノを選んでくれたらしい。
「親不孝なピアノ弾きの少年って感じだな」
「魔女様、このスカーフってどう巻いたらいいの?」
「ああ、それはこうしてだな…」
貴族がしてるイメージまんまの
ヒラヒラした白いジャボを着けると
益々ピアノを弾いてる感じが強くなった。
黒いゆったりめのシャツに
赤いサスペンダーの着いたショートパンツ
そしてピカピカのチョコ色ローファー。
「う~ん
弾いてる曲はサティのジムノペディかな?」
「靴って初めて履いた」
「そうなのか?
履いていればそのうち慣れるさ」
間に合わせで良いと言ったのに
どれもサイズがぴったり。
本当に良い仕事をしてくれる。
「かなりゆっくり浸かっていたつもりが
まだ一時間程度しか経っていないな。
軽くご飯を食べよう」
「ご飯?!」
よほど腹を空かせていたのか
今日一番の盛り上がりを見せるラウル。
宿屋を出て石畳の道に繰り出して辺りを見回す。
「何だか良く知る光景に似ている気が…」
道の真ん中にはどこかの温泉に通じているのか
何本もの水路が通っており
その上や下には大小様々な
橋がゆったりと掛かっている。
先程のバラスクに襲われていた街
フルーグナとはうってかわって
暗い灰色や茶色の落ち着いた印象の建物が多く
されど差し色で各々の個性が
しっかりと強調された佇まい。
屋根の瓦や造りも様式から異なっており
和風な趣くを感じさせる。
ふと赤い暖簾の店が目に留まる。
何かの家紋か模様が描いてあるが。
「あそこに入ってみよう」
「美味しそうな匂いがする!」
水路を挟んだ向こう側へ渡り
暖簾をくぐると中には客もホールスタッフもおらず
営業中とは思えない静寂が漂っていた。
暫くして厨房の方から
慌てた様子の顔が平たい男が出て来た。
紺色の作務衣を着て包丁を握っている。
「え、えーと?何用で??」
「…ここは料理屋でいいのだよな?」
「!?
そ、そうですが…」
「昼飯を頂こうかと入った次第だが…
準備中だったのなら出直すが」
「と、とんでもない!
新規のお客様なんて数年ぶりだったもんでぇ
驚いちまっただけです。
それもヤマト出身の方ではない
ようですし」
「ヤマト??
それはどこかの国の地名か?」
「ご存知ないので?
自分のような者が多い東洋の国です。
…その兄さんの腰の刀!
ウチの国でしか作られてねぇんですよ?」
何だか凄く聞き覚えがある気がする。
「なるほど。
という事はここはヤマトの料理を出す
店という事か」
「へぇ。
まぁどうもこの辺じゃ一部の方を除いて
あまりヤマトの料理は口に合わないようで
…それでもよろしいので?」
「ラウルは大丈夫か?」
「よく分からないけど
大丈夫!
お腹空いた!」
少年のお腹もぐぅぐぅと鳴っている。
「分かりやした!
そういう事でしたら
こちらにお掛け下せぇ」
テーブル席に案内され
上着を椅子に掛けてメニューを見る。
「トンカツに親子丼…ひつまぶしまであるな。
ラウルは何か食べたいものは?」
「にく!!」
何となくそういうと思っていた。
「ではロースカツ定食を2つ」
「かしこまりやした!
しばしお待ちを」
注文を取った店主は
忙しそうに厨房へと戻っていった。
「ロースカツ?」
「出てからのお楽しみだ。
そういえば箸を使った事は?」
「ないよ。
この棒切れのことでしょ。
二本つかうのは知ってる」
そういうと左右の手に一本ずつ箸を持つラウル。
「ナイフとフォークならそれで良いが
箸は片手でこうやって持つんだ」
ラウルの小さな手を包んで
正しい持ち方で箸を掴ませてやる。
「…むずかしい、これ」
「違う違う、下の箸は固定して
上の箸だけ動かして挟むんだ。
…そうそう、覚えるのが早いな」
「魔女様は何でも知ってるの?」
「まさか」
ラウルは箸を動かしながら
不思議そうな表情で此方を見つめてくる。
「今日だけでいっぱい新しいことを知って
新しいところに来て
新しいものに出会った」
「そうだな」
「全部キラキラしててすごかった!
魔女様は、本当に魔女なの?
僕は天使か神様だと思うけど」
何だか買い被られてばかりだな。
「誰だって勉強したり遊んだりすれば
自然と知識や経験を得られるものだ。
君はこれからもっとたくさんの
キラキラに出会えるよ」
「本当!?
すごく楽しみ」
その後も他愛ない話を続けていると
やたらにでかいおぼんを持って現れた。
「お待たせしやした!
ロースカツ定食です」
「わぁ、凄い…」
「それではごゆるりとどうぞ!」
目の前には一汁五菜の
色彩豊かな定食が広がっていた。
狐色に揚げられた分厚いロースカツに
脂の乗った赤身魚の刺身の盛り合わせに
何故か小鉢にバターチキンカレー。
後は緑や赤の野菜で作られたお浸しと煮物
デザートに何か白い果実。
「魔女様魔女様?!
どれから食べたらいいのかな!?」
涎を垂らしながらロースカツを凝視するラウル。
「好きなものからどうぞ?
よく噛んで食べなさい。
いただきます」
「…いただきます!」
分厚いロースカツを頬張ったラウルは
何故か涙をこぼした。
「うますぎるよ…こんなの」
感動するほど美味かったらしい。
ドキュメンタリー映画を
見ているようなカタルシスさえある。
本当に喜んで貰えて何よりだ。
「魔女様、本当にありがとう」
「どういたしまして」
泣きながら料理を堪能するラウルを眺めながら
バターチキンカレーを箸で頂く。
「なんでスプーンがないのだ…」
2人きりの食事はその後しばらく続いた。
今夜はトンカツにしようと思ったソコの貴方!!
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