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第三の悪魔②

「ゼス大司教。着替えられた衣服は証拠にもなりますので、後で王国の騎士にお渡ししてください」

「しょ、証拠ですか?」

「えぇ、被害者の血液が付着しておりましたでしょう?」

「あれは!あれは違います!マザー・ジベルの血で!!」

「えぇ、ですから被害者……でしょう?」

「あっ……えぇ、はい。そう、ですね。分かりました」


 何もおかしなことは言っていないと、慌てるゼスを訝しむクリスティア。

 犯人に殺されたアルテは紛れもない被害者だが、切り付けられたジベルとて同じく被害者だ。

 気が動転した様子で胸の前のアルバを強く握ったゼスは納得したように呟くと、クローゼットに仕舞った衣服を見るように視線を向けて頷く。


「ではまず、アリアドネさん。あなた達がこちらへと来たときに何が起きていたのか、逃げる犯人をどうして追いかけるに至ったのか……お聞きいたしましょう」

「うん。それは私達が大司教達の話を聞きに此処へと来てすぐのことだったわ」


 詠美と顔を見合わせたアリアドネは頷き語り始める。

 それは詠美とたわいない話しをしながら、青の離宮から続く中央の大通りを歩いているときのことだった。


 大聖堂の裏側。

 アリアドネと詠美が来た方向は貴賓達が宿泊する離宮があるので信徒達は立ち入り禁止となっており、すれ違うのは数名の修道者や兵士達だけであった。

 その者達は皆、殺人事件があったとは思えないほどにのんびりと緊張感なく歩いている。

 アリアドネとて暖かい日差しの中、花が咲き誇る庭を眺めていれば、この神聖国で起きている殺人事件は事実ではなく。

 残酷な夢物語でも見ているかのような、そんな気のする穏やかさであった。


「ねぇ、アリアドネさん。クリスティーさんが前世で殺された話しって、事実なの?」

「……うん、事件は大々的なニュースになってたし。それに私も……」


 大司教達がいる建物の前で不意に立ち止まった詠美の問いに、アリアドネも足を止める。

 資産家令嬢である愛傘美咲の事件は、連日連夜テレビで話題にされていた。

 事件の内容を繰り返すアナウンサーに、何の解決にもならないコメンテーターの考察。


 そしてそのニュースにはいずれ、小林文代の事件も付け加えられたのだろうか。

 頷いて言いかけた言葉を噤んだアリアドネだったが、その噤んだ先を言うように詠美は更に問う。


「じゃあ、アリアドネさんも……殺されたの?」

「…………うん、そう。殺されちゃった」


 数秒の長い沈黙を経て頷いたアリアドネは眉尻を下げて、頼りなく笑う。


「私もね、自分が殺されたんだって思い出したのはついこの間なの。それまではずっと事故とか過労とかで死んだんだって思ってたんだ。ほらこういう転生者にありがちなやつね。だから水が怖いのも、覚えていないくらい小さい頃に溺れたのかなくらいにしか思ってなくて……まさか自分が沈められて殺されてただなんてね」

「水が怖いの?」

「うん。お風呂場で、犯人に溺れさせられたの」


 苦しい、辛い、悲しい、助けて!

 あの時にただ、体を巡っていた恐怖心が呼び戻されてアリアドネの手が震える。

 頭を押さえる強い力。

 抵抗できずに沈んでいく体。

 水中越しに聞こえる楽しげな歌。


 今、水の中にはいないはずなのに息が苦しくなっていく気がして。

 ギュッと胸の前で握り締めたアリアドネの両手を見て、その緊張感を和らげるように詠美が大丈夫だというように優しく包む込む。

 その温もりに、息苦しさがスッと消えていく。


「ごめん、辛いこと聞いて」

「ううん。あのね、思い出したことは良かったと思ってるの。あれから水は少し平気になったし」


 浴槽はまだ怖いけれど、苦手意識のあったシャワーは平気になった。

 小さな桶の水に顔を付けることは出来ないけれども、掬い上げた水で顔を洗うことが苦ではなくなった。

 この何処とも知れないところから湧き上がってくる、得体の知れない恐怖心がなくなったことは本当に良かったと思っているのだと、アリアドネは詠美の手を握り返す。


「詠美さん……あのね、あの。私、あなたに絶対に帰って欲しいの。帰ってそれで……」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 事実を思い出した今、この優しい手に叶えて欲しい願いがある。

 懇願する眼差しをアリアドネが詠美へと向けた瞬間、耳をつんざくほどの悲鳴が建物の中から響き渡る。


 驚いて顔を見合わせたアリアドネと詠美は、お互いが何かを言う前に悲鳴が聞こえた方へと走り出す。

 裏口から中へと入り、右を見れば扉が開いた部屋。

 その先の角を丁度黒いローブを身に纏った誰かが走り去っていく。

 開かれた扉へと二人が近寄れば、部屋の入り口付近でジベルがしゃがみ込んで腕を押さえており、その白い修道服は赤く染まっている。


「マザー・ジベル!どうしたんですか!?」

「あ、あぁ、聖女様!アルテ大司教が!アルテ大司教が!男が、男が逃げて!」


 混乱した様子のジベルは赤く染まった指を室内へと向ける。

 その指先を視線で追いかけ中を見れば、アルテがうつぶせで倒れている。

 倒れている床は、赤く、赤く染まっており、アルテはピクリとも動かない。


「さっきのローブ!」


 声を張り上げて反射的に走り出した詠美に釣られて、アリアドネも追いかけるように走り出す。

 角を曲がり、更にその角を曲がれば、表へと続く扉が開かれているのが視界に入り、逃げたのだと後を追おうとすれば、すぐ目の前の扉が開かれたので足が止まる。


「ひ、悲鳴が聞こえましたが一体!?」

「マザー・ジベルが怪我をしています!」

「手当をお願いします!」


 恐る恐ると窺うようにして出て来たのはゼスで、扉を避けた詠美の怒鳴るような声とアリアドネの懇願するような声に驚いたように瞼を開き、急ぎ詠美達が来た道を戻っていく。

 アリアドネ達はゼスのほうを振り返ることなく、そのまま入り口から出るとローブの痕跡を追おうと辺りを見回す。

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