傾国⑩
「個人戦でも優勝したら次の日の稽古が休みになるのか」
久本佳奈がこのことを知ったのは三年生になった5月、関東女子学生剣道選手権大権でのことだ。
8つあったコートが4つになり、佳奈は準々決勝戦を戦っている。
佳奈の昨年までの負けパターンはほとんど一貫しており、しびれを切らして出ていくところを打たれるというものだった。これは調子の悪い時ほど陥る症状である。
この日は「冒険しすぎるな」と自分に言い聞かせたのが効いているのか、ここまですべての試合を一本勝ちで上がってきた。続く準決勝でも延長で優勝候補の一角である宇都宮商科大学の間島がメンに出てくるところをコテに仕留めた。
今年の決勝は久本佳奈と立川大学の川野美の対決になった。昨年、準決勝で佳奈は長い延長で集中を欠き、溜めも不十分にメンに跳んだところを「待ってました」と言わんばかりにドウに返された。
「同じ失敗は繰り返さない」
慎重になる佳奈につられるように川野も手数が減っていき、延長に入ると思い切りに欠ける試合が展開されていく。もう何度目の鍔競り合いになるのだろうか。佳奈は引っ掛けるようにしてコテを打ち間合いをつぶす。川野が緩慢にくっつこうとすると、佳奈は竹刀で軽く彼女の左の面金を叩く。不意のことで足を止めて防御の姿勢を取ろうとする川野のドウを佳奈は手首を返して痛打し、弾かれるように退がった。
表彰式が終わり撤収作業も済ませた本庄大学女子部員は武道館の前に集合する。女子主将の木村裕子は「久本が優勝したので明日の稽古は休みとなります。連絡事項、終わり」と告げた。
みな一様に喜んだ。佳奈は全中優勝のときのことを思い出した。
この年、佳奈は全日本女子剣道選手権で準優勝した。その後の関東女子学生優勝大会で宇都宮商科大学を下した優勝、全日本女子学生優勝大会は3回戦で佐賀教育大学に敗れた。




