第57話 絶対に、絶対に、裏切らない。
「……ちょっとだけ、時間をくれますか?」
「ああ、じっくり考えて欲しい」
これほどまで重要な判断を、エメフィー一人では出来ないと思った。
「マエラ、ちょっとこっちへ」
マエラを隅に呼んで、話をすることにした。
「……どう思う?」
「疑わしいのは確かです。ですが、私──私たちは魔姫を知らないのも事実です。それが真実である可能性もあります」
この件に関してはマエラも慎重だ。
「真にしろ偽にしろ、倒すのなら結果は同じなのですが……こちらも決死の覚悟で来ていますし、しなくていい戦いならしたくはありませんし」
怒らせて、討伐に失敗すれば、世界が再び魔族に制圧されることだろう。
これは騎士団だけの、そして、ジュエール王国だけの問題ではないのだ。
だが、それらも全て、嘘だったとしたら?
それで時間を稼いで、本当に研究を完成して、完全な抗体を作ってしまったらどうなる?
エメフィーのフットワークとマエラの知識、これまであらゆることを決定して来た二人でさえ、今回の決断には躊躇せざるを得なかった。
「君は、エルフの子なんだね?」
「あ……はっ! エメフィー殿下にはよくしていただいております」
エメフィーとマエラが悩んでいる間、退屈だったのか、ルンジールがサイに声をかける。
サイは敵かも知れないルンジールにどう対応していいか迷ったが、一応は王子であるため膝を付き、答える。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。僕は王子じゃない、ただの魔姫の使いに過ぎないんだ」
「ですが……」
「本当、構わないから」
「は、では──」
サイが、立ち上がる、その瞬間だった。
「っ!」
ルンジールは、サイのその唇を、自らの唇で奪った。
呆然とするサイ。
「んぐっ!」
ルンジールはサイを離し、唖然としていたシェラにも近づき、キスをする。
「アメラン、離れて!」
エメフィーの声に、アメランが逃げる。
「二人、か。まあまあかな」
ルンジールは先ほどと違い、不遜な態度で笑う。
「お前! 僕の兄上じゃないな!」
「いや、僕は君の兄さ。この、王族にしかない能力を持っているのが証拠だ。ただ、骨の髄まで魔姫様の栄光を願うだけだがね」
「くっ……!」
油断した。
これは明らかな油断だった。
ここは魔姫城で、出て来るものは全て敵なのだ。
「君の最強の戦士は、今日から君の敵になる。さて、君と僕、どちらが強いかな?」
余裕のある、ルンジールの態度。
おそらく、高速戦において、この二人を抑えておけば勝てると踏んでいるのだろう。
アメランの呪文は時間がかかる。
高速戦はエメフィーも可能だが、シェラとサイ、最強の二人相手は不可能だ。
シェラと戦っている時、サイに矢を射かけられたら躱せない。
「ぐっ……アァァァァァァァッ!」
サイが叫ぶ。
おそらく自分の中の心と戦っているのだろう。
「ふふふ、抗っても無駄なのにね。可愛い子だ」
ルンジールはまだかかり切っていないサイから少し離れる。
かかり切るまでの間に、襲いかかって来ることを警戒したのだ。
危険は冒さない、ただ、かかり切るのを待っていればいい。
だが、サイはその時、信じられない行動を取った。
「アァァァァァァァァァァァァッ!」
「な……っ!」
「サイっ!?」
矢筒から矢を一本取り出し、その矢じりを、自らの膝に突き刺した。
矢は膝を貫通する。
骨を貫き、自分の膝を壊す。
それは死ぬより苦しい激痛が走ることを理解している者なら、相当な胆力と覚悟がなければ出来ない。
それを、サイはやってのけたのだ。
「まさか……自分を自分で戦闘不能にするために……?」
マエラの驚愕の声。
それは、自己犠牲、などというレベルの話ではない。
ルンジールの能力にかかって、自分が完全にエメフィーの敵になってしまう前に、自らを戦闘不能にしたのだ。
敵になったサイは強敵なんてものではない。
それを自分でもよく分かっているサイが、自らを壊したのだ。
サイは、しばらく絶叫を上げると、そのまま痛みで気を失った。
「ふふっ、忠臣で羨ましいね」
それを、軽く笑うルンジール。
「……笑うな」
サイの決死の忠誠を軽く嘲笑するルンジールに対する殺意は、兄であるという遠慮を遥かに超越した。




