第22話 男嫌いの妹の心
エメフィーは、会議を後回しにして、妹のララフィーに会いに行くことにした。
彼女は王の間の一室に住んでいるエメフィーとは違い、王族の館の部屋に住んでいる。
基本的に何もなければそこにいるだろう。
今思えば、エメフィーだけ王の間の一角に住んでいたこと自体、おかしいと思うべきだったのだ。
だが、自分が将来王太子になるからだろう、などと勝手に理解していたのだ。
「ララ、いるかい?」
エメフィーは、頻繁に遊びに行っているララフィーの部屋を訪ねる。
「あ、あの……申し訳ありません。その……ララフィー殿下は、お会いしたくないと申しております」
申し訳なさそうに、側近の少女が頭を下げる。
「……そうか」
「アルシャ、ララフィー殿下に、殿下が今でなければ話せないことを話に来た、とお伝えください。もし断っても強引に入る、と」
「マエラ!?」
「かしこまりました」
アルシャ、と呼ばれた少女が慌てて奥に小走りで入っていく。
「……え? どういうこと? 僕、何か話をするの?」
「話をしに来られたのではないですか?」
「うん、そうだけど……」
とはいえ、これを話そう、という何かはエメフィーにはなかった。
「でも、来るかな?」
ララフィーはとにかく我儘な子で、だから強引に行くと脅しても、いや、脅したら逆にへそを曲げて出て来ないような子なのだ。
「大丈夫でしょう。アルシャは賢い子ですし」
「そうだっけ」
「彼女はとても見込みのある子です」
アルシャ、先ほどの少女は、ワディー子爵の三女であり、ワディー子爵はキナレル伯爵と同じく、モルディーン公爵の眷属だ。
つまり、アルシャもシェラと同じく、マエラの配下、ということだ。
エメフィーも複雑でよく分かっていないが、どうもマエラは宮廷内に通ったり住み込んだりしている女の子の中ではかなり偉いようだ。
その辺りは好奇心で聞いてみたが、にっこり笑って「この国において、殿下以上に高貴なお方はお二人しかおりません。それに比べれば私など、ただの臣に過ぎません」と、ある意味誤魔化された。
「…………」
その見込みのあるアイシャに付き添われ、憮然としたララフィーが奥から現れた。
「やあ、ララ、元気かい?」
「…………」
その表情は、じっとエメフィーを睨んでいた。
それは、ただの嫌悪ではない、とても複雑な表情だった。
自分が大好きだった人が、実は一番自分が大嫌いだったものだった。
それがショックで、どう接していいのか分からなくて戸惑っている、と言ったところだろうか。
「……僕も初めて知ったんだけど、どうやら僕は男の子だったみたいなんだ」
「…………」
「騙すつもりなんてなかった。でも結果的にそうなってしまったよね? ごめん」
「…………」
ララフィーは何も言わない。
ただ、じっとエメフィーを見返して、その言葉を聞いているだけだ。
「僕は、これから王子として、王太子として生きていくんだ」
「…………」
「僕自身、まだ自分の環境に戸惑っているけど、そうして行くしかない。それは母上にも期待されているから」
「──だから」
エメフィーが一歩近づくと、ララフィーがびくん、と脅えたように竦む。
「ララにも、分かって欲しいんだ。僕を、応援して欲しいんだ……」
「…………!」
一歩引こうとしたララフィーの腰を抱いて逃げられないように止める。
その瞳に、エメフィーに似た端正な顔に、脅えと戸惑いが混じる。
昨日まであんなに慕ってくれていたララフィーが、こんな表情を自分に見せるとは。
目の前にある、ララフィーの顔。
抵抗しても無駄だと分かっているのか、それとも抵抗する気はないのか、暴れもしない、ララフィー。
こんな目で見られるのは、悲しい。
とても、悲しい。
「……ああ、そうか」
自分には、キスをすると、相手を魅了する能力があるらしい。
目の前の怯えた顔。
この子に、キスをしたら、今まで通り自分を見てくれるだろうか?
エメフィーはそっと、ララフィーの顔に唇を──。
「殿下」
マエラの声。
それはただの呼びかけに過ぎない。
だが、それでエメフィーははっとなる。
自分は、妹に何をしようとしていたんだ?
ララフィーが傷ついて、自分も傷ついた。
それを埋め合わせるという短絡的な理由で、ララフィーの一生を狂わせていいのか?
これはララフィーの姉離れいや、兄離れのまたとない機会ではないか?
それをその機会を奪ってしまうのか?
「…………」
エメフィーは、そっと離れる。
ララフィーは、顔を上げる。
「もう少し、お待ちください!」
それは、はっきりとした声。
「ララは、混乱しております。ですけど、ララは、おね……おに……い、さまを、嫌いになりませんわ!」
睨むような瞳で啖呵を切ったララフィー。
「分かったよ。じゃ、待ってるよ?」
エメフィーはそう言って、アイシャに連れられていくララフィーに手を振る。




