第四十話 俺は武器商人となる
西郷が下関にこなかったせいで俺が桂や長州藩士達に怒られた。
しかもかなり強めに。
なんだこれは、俺はほとんど関与してなかったというのに。まるで俺に責任を被せたいかのようだ。責任は中岡じゃねぇのか。
しかし中岡はいつの間にか屋敷から消えていた。まだ別の工作活動があるらしい。
桂がそう言うのを聞いて俺はピンと来た。
薩長同盟に奔走して来たのは中岡だ。その中岡が今いなくなっては薩長同盟の芽が完全に消えてしまう。だから桂の野郎は俺に責任を被せるつもりなのだ。最悪は切腹させられるかもしれない。
ぶざけるな!
俺は切れた。
人を利用するのは気にしないが利用されるのは大嫌いだ!
「俺は京で西郷に会ってくる。返答によっては西郷を斬る!」
とりあえずここから逃げ出さないと。
だが、逃げるだけでは手詰まりだ。俺はもう完全に薩長同盟の責任者にさせられてしまった。長州からも幕府からも狙われる。西郷になんとかしてもらうしかない。
いや、こうなったら本当に薩長同盟を成立させるのが一番だ。
考えろ。どうにかしてこのピンチを抜け出さないと。
「坂本さんは逃げるつもりですか?」
くそっ、桂のボケ。
「西郷を問い詰めてくるというとんじゃ!」
「問い詰めてどうしようと。あなたに出来ることはありませんよ」
ちっ、なんかないか。俺の手札でなんか。
亀山社中が思い浮かぶ。
この手札で何をどうすればよいのか。
俺は息を吐くと激昂した頭を冷やしてゆっくりと口を開いた。
「長州は新式の銃は欲しくはないかや」
「急に話を変えてどうしたいのですか」
「俺の作った亀山社中は貿易会社やき。長崎で武器商人とも懇意にしておる。西郷に今回の不手際の侘びとして武器を買う金を出させるぜよ。それで新しい銃を揃えて幕府が攻めて来るのに備えるというのはどうだ」
よし、話がつながった。
「駄目です」
えーーー。
完璧な論理だったのに。桂のクソが、どうあっても俺をはめたいのか。
「薩摩との同盟計画はまだ秘密裏です。そこへ薩摩から新式銃を大量に送られたら騒ぎになります」
ちっ、ややこしいな。
「ですから、お金は払います。長州は貿易を封じられていますから武器が買えないのですよ。坂本さんが銃を手に入れることが出来れば今回のことは不問にしましょう」
よしっ。
しかし、桂の野郎は抜け目がないな。冷や冷やもんだぜ。
「銃の買い付けに長州藩士の井上聞多と伊藤俊輔を長崎に送ります。よろしく頼みますよ」
とりあえず危機は回避できた。
まずは京都で西郷と話をつけてから長崎に戻るか。
長崎で・・・外国の武器商人を今から探さないとな!
亀山社中はカステラ屋だから武器商人とか知らねーし。
ハッタリでその場凌いでいるとどんどん追い詰められてる気がするぜ。
とりあえず急いで京に行き西郷に会う。
西郷はギリギリまで薩摩藩内での意見の調整をしていたが、藩論が長州との同盟を見送るということになったということを話してくれた。
それにしても船で下関に向かう途中でドタキャンは酷くないか。
「実は独断で桂さんと会おうと思っとりましたが。やはり藩の事情を無視するわけにはいかんと思い直したでごわす」
言ってることは分からないでもないが、どこまで本当か分からないんだよな。
とにかく信用は出来ないが信頼はすることにした。
長州に武器を横流しするのに薩摩の名前を使わせてもらうようにするのだ。とりあえずドタキャンの責任を取らせる。西郷は後ろから切りかかる奴かもしれないが、約束は守る男である。きっちりと約束させた。
そしてまた急いで今度は長崎へ。
長州から井上と伊藤という藩士が来る前に武器商人を探しておかないといけない。
小曾根さんの伝手で武器商人を紹介してもう。 俺は英語が出来そうな陸奥と長次郎を共につれて紹介先へと向かった。
「あなたが龍馬さんですの?」
そこにいたのは日本人のおばさんだった。
えっ、外国人の武器商人じゃねぇの?
「小曾根さんから聞いてないのかい。予定されてた奴が都合が悪くなってねぇ。私は大浦慶というお茶を取り扱ってるもんだよ」
外国人の武器商人じゃなくて女性のお茶商人ってどこでどう話がずれたらそうなるんだよ!
そのおばさんは不敵に微笑みながらパイプでタバコをふかしていた。
まあ、おばさんと言っても俺より数歳上なくらいかな。5年前なら十分いけたな。うーん、頑張れば今でもいけるか。俺の女口説きのテクニックでどういうことか話を聞きだして武器商人までいきつかないと。
「どうも焦ってるようだね。龍馬さん。商売はそんなに焦ってはうまくいかないよ」
見透かされてるようだ。
女とはいえかなりの大商人の風格もあるし、ちょっと苦手なタイプかもしれない。
「私は小曾根さんから龍馬さんへ武器商人を仲介してくれるように頼まれてるのさ。こういうことには小曾根さんより私の方が詳しくてね」
なるほど。焦ったぜ。
話の行き違いで関係ない人が来たかと思った。
「だけど、ただでとは言えないねぇ」
大浦慶はねっとりとした視線を俺に送ってきた。
これはあれだ。秋波という奴だ。
もてる男は辛いな。いつものことだが。
「お慶さん、それで条件とは」
まあ、少し老けてるが30後半は女ざかりと言う人もいるし、味わってみるのも悪くない。
俺はキメ顔でお慶さんに微笑む。
「そっちの坊やを少し貸してくれれば紹介してあげましょう」
俺をスルーして指名されたのは陸奥だった。
「えーー!」
突然のことに陸奥が叫ぶ。
こいつは22歳くらいだっけか。なんとも若いツバメ狙いとは。
「どうぞ、持って行って下さい」
「ちょっ、龍馬さん・・・」
「嬉しいわぁ。こういう可愛いペットが欲しかったのよ」
「ペットって!」
叫ぶ陸奥は無視して俺とお慶さんはガッチリ握手する。
契約成立。
お慶さんに紹介されたイギリスの武器商人グラバーに会ったのは数日後だった。
それから少しして長州から井上聞太と伊藤俊輔の二人が武器の買い付けにやってきた。
なんとかセーフ。
首がつながったぜ。