簪の音 三十ニ話 最終話 : 秘密
夜が明けた。
太陽が燦々と降り注ぐ。今は昼前だ。おじいちゃんとおばあちゃんはお出かけをしている。
まだ夏休みの最中であるリリも日中からイッセイの家に居る。
「でも、今回の件ってかなりおかしいと思わない?」
「なにが?」
昨日までの事象が嘘かのように、全員がイッセイの家でリラックスをしている。
ソファでだらけながら、昨日までの自分達を労うように。
そんな最中、キキが思い出したかのように話をし出した。
「だって、稲荷じゃなきゃ対処できなかったじゃない!何なのよあの呪物ゲーム!めちゃくちゃ昔からの呪いが生きていて?ゲームを始めて?呪物が生まれた時まで遡らないと消えないですって!?全くあんな呪物が自分と同じ空間に存在するなんて恐ろしいわ!
で!稲荷のやった自分の居た世界の厄災を”時間を対価”に引き受けたソレで相殺・・・なんて話は聞いたことがないわ。何千・・何万の時間の経過だけしてなおコレだけ若々しい見た目の人間が他に居ますか?!」
「何万の時って・・・年数にすればたったの千三百年弱ですよ。確か。多分」
「貴方はこの先も時間が止まるかもしれないからまだ途中経過の感覚でしょうけど、一千年なんておかしいのよ!っていうか!その時間が止まるのが起こらないために核を取りに来たんでしょう?!あげないけどっ!!」
「言われてみれば、タイミングが良すぎるわね」
「リリちゃん!それよそれ!タイミングが良すぎるの!稲荷が来たら呪物と呪術士が来たじゃない?!」
「でも良いじゃない。そのお陰で私たちの年が変わらなくて済んだんだから!・・・そういえば、稲荷の過ごした年数は巻き戻るわけ?なにがどうなるわけ?」
「あぁ!気になさらないでください!私の生きてきた時間数は変わりません。それが減るわけじゃないです。なんていうんですかね・・・ただただ過ごしてきた”止まった時間”を使っただけなので私にはなんの害もないと言いますか・・・」
説明しようにも、稲荷もなんと表現をして良いのかわからない。そして、本当に稲荷に害がないのか、落ち着いた今イッセイも気にし始めた。
「本当に何もないのか?数百年近く巻き戻ってはいるんだぞ?理屈は全くわからないけど」
「謂わば・・・呪物に近づくために使った”巻き戻った時間”、というのは、私にとっては”止まった時間と言うゴミ”という事でして・・・つまり、持っていても使い道の無いモノで相殺したんです」
「どういうことよ?魔法で例えて」
「魔法に例えられると俺たちはわからないなぁ」
相反する事を言う二人を他所に、リリが思いついた。
「・・・あ!わかったわ!つまり!お腹が空いてサンドイッチを買って食べたとしましょう!サンドイッチは体のエネルギーになるから必要よね!それを包む包装紙だって食べるまでは大事なモノよ!でも、食べてしまった後は包むものがないからただのゴミよね?そのゴミを持ってないと通れない場所があったとして、持ち主からしたらもう何の価値もない”ゴミ”と認識しているものを差し出して通過した!」
「まぁ、そんなようなものだと思います。厄災を引き受けるための時間ですが、引き受けた後は、その止まっていた時間は意味がないですからね。私からしたら経過年数を差し出したからといって何が変わるわけでも軽くなるわけでもないんですけどね」
「まぁ、直接は関係ないでしょうけど、結果的には長ぁあーーい髪の毛が犠牲になって頭は軽くなったんじゃない?」
「お陰様で、とてもスッキリしました。魔力の保有上限もうんと減っちゃいましたけど」
結い上げても、まとめきれずに隠れていた稲荷の首元が、今はよく見える。
「まさか、髪の毛に魔力を溜めるタイプだったとはねぇ〜!てっきり簪に魔力がこもっているだけかと思ったわ。簪にも魔力はあるけど、それで髪の毛の強い強い魔力を抑えていたとはね。あの呪術士も運が悪いわ。ゲームと稲荷と相性が悪いのなんのって」
「私も、最後の自爆の相殺は捨て身でしたけどね。髪の魔力は強大過ぎて制御が難しいんです。やたら解放するのも危ないですし、普段は簡単に使えませんから。あの髪の毛でどうにかなかったら私はいよいよ燃料切れでなにもできなかったです」
「そうなったら私の出番よ!」
「なかったけどね」
「そうなったらの話よ!!」
「ただいま!あら!みんなお揃いなのね!」
「帰ったぞいー!」
おじいちゃんとおばあちゃんがお出かけから帰って来た。
「巫女娘!!喜べ!!またデカイ祭りが開催されるぞ!今度は隣街なんじゃが」
「またお祭りー!!あ!リリちゃんが言ってたヤツかしら?みんなで行きましょう行きましょう!!」
「おじいちゃん、祭りの手伝いが欲しいんじゃなくて?」
浮かれるキキに、リリが釘を刺す。
「また機械をお貸しするんですけど、こないだまでに使った器具で事足りますし、性能も問題ないですから当日は私たちもお祭り回りますから!みんなで楽しみましょうね!」
「わーい!!」
「おじいさんとおばあさんもやっとお祭りを回れるんですね」
「だったら良いわ」
「隣の街は絹や織物が盛んなのよ?きっとここのお祭りとは色々違ったものが出てくると思うわ!楽しみね!」
「また新しい食べ物の屋台あるかしら!」
「あなた食べるの本当に好きね」
みんなが安心して賑わう光景を見て、やっと一段落ついたとイッセイも深く息を吐いた。
・・・———
・・・——————
祭り当日。
隣街までやってきた。
自分達の家の近くの祭りとはまた違った雰囲気にキキが楽しそうにしている。
照明も、流れる音楽も違い、新鮮な気持ちで一行は楽しんでいた。
おばあちゃんとリリもある屋台を見て興奮していた。
「射的?」
「そうよ!イッセイなら取れると思うの!射的の景品なのになぜか『布』があるの!!可愛い布だからあれをおばあちゃんにあげたいのよ!」
「リリさんが撃って取った方がばあちゃんも喜ぶと思いますけど」
「おばあちゃんにあげて、服を作って貰いたいの!和服っていうヤツ!!キキの着てる破廉恥とは違うちゃんとしたヤツよ!」
「破廉恥とは何よ?!機能性に優れまくってるでしょ?!」
「あの脚の部分の切れ込みあそこまで深く要るかしら?!」
「要るわよ!!」
いつものように話が脱線して喧嘩が始まる。
「はい、わかりました。とりあえずあの布が欲しいんですね?取れるかわかりませんけど」
そう言って、イッセイは店主とやりとりをして、電子決済をする。
おもちゃの銃を受け取って撃ち始めた。
——パンッ!!
「・・・」
——パンッ!!
「違うわよ!!どこ狙ってるの?!その隣のよ!!」
「いつもの精密さはどこ行ったのよ?!」
盛大に外した。
「電磁砲は広範囲設定だから大体で良いんだよ・・・あと、自動選定機能もついてるしそれに——」
「「良いから早く取って!!」」
二人の女性の気迫に負けたイッセイは、渋々その後も景品を狙う。
・・・———
「イッセイ、下手ですね」
後ろの離れた所からイッセイ達の様子を見ていた神風。
その神風の隣に来た稲荷が言った。
イッセイが先ほどから何発も射的を外しているからだ。
しかし、それは演技が入っていると神風は知っている。イッセイはまだ右目が見えないことになっているからだ。しかし、本人の許可なく他人には言えない。
「あぁ、イッセイ君は右目の視力が極端に悪いみたいで」
「違いますよ」
何が違うのだろう。神風はそう思って隣にいる異世界の男を見上げた。
「右目が見えない振りをするのが下手だと言ったんです」
「———どう・・・いう・・意味で・・・?」
神風は同様を隠せなかった。もしや、自分と同じように、イッセイが右目だけを開いた状態で何か精密な作業を行う所を見たのだろうか。それとも、魔法でわかったのだろうか。何にせよ、あまりにも断定的なものの言い方に、神風は自分が否定しても意味がないと悟った。
「イッセイの右目が見えているのは、キキにもわからないでしょう。私だけが運よく判ったと言うところでしょうか。今回の敵であるあの強大な呪力の呪物を持っていた呪術士さえもイッセイを見て”何も言わなかった”のですからね」
「見ただけで・・・わかるんですか?」
「判る人には」
見ただけで視力が良いことがわかると言うのは、逆に言うと稲荷には『どのように見えている』のだろうか。神風の中には沢山の疑問が生まれる。
「なぜ、私にこの話を・・・?」
「去年の話も聞きました。機関の方だけが持つ、”弾”が必要な拳銃をイッセイに渡していたらしいので、神風さんはイッセイの右目が見えていると知っていたと思ったのですが?」
「・・・」
昨年の件も含め神風がイッセイに渡した拳銃は、弾丸が発射する種類の銃だ。
電磁砲や磁場砲と違い、電子で標準を定めるものではない。自身の眼とセンスでしか撃てない代物だ。それをほとんど片目しか見えない人間に渡すのはおかしいだろうと言いたいのだと神風は悟った。
しかし、自分がこの場で折れるわけにはいかない。
「相手の急所を撃ち抜けって意味で渡したわけではないです。だからその推測は少し違いますね」
苦しい言い訳だと自分でも思いながら言う。
「そう言うことにしておきましょう」
「それで、なぜ見ただけで判るんですか?稲荷さんには”何が見えてる”んですか?」
「これは、私と神風さんだけの秘密にしましょう。他に、判る人が現れるまで・・・」
「最近は秘密ばっかりだな」
そう言って神風は笑った。あまり秘密は抱えたくないものですね。なんて言いながらも、聞くことを受け入れたと感じた。
そう言って、神風に一歩近寄った稲荷。少し屈んで耳に手を当てた。
あぁ、またこれで一つ重荷が増えるなぁなんてまたマイナスな思考になりながらも、聞こえてくる言葉を待つ。
その神風の顔を見た稲荷。顔が強張る神風から思っていることが伝わり、悪いなぁなんて思いながらも容赦なく口を開いた。
「イッセイの右目に、【核】のカケラが入っているんですよ」
狐の嫁入り 四部 〜簪の音〜 完




