16話 魔王と王妃に謁見
魔王城の大広間。
大広間には、城に仕える者たちも集まっていた。
テーブルの周りでは、チェリーたちがちょこちょこと動き回っている。
(普通だわ。すっごく、普通)
カトリーヌは、周りをさりげなく観察して思った。
カトリーヌの想像していた魔王城のおぞましいイメージとは違う。
城のあらゆる場所に頭蓋骨が積まれているとか、魔王は常に人間の指をしゃぶっているという噂を聞いていたのだが……。
しかし、正面に座る魔王は異形としか言いようが無かった。
「本当に、遠い所をよくぞ来てくれた! 儂は娘というものが欲しくてな!」
地響きのような声でそう言ったのは、正面に座っている魔王、ミノス王だ。
ミノス王はミノタウロス族だった。
牛頭に、腕は四本。目は一つで、深い紫色をしている。
大きな体は岩のような筋肉で覆われており、手足の爪は一本一本がナイフのように鋭い。
「ひッ……! こ、こちらこそ、陛下にお目にかかれて、えーと、恐縮ですわ」
本当に恐縮しながらカトリーヌが答える。
空腹も忘れている。内臓が縮み上がっているのが分かった。
「遠慮はしないことだ! ここはカトリーヌ殿の城。国同士の事情もあるが、これからはお互い……」
「嫌ですわミノスったら、お嬢さんにそんな話してもつまらないでしょう」
ミノス王の言葉をさえぎったのは、カーラ王妃だ。
彼女は漆黒の髪に真っ赤な瞳を持つ美女であり、カトリーヌより少しだけ年上のようにも、数百年生き続けているようにも見える。
唇も血に染まったように赤く、艶っぽい。
ミノス王のように恐ろしい見た目はしていない、……少なくとも上半身は。
「おおカーラ、それもそうだ。いやはやミノタウロス族はどうもデリカシーの面でモテなくてな」
「あら、吸血種のなかでも最も美しい蔓薔薇族の、さらに一番いい女の私を娶ったあなたがモテないなんて御冗談を」
(蔓薔薇族というのね……どうりで)
カトリーヌがさりげなく床に視線を落とすと、無数の太い蔓が蛸の脚のように広がって、大広間の四分の一程を覆っている。
蔓のところどころには可憐な赤い花が咲いていた。
カトリーヌは、夫婦の姿に失神しないようにするので精一杯だ。
しかし、忘れてはいけないのは、ここは外交の場だということだ。
カトリーヌは背筋を伸ばし、出来るだけ優雅な笑みを作って頬に浮かべる。
言葉づかいも、出来るだけ王女らしく。
「本当に、ミノス王陛下とカーラ王妃陛下は素敵なご夫婦でいらっしゃいます。私も、王子殿下を少しでもお支えしたいと思っておりますですの。今日も、お会いするのを楽しみにして参りましたのですわ、おほほ」
遠回しに伝えるのは、身分の高い人たちの癖みたいなものだとカトリーヌは思っている。
彼女がいま言外に指摘したかったのは、フェリクス王子の不在だ。
「ごめんなさいね。フェリクスったら遅いわよね、何してるのかしら。嫌いにならないであげて欲しいわ」
「嫌いになんて、とんでもないです! ですわ! 本当にありがたいお申し出ですわ。和睦を提案して下さったのは、ミノス王陛下からですよね」
皮肉にとられてしまっては大変だ。
カトリーヌは慌てて、真っ直ぐな言葉を返した。
「うむ、そうであるな。カトリーヌ殿には、婚約を和睦条件として使ってしまって申し訳ない。エリン王国側の状況を考えると、厳しい条件を出すことも出来なくてだな。いや失礼、貴国を侮蔑しているわけではないのだが」
「ええ、お気遣いはいりません。ですわ」
「うむ。……せめてカトリーヌ殿にはなんの不便も無いように過ごしてもらいたいのだが、いやはや準備不足で。バカ息子もなかなか来ないしだな……! 真面目で良い奴だが、ズレておるのだ! しかも顔が怖い!」
「落ち着きなさいよミノス。顔が怖いのはあなたの方よ」
「フェリクス王子殿下もご準備があるのでしょうから! ですわ!」
王妃とカトリーヌが、二人がかりで王を諫めていると、背後から涼やかな声がした。
「だれがバカ息子ですか」
「ふむ?」
「あら?」
「はぇ?」
ミノス王、カーラ王妃、カトリーヌの間の抜けた声が揃う。
カトリーヌは、正面に座る王と王妃の視線から、自分の席の後ろに誰が立っているのかを覚った。
(フェリクス王子が、いらっしゃる!)
ぴりっとした緊張がカトリーヌの全身を貫いた。





