嫉妬と散歩と新食材⑧
「あーいっぱい買ったぁ……! さいっこー!」
そして、その日の日暮れ前。
人生で最高最多の買い物を終え、馬車を返した私は、はるかな地平線が見える高台の公園で、ぐっと背筋を伸ばしたのだった。
好き勝手に買い物する機会なんてない人生を送ってきたけど、まさかそれがこんなに楽しいものだったとは。
ああ、人生損してた! まあ、今日一日で全部取り返した気分だけど。
好きに見て回って、欲しいと思ったものは自由に買えて。
なんて素敵な一日だったことか。
などと私が余韻に浸っていると、そこで隣にいた赤龍帝様が、少し疲れた顔でおっしゃったのだった。
「まさか、これほど交換するとはな……。見ていてさすがに驚いたぞ。人間の欲望は、底なしだな」
「あ、あはは……。一日中つき合わせてしまって、ごめんなさい」
その言葉に、ちょっとやりすぎちゃったかな、なんて頭を搔く私。
なにしろ、馬車五台分ぐらいは買っちゃったのだ。
欲しかった台所用品、各種鍋や素敵なフライパン、切れ味のいい包丁などなど実用的なものから始まり。
美しいじゅうたんや、姿見、化粧品、服の生地に靴や髪留め。
ほかにも心安らぐ素敵な小物や、自室用の観葉植物などなど。
せっかくなのだからあれも欲しいこれも欲しいで、ついつい欲張ってしまった。
ああ、私って、お金があるとこんなに浪費してしまうタイプだったのか。
とはいえ、金貨はそこまでやってもまだまだ残ってるし、もっと行ってみたいお店もあった。
でももう夕方だし、これ以上偉大なる赤龍帝様を連れまわすわけにもいかない。
とっても楽しかったお散歩も、これで終わり。
家に帰るの寂しいなあ、なんて散歩終わりの犬みたいなことを思っていると、赤龍帝様が私の頭を撫でながらこう言ってくださった。
「そう寂しそうにするな。また好きな所に連れていってやる」
「ほ、ほんとですかっ!?」
「ああ。散歩に連れてくるのは、飼い主の責任だからな」
やった、また散歩に連れてってくれるんだ!
実のところ、行きたい国は他にもたくさんある。
ああ、なら、今回だけだからとがっついて、あれこれ買わなくてもよかった!
……なんて喜びつつも、私には、どうしても気になることがあった。
それは、赤龍帝様も今日の散歩を楽しんでくださっただろうか、ということだ。
ほとんど私がはしゃいでいだけだけれども、それでも一緒に古い街並みを歩いたり、人間の作った精巧な道具を見て感心したりしたのだ。
楽しかっただろうか。それとも、ただ私に付き合って、面白みのない時間を過ごしたと感じているのだろうか。
せっかくの散歩なんだし、一緒に楽しんでいてくれたなら嬉しい──そう思うのは、傲慢というものだろうか。
だけど、どうでしたかと私から聞くのは、さすがにできない。
彼はきっと、私に気を使って「楽しかった」と言うだろうから。
赤龍帝様は、いまいち何を考えているのかわからない方で、もしかしたら食べられちゃうかも、なんて心配したりもしたけれど。
今日一日、こうして一緒に過ごしてみて、ようやくわかったのだ。
彼がこう見えて、とても気配りしてくださる優しい方なのだと。
道を歩くときでも私を安全なほうに置いてくれるし、何気ない段差を気遣ってくださる。
荷物も持ってくれるし、何気ない話を振ったら真面目に応えてくれる。
まあそれはペットを気遣う主人の所作なのだろうけども、それでも私を大事に思ってくださっているのは伝わってきた。
そう、私はペットとして、ちゃんと大事にされているのだ。そして彼は、ペットを食べたりするような方ではない。
だからこそ、私に気を使ってではなく、心から楽しんでくださっていればな、なんて思わずにはいられない。
……まあもっとも、いくら望んだところで、誰かの気持ちを自分の思い通りにすることなんてできないのだけれど。
「あっ……」
なんて思っていると、そこで太陽が地平線にかかり、世界が茜色に染まり始めた。
道を行く異国の人々は速足で帰路についていき、商人たちは店じまいをはじめ、あちこちの家々から夕食を作る煙が上がりだす。
それが妙に美しく感じて、私は赤龍帝様にそっと寄り添い、ささやいた。
「赤龍帝様。とっても綺麗ですね」
ああ、異国の夕暮れってこんなに素敵なんだ。
夕日に染まった、人生でもう二度と来ないかもしれない街を見ながらそう言う私に、赤龍帝様はとても驚いた顔をした。
「綺麗……?」
つぶやいて、茫然と街並みに目を向ける赤龍帝様。
だがやがて目をわずかに細めると、彼もまたささやくように言う。
「……ああ、そうだな。たしかに綺麗だ」
そんな彼にそっとしなだれかかりながら、私はその景色を目に焼き付けたのだった。




