嫉妬と散歩と新食材⑤
「わああっ! すっごーい!」
雄大なる山々に囲まれた、歴史を感じさせる大都市。
それは、瑠璃宮からはるかに離れた地だった。
その大通りを歩きながら、私は思わず感動の声を上げてしまう。
かすかに薫る、知らない花と香辛料の匂い。
軒を連ねる赤いレンガ造りの建物に、白い石畳の道と、激しく行きかう人々。
その異国情緒あふれる光景に、私のテンションはすっかりぶち上ってしまったのだった。
「この辺りはまだ栄えてるって聞いてたけど、本当に凄い! 人がすっごく多いし、街並みも綺麗~! わっ、店の品ぞろえもすっごく良い!」
田舎者丸出しで、あたりをキョロキョロしまくる私。
見るもの感じるものすべてが新鮮で、思わず目移りしてしまう。
だけどそこで、私の後ろを歩いていた赤龍帝様が、あきれた様子で言ったのだった。
「あまりはしゃぐな、ウルリカ。周りの人間が驚いているではないか」
「あっ、ごめんなさい、赤龍帝様!」
それに慌てて応える私。
そう、私は念願叶い、赤龍帝様と散歩に来ているのだった。
あの時、人間の世界に行きたいとお願いした私。
それに赤龍帝様は一瞬困った顔をしたけれど、しばし考えた後に、こう言ってくれたのである。
「……仕方あるまい。ペットを散歩に連れて行くのは主人の役目。よかろう、世界中のどこへでも、おまえの行きたいところに連れて行ってやる」
「わっ、本当ですか!?」
それに思わず小躍りしてしまう私。
やった、おねだり大成功!
その後、明日の朝から出かけようと約束し、その日の作業も無事に済ませ、私はドキドキしながら床についたのだった。
ああ、もう一度、生きて人間の土地に行けるなんて、夢みたい!
だけど、翌朝目を覚ました私は、はたと考えてしまった。
自分でお願いしておいてなんだけど……どうやって行くんだろう?
なにしろ一番近い村ですら、徒歩では一日かかってもたどり着けない距離なのだ。
散歩に行くにしても、森の中ぐらいしか無理なのでは。
そんなことを考えていると、朝食を摂り終えた赤龍帝様が、こんなことを言い出したのだった。
「さて、ではそろそろ行くか。ウルリカ、目を閉じて、おまえが行きたい場所を思い浮かべてみよ」
そう言って、私の手を取る赤龍帝様。
行きたい場所なんか思い浮かべて、なにがどうなるというのだろう。
そう思いつつも、言われた通り目を閉じて、以前話に聞いた、東方の楽園のような国を思い浮かべてみる私。
すると、すぐに赤龍帝様が「もういいぞ」と言い、恐る恐る目を開けてみると。
なんと。私はいつのまにか、この見知らぬ土地に立っていたのだった。
「えっ、うそっ!? なんで!? どうやったんですか!?」
「少し空間を移動しただけだ。大したことではない」
と、こともなげに言ってみせる赤龍帝様。いや、大したことですけどっ!?
龍の力……でたらめすぎる!
そういえば以前、クマに襲われているときに、突如として助けに来てくれたことがあったけど。
あれはこの力で来てくれたのね、なんて納得しつつも、なんでもできる龍の凄さに驚愕してしまう。
……まあ、とはいえ、だ。
「来れちゃったからには、楽しまないとねっ!」
と、速攻で気持ちを切り替えていく。
こうして私は、いつか行ってみたいと願っていたこの地を、全力で満喫することにしたのだった。
「ああ、匂いも空気も全然違う! 見るもの全部新鮮で、素敵だわ。旅行って、こんなに楽しいんだ……!」
と、生まれて初めての異国を存分に堪能する私。
すると、横に並んだ赤龍帝様が、穏やかな笑みでこう言った。
「楽しそうだな、ウルリカ。気に入ったか?」
「はい、赤龍帝様。連れてきてくださって、本当にありがとうございます!」
と、笑顔で答える私。
だけどその時、私はふと、あることに気づいた。
「あれ、赤龍帝様。角はどうなされたのですか?」
ようやく違和感に気づいて、そう尋ねる私。
そう、赤龍帝様の頭から、あの二本の立派な角が消えているのだ。
すると、彼は「ああ」とつぶやいて、こう答えてくれた。
「見えないように隠してある。角を見られたら、人間たちを驚かせてしまうからな。無駄に騒がせるのは避けたい」
わ、そういうこともできるんだ。
さすが赤龍帝様、抜かりがない。
……だけど、驚かせない、というのは無理があるかと。
なにしろ、通り過ぎる全ての女性が、じっと赤龍帝様のお顔に見惚れていくのだから。
くっ、見るんじゃない、私のご主人様だぞ! と妙な感情を抱きつつも、まあしょうがないかと思わないでもない。
なにしろ、この国の暖かい太陽に照らされたそのお姿は、格好良いを通り越して、神々しくすらあるのだから。
それは何か神聖な存在が、ふらりと街に降り立ったかのような……いや、ような、じゃないか。
実際、超越した存在である龍がやってきているのだから。
……まあ、その横にいるペットな私は、びっくりするほど平凡で、つり合いがとれてないわけだが。
「おい、ウルリカ。せっかく来たのだ、何か欲しいものはないのか?」
なんて考えていると、赤龍帝様がそう声をかけてくれて、私は慌てて応える。
「あっ、はい、ありますっ! ええと……」
と、あたりをキョロキョロする私だったが、そこではたと気づいた。
「……赤龍帝様。私ってば、無一文でした」
そう、私はお金を持っていなかった。
この国の、ではない。住んでいた国のお金も、捕らえられた時に全部奪われてしまった。
しまった、これじゃ本当に散歩しかできない!
ああ、異国にまで来て、買い物ができないなんて!
なんて絶望していると、そこで赤龍帝様が「ウルリカ、手を出せ」とおっしゃっる。
そして、言われるままに手を差し出してみると。
その上に、ジャラララ、と大量な金色のアレ……つまり、金貨が降り注いできたのだった。
「こづかいだ。好きに使え」




