嫉妬と散歩と新食材②
「お礼を言うのはこっちです。白龍公様のおかげで、私も毎日とっても楽しいですっ」
ペットの私に、ありがとうなんて言ってくださる白龍公様。
それがとっても嬉しくて、そう応える私。
毎日の食事も好評をいただいてるし(ちなみに白龍公様はカレーにドはまりしていて、リクエストにより一日一食はカレーだ)、空いた時間にはこうして一緒に読書も楽しんでいるし、本当に良い関係を築けている。
それに、なにより。
私には、きっと彼は私を食べたりしないという確信があった。
こんな良い方が、私をいきなり食べようとしてくるわけがないのである。
つまり、彼の側にいる限り私は安全だし、可愛がっても貰える。
おかげで穏やかな時間を過ごせるし、読書も楽しいし。良いことづくめで、私としては彼の側から離れる理由がないのだ。
……ただし、一点だけ。
彼について、少しだけ気になっていることがある。
なので、この機会に、私は思い切ってそれを聞いてみることにしたのだった。
「あのう、ところで、白龍公様。失礼かもしれないのですが、ひとつお聞きしてよろしいでしょうか。白龍公……というのは、お名前、ではないですよね? もし差しさわりがなければ、お名前を教えてもらったり、とかって……駄目、でしょうか?」
なんて、上目遣いでおねだりしてみる私。
そう、それがずっと気になっていたのだ。
赤龍帝様に白龍公様という名称は素敵だと思うけど、それは立場を現すもので、名前ではないはず。
出会ってから半月ほど経ち、ある程度仲も深まってきた今、私はそれが気になって仕方ないのである。そして、できればお名前で呼びたいなー、なんて。
……ペットの分際で、厚かましいかもしれないけども。
なんて私は期待の視線を向けるのだが、それに彼は少し困った顔をしたのだった。
「うーん。すみません、ウルリカ。私にも、龍としての名前は確かにあるし、お教えしたいところなのですが。残念ながらそれは、あなたがた人間にとっては、おそらくただの唸り声にしか聞こえないことでしょう」
「えっ……。そう、なのですか?」
「はい。龍の言語は、人にはちゃんと聞き取ることも、正確に発音することも難しいようで。ですから、人間のみなさんでも発音できてわかりやすいであろう、表向きの呼び名を白龍公としているのです」
わあ、そういうことだったんだ……!
そもそもが、人間のレベルに合わせてくれた名称だったのね。
そういうことならしょうがない。むしろ、合わせてくれていることに感謝の念が湧いてくる。
今後も敬意を籠めて白龍公様とお呼びすることにしよう、なんて思っていると、彼があごに指をあてて、考える仕草で言った。
「しかしたしかに、白龍公のままでは他人行儀かもしれませんね。ウルリカは、もう我が家の家族なのに。では、どうでしょう。兄上は私のことを白と呼んでくださっているので、よければウルリカもそう呼んではくれませんか」
「えっ!? いっ、いいんですか!?」
「ええ。そうしてくれると、私も助かります」
うおおっ、本当にいいのだろうか。
なんだか、いきなり親密な感じになりすぎというか。
愛称で呼んじゃうなんて、さすがに距離が近すぎないだろうか。
いやいや、そうは思ったが、私は超可愛がられてるペットなわけだし。
こう言ってくれてるわけでもあるし、ここは変にもったいつけるより、お言葉に甘えてしまおう!
そう考え、私はこほんと咳払い一つ、白龍公様の瞳を見つめながら言ったのだった。
「ええと、それでは失礼して……白様」
言っちゃった!
ああ、なんだかとっても照れくさい。
それは白様も同じようで、彼はその白く美しい頬をわずかに染めて言ったのだった。
「なんだか、少しだけ照れくさいですね。兄弟以外で、私のことを愛称で呼ぶ相手は初めてですので。ふふ、でも、とても心地よいです」
◆◆ ◆
「ふんふーん♪」
なんて恥ずかしいやり取りを、白龍公様とした帰り。
私は鼻歌交じりに、瑠璃宮の廊下を颯爽と歩いていた。
腕の中にあるのは、白龍公様が貸してくださった厚手の本。
今晩は、寝る前にこの本を楽しもうというわけだ。
時刻は夕方、窓の向こうに見える山々の景色が美しく。白龍公様と一緒にお菓子とお茶をたしなんだので、お腹も程よく膨れている。
ああ、なんて心地よい夕暮れだろう。
まあ、まだ寝る前に夕食を出すという大きな課題が残っているけれど、仕込みは終わっているし問題はないだろう。
ああ、本当に毎日忙しいけど、夢のように楽しい!
ダミアンの元に居た頃が嘘のようだ。
こんなに幸せでいいのだろうか。
なんて、すっかり浮かれ気分の私。
だけど、その時。
「ウルリカ」
よく知っている声が背後から聞こえてきて、私はとっさに振り返った。
すると、そこにいたのは、予想通りの赤龍帝様。
「あっ、赤龍帝様……。えっと……どう、なさいました?」
赤龍帝様は、あまり城内をうろうろするタイプじゃないので、廊下で会うのは珍しい。
それに、それにだ。
「……」
なんだかそのお顔はムスッとしていて、どことなく不機嫌そうに見えるのは気のせい……では、ないだろう。
そう、最近の赤龍帝様は、なぜかご機嫌斜めなのである。
料理を出せば美味しいと喜んではくれるのだけれど、なんだかもの言いたげな顔でこちらを見ていることが多いというか。
なにか、怒らせるようなことしちゃってるのかなあ……。
なんて考えていると、赤龍帝様はやはり不満げな顔で、意外なことを言ったのだった。
「おまえ、また白のところに行っていたのか?」




