白き龍と憧れの香辛料料理⑧
「……マハラジャ・ターリー……! これが、あの料理なのですね……!」
テーブルの上に並んだ、華やかなる料理の数々。
それを見ながら、白龍公様が感動した様子で声を上げた。
そう、描写的に、あの本で食べていた料理はこれのはずなのである。
「たしかに本の通り、薄くて茶色いパンの周りを、たくさんの色がついた煮込み料理が囲んでいる。マハラジャ・ターリーという名前の料理だったのですね」
「はい、マハラジャとは、昔栄えていた国の、王族を指す言葉。そしてターリーは、この大きな銀色のトレイのこと。マハラジャ・ターリーとは、このように、大きなトレイの中にいくつもの味を詰め込んだ、宮廷料理のこと。王子たちが食べていたのは、おそらくこれです」
「人間の王が食べていた料理か。しかし、なんともまた、奇想天外な見た目だ」
私の説明を聞き、目を見開いて言う赤龍帝様。
正直、この料理が奇妙なことには私も大いに同意するところだ。
一つのトレイにたくさんの料理を乗せるなんて、私の国ではありえない。
けど、一番奇妙なのはそこじゃなくて。
「む……? おい、ウルリカ。ナイフやフォークはどうした?」
あたりを見回して、不思議そうに問うてくる赤龍帝様。
それに私は、少し困った顔で答えたのだった。
「ええと、その……。実は、この料理、手づかみで食べるのが作法なのでございます」
「なに? 馬鹿な、お前たち人間にとって、料理を素手で食べるのは忌まわしい行為なのではないのか」
いや、そうとも限らないというか。私の国でも、庶民は簡単なものなら手で食べる、のだけど。
たしかに、宮廷料理なのに手で食べるなんてのは、とっても珍しい。
さてどう説明するか、と考えていると、そこで白龍公様がニコニコ笑顔で代わりに説明を入れてくれた。
「兄上。人間のマナーは、国や時代で千差万別。この料理が編み出された国では、料理は素手で食べるものだったようです。本の登場人物たちも、絨毯の上に直接座り、料理を囲み、素手で食事を楽しんでいました」
「なんと、そういう文化もあったのか。まったく、人間のやることは、どうにも一貫性がない」
「あはは……すみません。ええと、では、食べ方をご説明しますね」
赤龍帝様がやや不満げなので、話を変えようと、そう切り出す私。
そしてしっかり手を拭いた後、ターリーの中央に置かれた薄いパンを一枚手に取ってみせる。
「こちらの薄いパンは、チャパティと申します。これをちぎって、お好きな品につけて食べるのが、この料理の基本となっております」
「ほう……。見たことのない食事の仕方だ」
と、自分でもチャパティを手に取り、じっと見つめながら言う赤龍帝様。
チャパティは、小麦粉の一種をこねて焼いたパン。人間的にはパンをスープに浸して食べるのは珍しくない行為だ。
だが赤龍帝様にはまだそういうのを出していないので、こういう反応になるのも頷ける。
なんてことを考えていると、白龍公様がそわそわした様子で言った。
「ではさっそく試してみませんか、兄上。ああ、しかしどれもこれも見栄えが違って、華やかで、どうにも選びかねます」
「……たしかにな。茶色や緑色が並んでいて、好奇心をくすぐられる。なるほど、それもこの料理の魅力の一つ、というわけか」
さすが赤龍帝様、察しがいい。
ターリーの魅力は、少しずついろんな味が楽しめるところにある。
だけど、お二人が本気で迷っているようなので、ここは思い切って私のほうからおすすめすることにした。
「もしよろしければ、こちらからでどうでしょう。牛肉を使っておりますので、お二方にも馴染みやすいのではないでしょうか」
「ああ、この塊は、牛肉でしたか! では兄上、まずはこれでどうでしょう」
白龍公様がそう促すと、赤龍帝様は「ああ」と頷いて、チャパティを茶色い煮込み料理に浸した。
それを見てから、白龍公様も自分の分を浸す。目上である赤龍帝様を立ててのことだろう。
そして二人は頷きあうと、ぱくり、と同時にチャパティをかじり。
また同時に、驚きの表情を浮かべたのだった。
「美味い……!」
「美味しい!」
口々に好意的な感想を漏らすお二人。
よしっ、大成功っ!
「なんとも、感じたことのない味がいくつも混ざり合い、一つにまとまり、刺激的な味に仕上がっている……。こんな食べ物が、この世にあったのか!」
「とても濃ゆい味ですが、それだけでなく。なんというのでしょう……そう、味に奥行きがあるというか。そんな中で牛肉の塊がしっかりと存在感を持ち、本来の味わいを失うことなく合わさり、お互いの良いところを出し合っている。これは……とても素晴らしいですね!」
何度も噛み締めながら、感動した様子でそう言ってくださるお二人。
なので私は大喜びで、その茶色い煮込み料理に解説を入れたのだった。
「こちらは、カレーという、香辛料をふんだんに使った煮込み料理の、ビーフマサラという種類でございます。カレーの特徴は、多種多様な香辛料からくる刺激的な辛味! ビーフマサラは、それにトマトやヨーグルトを加えた、辛いだけではない、深みのある味わいが牛肉とよく合う一品となっております」
「……正直よくわからんが。なるほど、この複雑な味は、いろんな食材を混ぜ合わせることで生まれているのか。舌がピリピリするのに、妙に次が食べたくて仕方なくなってしまう。これを、辛味というのか。気に入ったぞ、カレーとやら」
と、感動した様子で、ビーフマサラをぺろりと平らげてしまう赤龍帝様。
そして次に、見事な緑色をしたカレーに目を向けた。
「不思議な色合いだ。これもカレーか?」




