107 ほの暗い胸中
食事を終えて冬宮へと戻ってきたわたくしは、椅子に腰を落ち着けると大きく息を吐いた。
今日は色々な出来事がありすぎて、流石に疲れてしまったわ。……と言っても、わたくしはただ座っていただけに過ぎないのだけれど。
思い出すのは煌運殿下が怪我をしたと知らせがもたらされた時のこと。
皇帝陛下は煌運殿下が軽傷だと仰っていたけれど……それでも心配になる。
煌運殿下は煌月殿下のお妃候補であるわたくしを“自分の妃にしたい”と願う人物で、その機会を伺っていることは分かっている。
それでも一時は仲良くお話をした仲だ。それに、わたくしが煌運殿下に関わりたくないと願ったから、今回のことが起きたのかも知れないと思うと、尚更罪悪感は膨らんだ。
「雪花様、煌月殿下がいらっしゃっています」
「えっ!? 殿下が?」
わたくしは美玲の言葉に驚く。
宴は先ほど終わったばかりだ。だとすると、殿下は自分の宮には戻らず、まっすぐ冬宮を訪ねてきたことになる。煌運殿下のこともあるし、流石にお疲れだろうから今日の訪問は無いと思っていた。
「雪花」
入室した煌月殿下に呼ばれて、わたくしは恭しく挨拶をする。
「煌月殿下、お疲れのところわざわざお越し下さりありがとうございます」
「なに、昨日は忙しくて出発前に会いに行けなかったからな。その分早くそなたに会いたくなっただけだ」
そう言って微笑むと、煌月殿下はわたくしとの距離を詰めてそっと頰に触れる。
「それともう一つ。今日の宴の間、そなたの元気がないように見えて気になったんだ」
「あ……」
表情には出さないよう気を付けていたつもりだった。けれど、殿下はわたくしの僅かな変化に気づかれた。
あの広い会場では、お妃候補の末端に席があるわたくしと煌月殿下の席はかなり距離があったのに。
わたくしを気にかけていて下さっていただなんて……
「煌運が心配か?」
言い当てられて、わたくしは一瞬言葉に詰まる。だけど誤魔化したところで、きっと煌月殿下にはお見通しでしょう。
「……はい。煌運殿下とは色々ありましたが、良くしていただいていたこともまた事実ですから」
「やはりか。まぁそういう優しいところがそなたの良いところなのだがな」
煌月殿下はわたくしを抱き寄せて、その胸にわたくしの頰を預けさせる。だけど、わたくしは彼の胸に手をつくと顔を上げた。
「あの、……違うのです」
「雪花?」
不思議そうな殿下にわたくしは自分の中にあるほの暗い想いを少しずつ吐露していく。
「それだけではなくて。……わたくしは煌月殿下が思っているほど優しい人間ではありません」
「……と言うと?」
「皆さまが狩りに出発なさる時、わたくしは願ってしまったのです。……秋の宴の間、わたくしと煌運殿下が関わることはありませんように。と」
「以前怖い思いをしたのだ。それは自然なことだろう」
「ですが、煌運殿下がお怪我をされたのはわたくしがあんなことを願ってしまったことが原因ではないかと思うと、心苦しいのです。そして、自分の身が可愛いが故の自分勝手な想いのように感じて、後ろめたくもあるのです……」
わたくしはもやもやしていた気持ちを吐き出した。
ふっ、と息を吐いた煌月殿下はわたくしに優しい眼差しを向けていた。
「そなたは本当に優しいのだな」
「えっ、ですから──」
言葉を紡ごうとすると殿下の人差し指が、わたくしの唇の上に押し当てられた。
「そなたのせいではない。だが、良心が痛むと言うのなら煌運のお見舞いに行くか?」
そう言うと、返事を聞くために人差し指が離される。
「っ! 良いのですか?」
「あぁ。明日にでも煌運は後宮にある自室に戻る予定だ。ただし、私と共に行くことが絶対条件だ」
ニコッと微笑む煌月殿下。
きっとわたくしだけを煌運殿下の元に向かわせるのは、心配というのもあるのだろう。けれど、わたくしが煌運殿下に対してまだ不安な気持ちを抱えているのを見越してのことだと理解する。
煌月殿下はわたくしの気持ちも尊重して下さるし、本当に大切にしてくださっている。それが堪らなく嬉しかった。
「勿論です。その方がわたくしも安心して煌運殿下のお見舞いが出来ますわ」
「決まりだな。お見舞いに向かう時間が決まったら知らせを出そう。私が迎えに行くからそれまで待っていてくれ」
その言葉にわたくしは「えぇ」と頷いた。