106 遅れた宴と煌運殿下の容態
それから暫く経つと、煌月殿下と煌運殿下が仕留めた獲物が大広間の庭に運ばれてきた。
煌運殿下襲撃の件があり一部の獲物を狩り場へ置いてきた殿下たちに代わり、家臣たちが他の獣に盗られてしまう前に獲物を回収してきたようだ。
わっ! と歓声が上がったのは、大きな熊が運ばれた時だった。それは龍強様の熊より僅かに大きく、今までの中で一番大きな獲物だっだ。どうやらその大きな獲物こそが、煌運殿下を襲った熊らしい。
「かなり大きいな。だが、果たしてこの熊を数に入れて良いものか……」
「煌運殿下を襲った熊で皇帝陛下から褒美を貰うことになってもなぁ」
ちらりと皇后陛下に視線が寄せられる。
そう、一番大きな獲物を仕留めた者には褒美が与えられる。だけど、煌運殿下を襲った獲物となるとそれを皇后陛下が快く思う筈がない。
いいえ。皇后陛下に限らず、親ならばみな複雑に思うことでしょう。しかも、煌運殿下をここまで運んできた煌月殿下がトドメを刺した獲物となると尚更ですわね。
獲物たちが並べられ終わるころには殿下たちを除く全ての参加者が大広間に戻っていた。
そうしていると、一時席を外していた妃たちが続々と戻ってくる。その直ぐあとに、漸く煌月殿下が大広間に帰ってこられた。
無事なお姿を目にして、わたくしは身体から力が抜ける。どうやら心配で無意識のうちに身体が強張っていたらしい。
身に付けていらっしゃる衣服は狩りへ出た日とは違うもので、綺麗だった。だけど、お顔には何かをぬぐったような跡もあって、着替えだけ済ませて戻られたのだと直ぐに分かった。
煌月殿下の歩き方はいつも通りだった。わたくしたちの席に視線を向けると、安心させるように微笑まれたことからして、どこも怪我をされていない様子にわたくしは安心した。
「みな待たせたな」
その言葉と共に皇帝陛下が大広間に入ってきた。
皇帝陛下は席に着くと早速言葉を紡ぐ。
「みな既に知っていると思うが、煌運が傷を負った。今しがた医務室で様子を見ていた故、宴の開始予定時刻を遅らせることとなった。皆には心配をかけたが、幸い煌運は軽傷で済んだ」
そのお言葉を耳にして、あちこちから安堵の息が聞こえてくる。
「折角、集まって貰ったところ悪いが、まだ全員の狩りの成果を確認できておらぬ。今日は時間も遅い故、褒美を贈る者は明日の宴で発表とする。……それでは宴を始めようではないか。宴の開始が遅れた故、このあと仕事がある者はここで解散しても構わん」
皇帝陛下が話し終わると、宮女が豪華な料理を乗せた善を運んでくる。煌運殿下が軽傷だと知らされたお陰で、緊張が和らいだ大広間は仕事に戻る数名を除き、ようやく訪れた食事の時間に表情を緩めていた。
「結果は明日に持ち越しとなりましたね」
香麗様の言葉に万姫《ワンヂェン》様が口を開く。
「皇帝陛下も今いらしたばかりですし、誰がどんな獲物を捉えたか確認する時間も無かったでしょう。仕方ありませんわ」
皇帝陛下も漸く一息着いたためか、一口酒に口を付けると生まれたばかりの煌秀殿下に視線を向けていた。
皇帝陛下のお席は左右に皇后陛下と秋の宴の主役である貴妃様がいらっしゃる。だけれど、少しだけ貴妃様とお話しされたあとは、その視線は貴妃様を飛び越えて雪欄様と煌秀殿下に送られていた。
反対の席に座る皇后陛下には見向きもされない。皇后陛下自身も煌運殿下のこともあってか俯いていて、その表情を窺うことは出来なかった。
皇帝陛下の近くの席はなんとも言えない雰囲気が漂っている。
わたくしは複雑な思いで箸を取ると、豪華な食事に手を付けた。
昨日は美味しい食事を味わう余裕があった。けれど、今日はあまり味がしなかった。