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冬宮の華  作者: 大月 津美姫


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103/110

103 参加者の見送り

 その後、皇帝陛下が大広間に入場されると皇族とお妃候補の全員が揃ったところで秋の宴が始まった。

 皇帝陛下がいらっしゃる少し前に雪欄(シュェラン)様が煌秀(コウシュ)殿下と秀鈴(シューリン)様を連れて入場した時は、新たな皇子の姿に大広間がざわつきを見せていた。

 そしてすぐあとに皇后陛下が入場されると、その場は一気に冷たい空気に晒される。


 それまで煌秀殿下の話をしていた官吏を皇后の苛立った視線が貫いた。それだけでピリピリとした雰囲気の完成である。


 皇帝陛下が着席すると、秋の宴の進行を任された官吏の一声で狩りの参加者達が皇帝陛下の御前に並び出る。


 煌月(コウゲツ)殿下を筆頭に煌運(コウユン)殿下が並び、それぞれ名を呼ばれると「ハッ!」と短く返事をして、敬意を示すように手を組むと更に一歩前に出る。


(コウ) 龍強(ロンジャン)

「ハッ!」


 呼ばれた名前に返事をして前に出た人物をわたくしはまじまじと見つめる。


 あのお方が龍強様……


 煌月殿下付きの武官。憂龍(ユーロン)様よりも体は大きく、逞しくてお強そう。だけどやはり兄弟ですわね。憂龍様とお顔が良く似ているわ。


 全ての参加者の紹介が終わると、彼らは広間を退出する。ここれから移動して馬に乗り、狩り場まで向かうのだ。


 わたくしたちは参加者たち一人一人を見送っていく。煌月殿下は退出する際、お妃候補が座る席を見つけると、わたくしたちに微笑まれた。わたくしもそれに答えるように微笑みを返す。

 “行ってらっしゃいませ”と、心の中でご挨拶をしていると、煌月殿下のあとに煌運殿下が続かれた。彼もわたくしたちの方を見て微笑まれた。


「っ……」


 遠目とはいえ、わたくしが煌運殿下と顔を会わせるのは夏の宴以来だ。あの時はあっさり引いてくださったので、得に何かあったわけではない。だけど、始まりの儀の後に冬宮を訪ねてこられた時の真剣な表情は今でも良く覚えている。


『春の宴のあと、母上から暫く頭を冷やすように言われて、私なりに考えました。どうすれば雪花(シュファ)様が私を一人の男として見てくださるか』


『私は決めました。兄上から雪花様を奪ってみせます』


 あの時の煌運殿下はの瞳は本気だった。だからこそ先程の微笑みの意味を考えると、ゾッとしてしまう。

 わたくしは煌月殿下のお妃候補として。何よりわたくし自身が煌月殿下をお慕いしている以上、煌運殿下のお気持ちに答えることは出来ない。


 狩りの参加者たちが戻ってくのは明日の夕刻だ。


 もしも、煌運殿下がわたくしに獲物を捧げられたら……


 自意識過剰かもしれない。

 だけど、不安になってしまう。


 どうか、煌月殿下が無事に必要数の獲物を捕らえられますように。そして出来れば秋の宴の間、わたくしと煌運殿下が関わることはありませんように。


 そんな、狡くて卑怯なことを願ってしまった。


 狩りの参加者達を見送ったあと、残った皇族やお妃候補、官吏たちで参加者の安全を祈った。その後はささやかな宴が催される。

 “秋の宴”とあって、初日の今日と評価が下される明日、そして捕らえた獲物が振る舞われる明後日と3日間続けて秋の味覚をふんだんに使用した料理が振る舞われる。

 そして、狩りで得た食材以外で使われるのは、その殆どが(フォン)家が治める東部で収穫された恵みだった。


 宮女が続々と広間にやってきて、それぞれの前に料理を配膳していく。


 秋の定番である魚を使った料理や山菜、きのこなど豊富な種類が目の前には並んでいた。


 中にはわたくしが目にしたことがない食材も幾つかあった。

 だけど梨紅(リーホン)様は嬉しそうに目を光らせる。


「後宮で東部の料理が食べられるなんて! 貴妃様に提案して正解やわぁ」


 これは梨紅様にとって故郷での思い出の料理なのかしら? あの梨紅様がここまで喜ばれるなら、とても美味しいのでしょうね。


 わたくしはまずお椀に入った汁物に手をつけた。持ち上げた椀からは初めて嗅ぐ上品な香りが立ち上っていて、いい匂いだった。その具材には初めて目にするきのこが使われていた。


 この香りは、きのこの香りなのかしら?


 ドキドキしながらわたくしは一口飲んでみる。

 香り高い食材の旨味がふんわりと鼻腔から抜けていった。


「美味しい……」


 東部ではこんなにも香り高いきのこがありますのね。


 普段は合間見えることがない武官や文官といった官吏たちと共にする宴は何時もよりも賑やかで、あちこちから会話や笑い声が聞こえてくる。

 皇帝陛下の御前とあって多少落ち着いているのだろうけれど、後宮という女の園ではあまり聞くことがない殿方ならではの笑い声が飛び交っていた。


 わたくしはちらりと王宮側に座っている官吏たちに視線を巡らせる。

 わたくしは(トォン)家に縁のある全ての人物を知っているわけではない。けれど、わたくしが知っている方は大広間にはいらっしゃらないみたいね。

 まぁ、当主が叔父様に代わってからというもの、わたくしの誕生日祝いの宴くらいしか他の方との交流はなかったから無理もない。仮に会ったことがある人物がいたとしても顔を覚えていない人だって沢山いるわ。


 お父様の頃に遣えてくれていた方ならもう少し分かるのだけど。……仕方ありませんわね。


 後で鈴莉(リンリー)にも聞いてみましょう。

 こんなことなら美玲(メイリン)蘭蘭(ランラン)麗麗(レイレイ)の中から1人連れて来るべきだったわ。

 彼女たちは元は叔父様寄りの家の娘だもの。わたくしや鈴莉が知らない顔の冬家縁の人物を知っている可能性は十分にある。


 どちらにせよ今はどこに叔父様の目があるか分からない以上、常に気を引き締めて行動しましょう。


 そう考えて、ふと宴が始まる前に香麗(シャンリー)様が緊張すると仰っていたことを思い出す。


『……官吏の中に本家筋の方がいらっしゃるので、わたくしの様子を報告なさるでしょうから』


 4大家門出身のお妃候補である以上、各々が何かしらの事情を抱えていることは想像するまでもなかった。


 けれど、香麗様もわたくしと似たような心配していらっしゃるとは思わなかったわ。


 香麗様は分家筋のご両親の元に生まれて、本家では女児が生まれなかったからお妃候補に選ばれたのでしょう。

 分家筋、それも末端に行けば行くほど拒否権なんて無いに等しい。本家の意向はそれほど力があるのだ。


 香麗様は何かあればお妃候補の立場を追われるかもしれないということ。それはつまり、家族が家門から不当に扱われる可能性があるということだった。

 わたくしの場合は、お妃候補の立場をなくすことは帰る場所を失うことを意味する。


 それぞれが抱える事情は違うにしろ、わたくしたちお妃候補ははそれぞれの家門にとって駒でしかないのね。


 わたくしはそれを改めて想い知らされた気分だった。

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