47話 夢の続きを、隣で
倒れた背もたれと、重なる鼓動
「そんなに、わたしに気を使わなくても良いのですよ……」
腕の中に収まるレナの、あまりにも慈愛に満ちた声。カズヤは自身の奥底に沈んでいた不安を、掠れた声で吐き出した。
「レナに、嫌われたら……また、一人に……」
「大丈夫ですよ……。カズヤくんを一人になんてしませんから」
その言葉は、呪いのようにカズヤを縛っていた孤独への恐怖を、優しく解いていく。触れたら壊れる、触れたら嫌われる。そんな怯えが消え去り、カズヤは自然と、彼女を抱きしめる腕に力を込めた。
抱きしめ合っていると、膝の上に乗っていたレナが、不安定な姿勢のままモゾモゾと動き出した。
「ん……このソファ、背もたれを倒せたような気がしたのですけれど……」
レナが、さらりと破壊力のある言葉をカズヤの耳元で囁いた。甘い吐息が耳朶を擽り、カズヤの脳内は瞬時にショートする。
「え、なにを……?」
「このまま、ゴロンって……しようかと。その方が、お互いに楽ですし……」
「それは……ダメだって」
「また、それですか……。んしょっと……えいっ!」
レナが座面の脇にあるレバーを弄ると、バタンっ! と音を立てて背もたれが水平に倒れた。
「わぁっ!」
「ひゃぁ!」
予期せぬ勢いに二人は驚きの声を上げ、顔を見合わせて思わず笑い合った。
フラットになったソファーの上。レナは迷うことなくカズヤの隣に潜り込むと、彼の腕を自分の首の下へと引き込み、腕枕をさせるような形でピタッと密着した。
「えへへ……特等席です」
レナはカズヤの胸板に頬を寄せ、潤んだ琥珀色の瞳をゆっくりと彼の方へ向けた。至近距離で見つめられ、カズヤはもう、抗うことをやめた。
彼は観念したように、レナの細い背中に腕を回し、彼女の温もりを全身で受け止めるように抱きしめ返した。
窓から差し込む陽光が、重なり合う二人を包み込む。
静かな部屋に響くのは、トクン、トクンと共鳴し合う二人の心音だけ。青いリボンがカズヤの腕の中で微かに揺れ、甘く、溶けるような時間が静かに流れていった。
夢の続きを、隣で
「カズヤくんを……嫌いになんて、なりませんよ……。これ、落ち着きますね。温かくて、柔らかくて……優しいカズヤくんのいい匂いがします。……ふぁぁ……居心地が良くて、安心できますし、眠くなってきちゃいました……」
独り言のように呟いたレナだったが、ふと、腕の中から返事がないことに気づいた。
顔を上げると、そこには規則正しい寝息を立てるカズヤの寝顔があった。
「あら? ……カズヤくん、眠ってる? えっと、わたしじゃ……カズヤくんを運べませんし……んふふ」
レナの存在が、彼にとってそれほどまでに深い安らぎになっていた証拠だ。
カズヤは彼女の柔らかな温もりに包まれ、これまでの緊張や不安から完全に解放されて、深い眠りに落ちていた。
レナは彼を起こさないよう、細心の注意を払って腕の中から抜け出した。自分の部屋へと戻り、動きやすい部屋着に着替えると、お気に入りの枕と羽毛の掛け布団を抱えて、再びソファーへと戻る。
カズヤに優しく布団をかけると、レナもその隙間に潜り込んだ。再び彼の腕を枕にし、大きな体格にすっぽりと収まるようにして抱きつく。
「今日も、いっぱい……ありがと。おやすみなさい……」
レナは愛おしさがこみ上げ、我慢できずに顔を寄せた。
カズヤの吐息が届く至近距離。レナはそっと瞳を閉じ、彼の頬に自らの唇を重ねた。
触れた瞬間、レナの柔らかくぷるんとした唇の感触が、カズヤの肌に吸い付くように伝わる。瑞々しく、熱を帯びたその感触は、彼女の心の奥に秘めた情熱と、彼を慈しむ慈愛の結晶だった。
ただの挨拶とは違う、どこか湿り気を帯びた甘く深いキス。
「ちゅ……♡」
小さな音を立てて唇を離すと、レナは満足そうに頬を緩め、カズヤの胸に耳を当てた。
ドクン、ドクンと一定のリズムを刻む彼の心音。それはレナにとって、どんな音楽よりも心地よい子守唄だった。
彼女はカズヤのTシャツをぎゅっと握りしめると、その温もりに包まれながら、幸せな夢の続きへと誘われていった。




