31話 鈍感なヒーローと琥珀の独占欲
鈍感なヒーローと琥珀の独占欲
「俺、やっぱり邪魔だよな……。綾瀬さんが洗ったものを、そのまま水切りに並べればいいだけなのに」
カズヤは自分の不器用さが情けなくなり、落ち込んだように肩を落とした。
「わ、わたしこそ……すみません。……その、緊張してしまって」
レナは恥ずかしそうに俯き、頬を淡い桃色に染めた。シンクに流れる水をじっと見つめながら、所在なげに体をモジモジさせている。
「緊張して? 俺に? ……怖がらせちゃったか?」
カズヤは慌ててレナの方を振り返った。自分のような大男に触れられ、彼女が恐怖を感じたのではないかと不安が過る。
「ち、違いますって……! えっと、その……怖がるなんて、そんなことあるわけないですよぅ。びっくりしただけで……そう、びっくりしたんですよ!」
レナは慌てて否定すると、必死に言葉を選び、ようやくしっくりくる理由を見つけたと言わんばかりの笑顔をカズヤに向けた。
「びっくりって……触れられて嫌な思いをさせちゃったんじゃ……」
「相沢くん、鈍感です……ふんっ。さっき、あんなに長く膝枕をしていただいて、頭を撫でられていたのですよ? それで、今さら腕が触れて嫌な思いをするなんて、本気で思っているのですか?」
「それは……そうか。……ごめん。昔からキモいとか散々言われてきたから、つい、な」
カズヤが自嘲気味に笑うと、レナはそっと顔を背け、誰にも聞こえないような小さな声で、けれど確かな熱を込めて呟いた。
「んふふ。みんな、相沢くんの優しいところや、素敵なところを見つけられなかったのですね。……良かったです。誰かに取られちゃう前に、わたしが一番に見つけられたのですから♪」
「ん? 取られる?」
微かに聞き取れた言葉をカズヤが繰り返すと、レナは「何でもないですよ」とはぐらかし、次のお皿を差し出した。
「さ、次ですよ。はいっ」
こうして、二人の初めての共同作業である皿洗いは、甘く、少しだけもどかしい空気を残したまま、無事に終わりを迎えた。
絆をなぞる指先
「相沢くん、そろそろ傷口の手当てをしましょうか。……先生に教わった通りに、頑張りますね」
片付けを終えたレナが、救急箱を抱えて戻ってきた。その表情は、先ほどまでの甘い雰囲気とは一変し、どこか神聖な儀式にでも臨むような真剣なものだった。
カズヤは促されるまま、リビングのソファで上半身の衣類を脱いだ。
「……やっぱり、こうして見ると……凄い傷ですね」
レナの動きが止まった。カズヤの背中から脇腹にかけて残る、生々しく赤みを帯びた傷跡。彼女を守るために負った、暴力の爪痕だ。
「悪い……やっぱり、女の子に見せるもんじゃないよな。自分でも、化け物みたいだって思うし……」
カズヤが身を固くして目を伏せると、レナが小さく、けれど鋭く息を呑む音が聞こえた。
「……二度と、そんなこと言わないでください」
冷たい消毒液を含んだガーゼが、熱を持った傷口にそっと触れる。レナの指先は微かに震えていたが、その瞳に迷いはなかった。
「痛くないですか? 染みたら言ってくださいね」
彼女は、まるで壊れやすい宝物に触れるかのような手つきで、丁寧に、ゆっくりと傷の縁をなぞっていく。消毒液の鼻を突く匂いが広がる中で、カズヤは背中越しに、彼女の震える吐息を感じていた。
「……怖いなら、無理しなくていいんだぞ」
「怖くなんてありません。……ただ、胸が締め付けられるんです。わたしのせいで、相沢くんがこんなに痛い思いをして……」
ポタリ、と。
カズヤの背中に、温かい雫が落ちた。
「泣かないで……、綾瀬さん。俺は……この傷があるおかげで、君を助けられたんだって思える。だから、これは俺にとって……」
「……『絆の証』、ですよね?」
レナはカズヤの言葉を先回りすると、涙を拭い、ふわりと微笑んだ。
新しいガーゼを貼り、テープで固定する。その一連の動作が終わる頃、二人の間には、言葉以上の確かな絆が刻まれていた。




