第一話
今夜も人々が賑わい行き交う都市部では、闇夜をライトアップで厚化粧している。
そこから電車で数十分、地方の街の夜は早く訪れる。
住民も薄気味悪がって犬の散歩にすら通らない公園で、セピア色に褪せた蛍光色を発しながら、それは存在していた。
使い古された金魚鉢のように、水垢で白く曇ったガラスで囲まれた直方体。
公衆電話と呼ばれるその設備は、今や誰も使用することなく、現役を退いた公園の長老の様に鎮座していた。
人々が寝静まる時刻。
いつものように錆びついた扉をこじ開け、僕は電話ボックスに入り込む。
本当に魚でも飼っていたのかと疑うような血生臭い空気が、鼻をさすっていく。
駅の券売機に似た、緑色の公衆電話は無言のまま冷たく座っている。
その重く垂れ下がった受話器を、僕はいつものように持ち上げ、そっと耳に当てる。
料金を入れる代わりに、フッーと息を吹きかけ呼吸を整える。
そして、
声の調子を確かめながら、口を開くのだった。
「もしもし、こんばんは、藤宮さん」
「こんばんは、沖本君、今日も来てくれたんだね」
一呼吸の間をおいて、静寂な闇夜を切り裂く明るい声が、受信器から溢れ出る。
それを聞いて僕の心は弾むのだった。
ボックス内の電話機の上方に貼り付けられた鏡には、僕の姿……
……ではなく、黒いセーラー服を着た女の子の姿が浮かび上がる。
僕と彼女、お互い目が合うと微笑み、お辞儀をする。
この鏡に映し出された彼女は、藤宮さん。
享年17歳。
30年前にこの場所で無惨にも殺されてしまった女子高生の呪縛霊だ。
今日も彼女の姿は、あの世とこの世の曖昧な境界線という水面で儚げに揺れてる。
日本画を思わせる細く繊細な線に、透き通るような淡い色合いの肌。
僅かに赤みお帯びた唇。
喪服よりも深い漆黒のセーラー服には、真っ赤な鮮血が首から滴り落ちたかのように見えるスカーフが吊り下がる。
大きく深い暗黒の瞳は、見つめられたもの全てを吸い込んでしまいそうな、怖いほど魅惑的。
僕は夜になると、毎日藤宮さんに会いに来ていた。
藤宮さんはここから出ることはできない。
直接触れたり会話することもできない。
おとぎ話のお姫様のように、電話ボックスという城に捕らわれて、抜け出せないでいるのだ。
唯一、僕と彼女を繋ぎ止めているのは、会話をすることが出来るこの受話器のみだった。




