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旅支度は直ぐに済まされた。
元々彼等にとって、遠征は日常茶飯事。
なにせ、公示されるような仕事は、全て早い者勝ちなのだから。
東に怪異があり集落が煙草を対価に傭兵を集めていると聞けば歩いて行き、西に漁り尽くしたと思っていた残骸から新規の遺構が見つかったと知らされれば空の背嚢を担いで駆けつけ、北に〝動死体〟の群れが結集しつつあると噂が流れれば弾を込めて赴き、南で都市間抗争の噂を聞けば美味い汁を啜るため馳せ参じる。
そんな稼業で煙草と弾を稼いでいる者達が身支度に時間を掛けるはずもナシ。
「さて、歩いて二日ってところか」
ハジメは野戦服の上に埃避けの迷彩外灯を被り、背中に背嚢を背負っていた。中身は水と食糧、そして少しの弾薬。廃棄都市と漁れるとなれば、余剰の空間を空けておかねばならないため、潰れた上部にはベッドロールを潰して巻いてあるだけだ。
「なぁ、足買わないか?」
「お前……また気楽に……」
一方で誰よりも旅慣れているデルタの装備は軽装であった。いつもの服に肘と膝を護るバイク用と思しきプロテクターで覆い、粉塵から呼吸器を遠ざける硬質硝子製のゴーグルやバンダナを首から引っ掛けている。リュックは軍人の死体からくすねたのか、砂色のかなり立派なものであった。
「馬がいいですわね、高貴で。馬車なら八頭立てが当たり前ですけど、四頭で妥協しないでもないですわよ」
「ざけんな。エサ代で破産するわ」
一方で、本当に遠征に行くつもりがあるのかお前は、そう言いたくなるほどにトワイラは普段通りだった。
いや、傍らにトランクケースが置いてある。革張りで古ぼけ、四隅を補強する金具の鍍金が剥げ落ちて久しいそれは、勝手に浮遊して足下に追従してきていた。
ペルディトゥス、その高貴なる者達が使っていた輝かしい魔導の名残だ。かつては、この中に無限に近しい容量があったというが、今では見た目通りの収容量しかない。
『浮動ヴィークルがあれば最高なんですが』
「で、誰がメンテするんですかね? 電源はどこから引っ張ってくるつもりだ」
小型の融合炉によって、無尽蔵とも呼べる電力を欲しいが儘にしてきたフラグメンテ・マキナの生き残りは、唄姫に不釣り合いなタクティカルベストを羽織り、スリングで背中にパルスライフルを固定していた。クーラント代わりの水を詰めた水筒や、小物を入れた腰袋は増えているものの、やはり軽装と言って良い出で立ちは、シヴィラツィオにくらべれば省エネな生態によるものだろう。
「いこ、ハジメ」
「ああ、ああ、そうだな……」
一方でクインもまた軽装であった。ボロボロの貫頭衣めいた普段着の上に、大外套を纏ってこそいるが、手持ちはいつも持っているウサギの鞄だけ。重い水や食料をハジメの背嚢に預けているからこその軽装だ。
とはいえ、これは少女と童女の淡いにある見た目の彼女を甘やかしてのことではない。
チルドレンズは、この廃棄世界で生まれた、最もこの世界に馴染むべくして馴染んだ存在。スクラップヤードに生まれ落ちた故に育まれた第六感は、斥候をやるには最適だ。
そして、一党の道行きを切り拓く偵察役が軽装であるのに越したことはない。必要とあれば、クインの警告次第で逃げるか戦うかしなければならないのだ。彼女が速く走れるかどうかで命が決まる場面もあるだろう。
ソレに何より、彼女は見た目通りの歳をしていない。
何せ、数年前に出会った時から、ずっとこのままなのだから。
「じゃ、行くか」
ここで格好好く号令の一つもすれば場面として映えるのだろうが、ハジメは成り行きで五人のまとめ役になったに過ぎず、当人もリーダー気質とは言い難い。気の抜けた出発を促す言葉に、各々好き勝手に答え、彼等はアーモリーを発った。
アーモリーの欠けと整備の行き届かない石畳の道から、土を均しただけの舗装路へ。暫くは、街と街の交易を助ける歩きやすい道を使えた。
「今日は天気が良いな」
「だな」
ハジメが天を見上げて言うと、デルタが同意した。
しかし、普通ならば否定したくなるような曇天だ。空は鈍色ではなく砂色に曇り、風には荒涼とした粉塵が混じる。現にハジメは鼻から下を護るガスマスクとゴーグルを街から出ると同時に装着していたし、鼻腔を擽るというより掻き毟る大気から逃げるようにデルタもバンダナを巻いていた。
それでも、この世界においては天気が良い方だ。コールタールのような粘性を帯びた雨が降り、50cm先の視界が怪しいような状態でもなし。
何よりも〝遙か遠くに横たわる遺構〟が見える。
「出発日和だ。ユグドラシルの背骨がよく見える」
アーモリーから北に――この世界が球面なのかさえ判断できないため、主観的な設定だが――には巨大な構造物が倒れていた。
視界の右から左に通り抜けて、地平線の彼方にまで伸びていく巨大なそれは、ここから眺めると鋼鉄の山脈のようだ。
しかし、あれは紛れもない人造建造物、ギガストラクチャー。
かつては〝世界樹〟と呼ばれた、直径25km以上ある軌道エレベーターが倒壊した姿だ。
静止衛星軌道まで届いた鋼の柱は倒れ伏して尚も威容を誇り、生き残った一本の装甲板に貼り付けられたレールを使った線路網が経済圏を成している。
アーモリーに続く、二番目に豊かな都市、アド・イティネレ・ステーションの輪郭さえ見える今日は、この地においても空気が澄んでいる方だ。普段ならば、巨大さ故に縮尺が狂ったような宇宙への階は、ぼんやりと形が見えれば良い方だが、今日は街の形まで分かる。
これを良い天気と呼ばずして、何と言うか。
「たまには、アド・イティネレで息抜きも悪くないな。あすこの酒は美味いし、煙草の良いのが出回ってる。残骸市も漁りたい」
『いいですね。声帯ユニットが発掘されたりしていないでしょうか。私、Y-M-H-HARMONICS製なので、それに近いのがあれば最高なんですが』
足を止めることなく、ハジメとトニニティは駅を街に改造した集落に想いを馳せる。
アーモリーが新たに物を作る街であるとするならば、アド・イティネレは残骸を寄せ集めた街だ。巨大な、百年前に降ってきたにもかかわらず、いまだ全域を探索し切れていないユグドラシルの中からフラグメンテ・マキナ達が奇跡の残滓をかき集めた市がある。
一期一会の商店通りと呼ばれるほど物の出入りが激しいだけあって、掘り出し物を見つけられることもある街は、アーモリーよりも定住許可が下りづらいために張り付くのは難しい。煙草と弾薬の経済圏に組み込まれているのはありがたいのだが、一部の住人は〝トークン〟とかいう電算機上の仮想処理容量に拘って、物質的な取引をしてくれないこともあるのだ。
「わたくしは、あまり好みではありませんわね、あそこ。画一的というか、面白みがありませんわ。何よりも緑が足りませんもの」
「街中にトマトの水耕栽培機があるから、ここよりマシだろ」
「ああいうのは緑とはいわないものでしてよ、野蛮人」
お宝の山という意味では、ハジメとデルタ、トリニティにとって魅力的な街なれども、一方でトワイラの好みには合わなかったようだ。
彼女にはアーモリーでさえ見窄らしいのだから、残骸を継ぎ接ぎし、溶接し、時に支えの足が折れて住居が数戸〝崩落〟するような環境は、とてもではないが自分に相応しいとは思えないのだろう。
とはいえ、高貴な侯爵であったアドラーが好むのは、大理石の床か毛足の長い絨毯を敷き詰めた部屋に、精緻な紋様を刻むレンガの壁、そして豊かな芝生の庭に東屋と温室が並ぶ光景。季節を問わず咲き誇るようにしたバラ園が誇りであった彼女が首を縦に振り、納得するような住居は、このスクラップヤードにおいては望むべくもなし。
時々文句を言いつつも、彼等はひたすらに歩く。慣れているから、時速6km程度の速度で歩調を乱さず、一時の速さよりも安定した持続的速度を優先してひたすらに歩く。
一時間歩いて五分休憩。三時間おきに休憩を十五分に延ばして淡々と歩き、日が暮れれば穴を掘って急造のストーブで暖を取りながら野営を張る。
見張りを交代で立てて、凍死しないようハジメが大枚を叩いて買ったベッドロールに寝袋を順繰りに使って短い眠りを取り、日が昇れば再び文句を言わずに歩く。
これが傭兵の平均的な移動スタイルだ。
「ここ、いいとおもう」
「おおー、また良い場所を選んだな」
二日間の旅路は、珍しく一発も弾を放つことなく終わった。
全てクインが道々で見つけた危険を避けて通れる道を選んだからだ。
何ともなしに群れを成し、行く当てもなく彷徨うサバイバーズの世界から流れ着いた動死体の群れ。
森の木陰から道行く無防備な放浪者を狙う獣や、ペルディトゥスの世界でも危険だとされていた魔獣。
そして、制御を失って徘徊する国境警備ドローン。
全ての探知を掻い潜って、小高い丘の上にまで導いてくれたクインをハジメは褒めるために頭を撫でた。
「やめて。それすききくない」
「じゃ、こっちはどうだ?」
野戦服の太股にあるズボンから引っ張り出された、丸い硬質樹脂の缶。
チョコレートに――実際はカカオなど粒子一つとして入っていないが――クインは目がないのだ。
「それならゆるす」
「はいはい」
今回も一欠片だと言われながらも、きっちり二欠片ぶんどったクインはご機嫌そうに囓った。本来ならば、彼女のような体格で摂取すると除倦怠薬がキマり過ぎて体によろしくないのだが、そこは流石のサバイバーズ。生まれながらに過酷な環境に慣れ、最も危険な嬰児期を乗り越えた個体だけあって、脳にダメージを受けた様子はない。
これ高価いんだけどなぁ……とぼやくハジメを余所に、一行は〝託宣の時〟を待つため、各々安心できるように露営を広げた。
ハジメは手近な木陰に持ち込んでいたタープを広げて急な雨に備え、デルタは地面に座り慣れているため硬い石の上に尻を落ち着けて煙草を一服。
そして、トワイラは何処から手に入れてきたか分からない緋色の緋毛氈を敷いて――これもまた色褪せてボロボロだが――縁が欠け、金継ぎで形を維持させたカップで野草茶を楽しんでいる。クインはそのお零れを貰いながら、道々で採ってきた草の根っこかじっていた。
そして仲間が警戒してくれているのを良いことにトリニティは電源を落とし、ハジメの傍らで蹲る。
平和で、このスクラップヤードでは得難い時間だ。
しかしながら、長くは続かない。
「あら」
野草茶の水面が波打つ。
小さく地面が揺れ始めて生まれた波紋を見て呟くトワイラ。各々も感じ取ったのだろう。見晴らしの良い丘の上に集まり、異変の元を注意深く探った。
「来た」
「ああ」
一番最初に見つけたのはハジメだ。指を差す方を見れば、デルタが頷く。
空間が解れつつあった。黒とも紫ともいえない、形容しがたい色の泡がブツブツと浮かび、やがて亀裂が大きく口を開ける。
すると、地を揺るがす轟音と共に〝世界が棄てられて〟きた。
「おっとと」
「小振りだな」
かなり距離を取っている丘の上からであっても直立するのが難しい程の縦揺れ。
そして、続く衝撃波。
髪が流され、あまりに強い風の流れに呼吸が妨げられる。全員が反射的に顔を覆い、砂嵐に耐えた。
十数秒の後、空気が変わる。
匂いが、異国の雰囲気を放っていた。
「来たか。今回は〝このタイプ〟で降ってきたなら、損傷は少なそうだ」
「シヴィラツィオの都市か。まぁ、当たりだな」
デルタが言ったとおり、廃棄されてきたのはシヴィラツィオの都市、その切り取られた一角であった。
多くは世界が破却された際、千々に粉砕され、あるいは世界の狭間に消えていったのだろう。
精々が市程度の大きさしかない廃棄世界は、世界落着の衝撃もあって荒れていた。
「懐かしいか?」
「いや、全く違う国のだな。それこそ世界の裏っ側の風情だ」
荒涼とした風に混じる僅かな香辛料と油やゴミの臭い。ハジメがいた〝国〟からすれば、第三世界とも呼ばれる発展途上の国。その中でも、あまりよろしくない治安と政体の国家であったのだろう。落着の衝撃で傾いだビルには大量のプロパガンダポスターが貼り付けられており、物騒な検問所も見える。
だが、多くは崩れつつあった。揺れに絶えきれなかったのだ。
煙が上がり始める。電灯が明滅し、軋み越えを上げながら倒れ、巻き込まれて崩れた電信柱が頽れて、ケーブルが引きちぎれスパークしつつ踊り狂う。
それから、火の手が上がった。
意図的な放火ではない。倒れた建物にあった火種が油にでも引火したのだろう。街の諸所で立ち上った炎はたなびく煙で都市を巻いていく。
世界落着後、多少は原形を保った状態でもよくあることだ。
「こりゃ踏み込むのに時間がかかるな」
「これだけ燃えれば丸焼けでなくって?」
「いや、建物は不燃性の素材が多そうだし、道幅も広い。生き残りも多少は出るだろ」
ハジメは推察しつつ、あーあと呟いて地面に尻を落とした。
それから煙草を取りだして、安全な火を熾しながらぼやく。
こりゃ踏み込めるまで落ち着くのに半日は要るぞと…………。
TRPG本体の作成も着々と完成に近づいております。
この世界観が気に入ってくださったなら是非に! 夏に大阪でたこ焼き食った手で私と握手!!




