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このアーモリーにおいて定宿を持つ者は少ない。
そもそもにおいて、ちゃんとした屋根のある場所で眠れることが贅沢であるのならば、決まった場所に腰を据えようなど高望みとさえ言える。
それでもハジメは高い金を払い、建付がマシな宿屋に三十日契約で部屋を借り切っていた。
彼自身が結構な財産を貯め込んでいるのもあるが、少なくとも手前が帰る場所がないと落ち着かないからである。
かといって、セキュリティはとても信用できない。煙草と弾をたんまり貯め込んでいると噂されれば忍び込もうというヤツは現れるし、常に携帯していたらいたで寝込みを襲われる。
故にハジメは結構な改造を宿に許可を取り――退去時、そのまま譲渡するという約束込みだが――していた。
鍵で錠を開けて、まずそっと足下を見れば、出る前に挟んでいた布きれが落ちたのが見えた。簡単な、勝手に誰かが開けていないかを確かめる予備策であり、漫画で学んだ知識だ。
それでも油断しない。腕一本入るだけの隙間を空けてから、手を差し込んで扉の縁を探る。
すると、そこには古い散弾が装填されているパイプガンが据え付けてあり、無遠慮に開くとドアノブに括り付けたテグスが引っ張られ、侵入者に向けてブッ放される仕掛けになっているのだ。
引き金と紐を繋ぐ金具を外し、今度は懐から取りだしたリモコンを操作する。すると、小さな電子音が部屋の内外で鳴った。
〝廃棄世界〟の遺構から発掘された、高性能対人指向地雷の電源を切った音だ。これは敵味方識別タグを振っておけば、電源が入っていても炸裂しない設定……になっているが、スクラップの中から引っ張り出してきただけあって信用が置けない。命が惜しいならば、部屋にいる時は電源を切っておくのが吉である。
以上の手順を廊下に誰もいないことを確認してから、手早く二十秒以内に終えたハジメは、やっと扉を潜った。
そこまでして守っている部屋の中にあるのは、どこからか引っ張ってきた足が片方折れてダクトテープで留めた粗末なパイプベッド。マットレスも相当に古いのか、中のコイルスプリングが死んで諸所に凹凸が目立ち、かけられているマットカバーには洗っても落ちない黄ばみが染みついていた。
荷物入れとなる南京錠の備わったチェスト以外には、ちょっとした文字仕事をするための座卓以外に何もない部屋のよい点は、雨漏りと隙間風がないことだろう。
これは宿の経営者がクオリティの高い部屋を提供するべく頑張ったのではなく、ハジメが「こんなザマで熟睡できるか!」と宿泊三日目にして激怒し、不慣れな日曜大工に精を出したからである。
おかげで余所より大分マシな部屋であるが、その中で異物ともいえる物が転がっていた。
膝を抱えて蹲る少女だ。
白を基調とし、パステルカラーのグラデーションによって色が移り変わる桜色や青を諸所に遇った姿は人に似せているが、人ではないことが明白に分かる。
球体の関節、装甲の皮膚、そして応急修理のためかねじくれた右腕に、損傷してカメラアイが露出して閉じることのできなくなった右目には、眼窩から溢れる華が咲き誇ったかのような補修跡が目立つ。
まるで等身大のビスクドールのような彼女は、断っておくがハジメが〝趣味〟で購入した愛玩人形ではない。
「起きろよ、トリニティ」
フラグメンテ・マキナと呼ばれる、超技術を持った世界の残滓にして、立派なこの世界の住人だ。
『呼びかけを確認。マナーモード解除。セーフモードにて起動』
パクパクと音を立てない口を動かした彼女の掌から、代わりに立体投影の文字が浮かぶ。
それはトリニティが声帯ユニットを破損しているからだ。故に彼女は声を出せないし、唄えない。
汎用娯楽歌唱型ユニットであるにもかかわらずだ。
『おはようございます、ハジメ。四九時間三二分十一秒ぶりですね。弊機に何か御用ですか?』
「寝過ぎだ。バッテリーをそこまでケチる必要ないだろ」
『弊機の循環炉効率は正規の32%まで下落しています。定期的にマナーモードにはいって少しでも固体電池の寿命を残しておきたいので』
そんな彼女がハジメと同居している理由は、偏に活動時間をケチるためだ。バッテリー駆動の彼女は有機物を分解して発電する〝炉〟を詰んでいるが、効率は落ちに落ちて設計諸元の三分の一。つまり、三倍物を食べてやっと満充電となる。
これでは煙草と弾が、どれだけあっても足りない。となると、長く寿命を保ちたいのであれば大人しくしている他ないが、そうもいかない理由がある。
フラグメンテ・マキナは部品取りに寝込みを襲われることがあるからだ。
超技術の結晶である彼等・彼女等の体は、何とシヴィラツィオ他、この世界の種族に殆ど対応している。高度な専門知識こそ必須であるが、欠けうげたそれが再び手に入るとあれば、欲しがって解体を試みる者は後を絶えない。
斯様な扱いを受けることが珍しくないからこそ、フラグメンテ・マキナはパートナーを求める。安全にデフラグできる場所を提供してくれたり、充電中に守ってくれる相方がいなければ、自分達は〝動く煙草や弾薬の塊〟と見做されることを熟知しているがため。
特に彼女のように見目麗しく、シルエットが人に近い個体は危険だ。やはり、人間は何処の世界であっても、どうせ替えてしまうなら美しい物が欲しいと望んでしまうばかりに。
なので、面子の中で唯一〝安定した〟定宿を決め、自費で修繕までする神経質なシヴィラツィオの寝床が、彼女の安息所に選ばれたのであった。
まぁ、当人としては美少女という言葉では足りないガイノイドが常に傍らに転がっているのは、着替えなどの際に気になって精神衛生に良くないのだが
『それでハジメ、弊機を起こした理由は? お暇になりましたか?』
「いや、仕事だ」
『それは大変ですね。クライアントは?』
「ハイランダーだよ」
高地人という言葉に反応し、歌唱ユニットはゆっくり立ち上がった。
そして、試すように四肢を動かしてチェックリストを完遂。殆どの警告センサーが経年劣化による部品交換を推奨するコーションウィンドウを展開していたが、そんなものが都合良く手に入る訳もなし。彼女は数日後に通知するのコマンドを入力して、文句ばかり言ってくる自己診断プログラムを沈黙させた。
『ならば行きましょう。効率の良い仕事を余所に回されては困ります』
「そういうこった。急ぐぞ」
立ち上がった彼女は、傍らに置いてあった小銃を手に取った。
いや、言われなければ銃と判別するのは難しいだろう。
白い長方形の艶がある箱に、親指を通して保持するための〝穴〟が空いているだけのそれは、フラグメンテ・マキナの宙兵隊員が装備するパルスライフルだ。
といっても、レーザーを射出するのではなく、レーザーを推進力として弾頭を発射する銃であり、実体弾を用いる立派な物理火器である。惑星表面上では塵や水分によって光線銃は光が散乱して余程の品ではなければ使い物にならないため、安価に製造でき、火力が出せる設計ということで親しまれている。
されど、今となっては箱を開いて整備しようとしたが最後、元に戻すことができないため、どれだけ高性能であっても使い勝手の悪さから人気が高いとは言えないのだが。
『IFF正常、FCSリンク確立、人感、対物センサー連携。いけます』
「トワイラと違って身支度が早くて助かるよ」
『彼女と比べられると流石に困ります』
言って、手早く部屋に施錠をしたハジメはトリニティを連れて、定宿である〝安楽の枕亭〟を出た。しかし、毎度思うのだが、枕は別途サービスなあたり、この名前には偽りありなのではなかろうか。
それにしても、相変わらず酷い街だと思わずにはいられないハジメ。
乾燥して砂交じりの空気。諸所が剥落しているにも拘わらず、直す気が全く無いだろう石畳の道を挟んで立ち並ぶ、どれ一つとして真っ直ぐに立っていない建物。酷い物であれば、何処からか拾ってきた鉄骨を支え棒にして、無理矢理立たせている物もある。
そして、街の中心部には煙突が数本聳え、元気にもくもくと煙を吐いていた。
アーモリー、その由縁となった工廠の煙だ。看板が崩落して〝兵器工廠〟部分だけが読めるようになった、廃棄世界の残骸の生き残り。街の中心部して財貨の源であり、力の結晶。
あの煙が立ち上っている限り、この街の枯れて掠れた栄華が衰えることはないだろうが、だとしてもあまりにも色のない光景だ。
そして、それに似合った仲間達。
「いくぞ」
如何にもガラが悪そうにしゃがみ込んで座って待っていたデルタとクイン、そして貴族然として優雅に壁へ背中を預けていたトワイラが何も言わずにハジメに続く。
向かうのはアーモリーの中でも中心部に近い、富裕層が住む区画だ。
ここは落着時の衝撃がマシだったのか、綺麗な建物が多い。
その中でも一際豪奢な洋館があった。街の風情に似合わないが、絡み合った蔦やレンガの風化具合からして、後で作った物ではない。むしろ、街ができる前からあったとする方が正確なのだろう。
「ハイランダーに呼ばれてきた」
「お話は伺っております。どうぞ」
そして、その館は警備が厳重だ。パイプガンではない、発掘品と思しき自動小銃を担いだ緑色の肌をした小人、ゴブと呼ばれるペルディトゥスの一種が無線機越しに上階に声をかける。すると、屋上で軽機関銃をカメラ用の三脚を改造して銃座に仕立てていた私兵の一人が、敬意を示すためか銃口を天に向ける。
凄まじい護りだ。ここを落としたいならば十分な装備をした兵士が一個大隊いても足りなかろう。内部には更に多数の私兵と、腕に覚えのある食客が十名以上。更に擲弾や〝対装甲兵器〟も備えているため、下手をすれば旅団規模で押しかけても、重砲や航空支援がなければ追い返されるやもしれぬ。
相変わらず物騒だなぁと思いつつ館に入れば、広々としたエントランスで一人の壮年男性が待っていた。シヴィラツィオの〝陳腐化して久しい〟古風なフルプレートアーマーを着込んだ美丈夫だ。
豊かに波打つ長い黒髪、それに負けぬほど長くて整えられた髭。厳めしい威厳のある顔付きを更に威圧感で装飾して尚も似合っていると表現する他ない彼は〝伯爵〟と呼ばれている。
本名は誰も知らない。必要などなかろうと、当人が名乗らないからだ。
「来たか」
「お召しと伺い参上仕りました、伯爵」
謙り、胸に手を当てて深々と礼をするハジメ。礼節を守った〈魅力〉ある振る舞いに満足したのか、伯爵は無言で背を向けた。
こういった場面では、いつも一党の顔役を務めるのがハジメだ。元貴族の――彼女は現役のつもりでいるが――トワイラは、気位が高い上に、元々が十指に入る王位継承権の持ち主だったこともあって、却って向いていない。他の三人とて五十歩百歩というところだろう。
故に、まだ真っ当な倫理観と価値観、そして自らを無為に高く置こうとしないハジメが〝まだマシ〟として口を開くのである。
着いてこいと促す背中に、五人はぞろぞろと従った。
二階に繋がる階段を上がり、絨毯を踏みしめ、警備兵が転々と立っている廊下を歩くこと数分。巨大な館の迷路染みた、案内がなければともすれば迷いそうな道順を辿って辿り着いたのは、長い直線の廊下のみで繋がれた豪奢な扉であった。
そこを一人の男が守っている。
トロウル、そう区分されるペルディトゥスだ。体躯は3mを越え4m近い。特に大型で知られる種族の中でも更に大きく、シヴィラツィオには余裕がありすぎる空間でも狭そうに身を屈めていた。
「やぁ、フォエドゥス」
「ム、来た、か」
トロウルは〝かつての世界〟では圧倒的な体躯から畏怖の象徴であったが、大口径銃が気軽に手に入る〝この世界〟において、往事ほどの戦力はない。
今となっては知能の低い木偶の坊、との評価が馴染んでしまい、言葉が達者な個体が少なく、知能の低さも相まって、自認なき奴隷に落ちている個体も多いくらいだ。
それでも、この男を軽く見る者はないだろう。何せ、・50BMGを装填した重機関銃を小銃のように構えているのだから。
クラスⅣのボディープレートを仕込んでいようが、薄紙のごとく引き裂く鋼の嵐を水平に降らせる重機関銃。それも丁寧に整備された代物を大型種族が扱えるように改造した逸品をトロウルが装備しているとなれば、それはもう人型の装甲車と大差ない。
喩え百倍の敵がいようと軽々薙ぎ倒すであろう最後の門衛が、人間の首くらいはありそうな怖ろしく野太い指で、器用に扉を開ける。
すると、むわりと香る甘い匂いが廊下に吹き込んだ。
香を焚いていたのだろう。上等な沈香の香りにハジメとトワイラは心地よさを覚えたが、どうやらデルタとクインには気に入らなかったらしい。鼻を不快そうに覆って見せる。
そして、臭覚センサーがあまり機能していないらしいトリニティは気にしていないようで、誘われるがままに部屋へと入っていった。
そう、そのまま。
ボディチェックの一つもなしにだ。
これは彼等が信用されているというよりも、彼等如きでは部屋の中の存在をどうこうできると思われていないからだろう。
実際、それだけの格を放つ存在が待っていた。
部屋の四分の一を占めるであろう寝台。巨大で清潔な寝床には数人の美男美女、美少女美少年があられもない姿で寝転がり、気力が尽き果てたのか気絶するように眠っている。
その最奥、ベッドサイドに背中を預けるように一人の人物が座っていた。
「待ちかねたぞ」
それは童女だった。怖ろしく目鼻立ちの整った、この世の造形美の全てを費やしたかのような美しさには、現実味がなくて酷く怖ろしいさすら感じさせる。
見た目は十に達するかどうか。一見すればシヴィラツィオのように見えるが、まるで存在の格が違うと一目で分かるが故、同族は「あんなのと一緒にしてくれるな」と否定するであろう。
更に出で立ちが神秘性を増す。
寝台の方々に向かって広がる、体躯の倍以上は長い黒髪。それが破廉恥に、しかし楚々と体の秘所を隠し、薄暗い照明越しに来訪者からの視線を遮っていた。
いわゆる神がかり。何か神聖なものすら感じられる淫靡さを纏った童女は、くすくす笑って玻璃のグラスから血色の酒を呷った。
彼女こそがハイランダー。
高地人、ひいては天上人。
人ならざる者として認識されるが故、そう呼ばれる、この街で一番の斡旋屋。つまるところのフィクサーだ。
噂ではアーモリーが成立する以前より、この地に強い根を張って支配力を確立し、千年は生きているという話さえある。
抱えた財貨は館から窺えるように膨大で、世界の全てを買えるとさえ言われるほど。
それに裏打ちされる兵力は凄まじく、指を鳴らすだけでアーモリーの工廠が提供する、一級品の銃器で完全武装した五百の醜男が集まる規模だ。
正にこの地の支配者。
その支配者に呼び出されることに五人は、今となっては慣れていた。
最初は緊張したものだ。どんな無茶な仕事をさせられるのかと。
しかし、今となっては慣れたもの。
ハイランダーは寛容だ。特に、自分の無聊を慰める依頼を完璧に熟す者に対しては。
「ハジメ、息災であったか?」
「はい、おかげさまで、日々恙なく過ごさせていただいております」
「おかげさまでか」
くつくつと笑いながら、ハイランダーは酒を乾すと、一つでアーモリー・リボルバーが買えてしまえそうなほど上等なグラスを雑に寝台の上に放った。
「では、妾のせいで無事ではなくなるやもなぁ」
「御身からの依頼であるのならば、鴻毛の如き身を挺するに十分かと」
「くくく、愛いのう、汝は。部を弁え、それでいて諦めているのが愛い。散って風に舞い、されど地に落ちぬ花弁のようで愛いのう」
彼女が笑いながら指を鳴らすと、音もなく入室していた伯爵が一枚の紙切れを差し出した。
地図だ。詳細とは言えないが、少なくとも方位と現在位置が分かれば辿り着ける程度には精巧な。
「三日後に世界が棄てられてくる。またこの世界に。世界の果てのゴミ捨て場に」
くつくつと笑う天上人。
そう、この地の果てがあまりに雑多なのは〝世界が棄てられる場所〟であるからだ。
シヴィラツィオは文明を喪失した。
ペルディトゥスは神々の奇跡と加護、魔法の煌めきを喪った。
フラグメンテ・マキナは星間文明を築くほどの技術を破壊された。
サバイバーズは、最後の縁といえる文明の崩壊した故郷さえ破却された。
そして、この廃棄場で生み出されたチルドレンズは、何も与えられることなく産声を上げた。
ここはワールドエンドスクラップヤード。
世界の果てのゴミ捨て場。
小神格の託宣は、また棄てられてくる世界の残骸。それを漁り、様子見をしてこいと告げる。
誰も否は言わなかった。
ここで生きて行くには、絶えず棄てられてくる世界の残骸を漁るしかないのだから。
ゴミ捨て場にも生命はあるものだ。
たとえウジやカラスのようだと言われても、彼等は諦めない。
生き延びる。それが、勝手に自分達を生み出して、勝手に見限った世界の持ち主だった存在に対する反逆であると信じて…………。
〈World Talk〉廃棄場の人種
現地球環境にいる人類に似た種族〈シヴィラツィオ〉
高い魅力や教養による適応力に富むが、汚染区域に向かない脆弱な肉体である。
(ハジメの業運は、単に《悪運》の消費と行動が上手い、プレイングによるもの)
魔法と奇跡を喪った多様な幻想種族〈ペルディトゥス〉
衰微した神秘を伝え、超科学の効果を受けない。体格によって装備制限がある。
5つの小種族(アドラー・ドヴェルク・ゴブ・オーガ・トロウル)に分かれる。
(トワイラは妖精種〈アドラー〉[大柄]の貴族で、筋力による白兵戦特化型)
朽ちた超科学の残滓に縋る機械種族〈フラグメンテ・マキナ〉
基礎能力は高いものの通常の回復をすることができず、神秘の効果を受けない。
(トリニティは歌姫という設定を用いたロールプレイで判定に上乗せをしている)
既に崩壊していた世界での生存者達〈サバイバーズ〉
敏捷と器用が高く応用性と生存性に長けるが、周囲と協調することができない。
(デルタはハジメのおかげか『アレで』マシな方である。連続攻撃のスキル持ち)
廃棄世界で産まれた新しい現生人類〈チルドレンズ〉
多様な方向性を伸ばせるが、教育を受けていないため技術的なことができない。
(クインは『幼女である』という異形であり、斥候の立ち位置を自認している)
今後のブラッシュアップにつながり、TRPG本体の洗練にも繋がるため、コメントなどいただけると嬉しく存じます。




