4-10
制御室の中は荒れていたが、それは慌てて逃げるために色々と投げ捨てていったといった様子であり、書類が散乱している程度に留まっていた。
しかし、本当に急いでいたのだろう。コンソールの上にはコーヒーのカップが残っていたり、食べかけのエナジーバーなどが放置されていた。
そして、多くのPCは立ち上げられたままで、スクリーンセーバーが表示されてチラついていた。キーボードの並びは見たことのない言語で表記されているため、翻訳機でもなければ操作するのは難しかっただろう。
また、中央制御系と思しきコンソールには大量の表示、無数のインジケーター、それから何らかの指令を下すボタンやレバー、触れてはいけなさそうなカバーのされているスイッチなどが連なっている。
複雑さで言えば、ハジメは飛行機の操縦系統を思いだした。世界が平和だった時、シミュレーター系のゲームで触り、これは変態か天才のオモチャだと思って、直ぐにやめてしまったの代物だ。
これを推察して正しく操作しなければならないのが自分であったら、頭がくらりとするが、今回は専門家が付いているので問題ない。
「で、トリニティ、どれを弄くれば良い?」
『しばしお待ちを』
彼女は指先をコンソール脇のコネクタジャックに突っ込むと、数秒の後にコンソールの一部がスライドして、内部に可能脳されていた操作盤が浮き上がってきた。
長方形の板の上には三つの鍵穴が備わっており、それぞれが砕かないと開けない硝子の蓋で封印されていた。普段は露出せず、特殊なコマンドを受け付けないと表にすら出さないとは。凄まじい警戒である。
『これを叩き割ってください。それから鍵を差し込んで、誤差プラスマイナス一秒以内に鍵を捻れば、硫化アンチモンが注入されます』
「おおー、雰囲気あるな」
万が一を考えて、最終終了処置には複雑なプロセスを踏むようになっているようだ。鍵の差し込み口下方には入力用パネルが付いているが、そこは既に完了を意味するであろう、グリーンの文字が浮かんでいた。
「トリニティ、こいつは何だ?」
『本来は金庫に封印されているキーを打ち込む必要もありましたが、そこはロガーで対応しました』
デルタが指さして問えば、そういった答えが返ってきたのだが、興奮したのはハジメであった。
「それってアレだろ!? 何かプラスチックのケースに入ってて、バキって割って中から紙を引っ張り出すヤツ!」
『ああ、それなら各責任者のオフィスで金庫にしまってあるはずですが』
「割りたかったー!!」
何か大事な機会を逃したように残念がるハジメを四人は不思議な顔で見ていたが、これは映画が好きだった彼にしか分からないロマンだろう。
たとえば国家の命運を左右する、原潜の核ミサイル発射フェーズ。大統領府で大統領が封印された起動パスの書かれた紙を封印したパッケージを割り、そのコードを送信。更にそれを受け取った船長が対となる後半のパスワードを書かれた封印を割って入力。
そういった物に憧れるのが男の子なのだ。
特に映画や漫画にドップリであった、若干ナード寄りの〈シヴィラツィオ〉には、思い入れが強い物が多い。いい年した傭兵であったとしても、シヴィラツィオであれば、この光景をみたらやりたがっただろう。
『ですが、この鍵の差し込み口は叩き割らないといけませんよ』
「マジで!?」
露骨に喜ぶハジメの歓喜が分からない四人は、一人で全部割っても良いぞと譲ってやったが、そうではない、そうではない。
「全員で割るから楽しいんだろ!」
「お、おう……」
力説する姿にデルタは引いていた。銃のパーツに拘っているところは見たことがあるが、この異様なテンションは初めて見た。何と言うか、目がギラついていて少し怖い。
「えーと、じゃあタッパ的に俺とトワイラとお前か」
「硝子なんて素手で割って大丈夫なんですの? 手が痛くなりそうなんですけれど」
『ご安心を。カバー用の特種硝子なので、割っても手が痛くないよう作ってあります』
「だとしても気品に欠けますわねぇ……」
俺真ん中ね! と他を置き去りにするノリでハジメがポジションに着くと、三人は拳を振り上げて、ほぼ同時にカバーを叩き割った。
そして、掌で破片を払って鍵穴を露出させると――硝子は細かい破片にならない仕様であり、鍵穴を汚染することはない――トリニティが鍵を配っていく。
『刺すタイミングはバラバラでいいので、回すのは同時でお願いします』
「じゃあ三つ数えるからな!!」
「なんでコイツ、こんな楽しそうなんだ……?」
「殿方は訳の分からないことでネジを外すことがありますものね……騎士を労う宴でよく見ましたわ」
カウントダウンに従って、ほぼ時間がズレることなく同時にキーを捻ると、中央制御室が真っ赤に染まった。警告灯が回り、録音された音声がメッセージを発する。
最終終了処置が開始されました。作業孔にて活動中の全職員は退避してください。
そう無機質に繰り返す音は、マイセリウム・メサイアに取り付いて作業している作業員の撤収を促す物。しかし、無用の心配だ。最早この施設において、生死が重要な人間など五人しか残っていないのだから。
部屋が震え、ガコン、ガコンと音を立てながら格納孔の中にパイプが伸びていく。特殊コーティングが施され、本来ならば鋼鉄さえも溶かす液体を注ぎ込む特注品から、純硫酸がオモチャに見える酸性度の液体が注ぎ込まれた。
五フッ化アンチモン。その液体は無色ながら大気と反応してしゅうしゅうと嫌な煙を上げ、蜂蜜の如き粘性を帯びて垂れていく。
そして、巨大な菌類に触れると、爆発的な融解反応を起こして硝子の向こうが真っ白に染まった。
執拗なまでの破壊。有機体から化学反応によって水素と酸素が強引に抜き取られて行き、生体部品があっと言う間に炭化する。焼き焦げるそれと違って、置換されていく反応に歯止めはなく、無慈悲なまでに高度な知性を持つに至るネットワークを蝕んでいく。
それだけではない。態々テルミットなどの簡単な爆破作業で済まさず、五フッ化アンチモンにて行い、仰々しく最終終了措置と呼ぶのは、ただ焼き滅ぼして情報を隠匿することだけではないからだ。
アンチモンに含まれるフッ素は、触れれば細胞内に含まれる塩基配列コードやタンパク質を自らと置換し、完全に破壊する。火を放つのでは甘く、この巨大生体電算機を生み出すにあたって、自社で改良したDNAの欠片さえ残すつもりはなかったのだ。
情報保全のためには、蓄えておくことさえ困難な化学薬品で滅却することが最適だと考え、他の見積が甘かった警備計画とは逆しまに、情報秘匿だけは執念的、かつ徹底的に行われる。
ぼたりぼたりと黒ずみ溶けた液体が垂れていく。支持架も梁も巻き込んで、世界を黄昏に導いた知性が化学反応の煙に溶けていった。深淵の縁に落ちていく落日の名残は、滅び去った世界を追うように暗闇へ消える。
しかし、それを眺めている一行にこれといった感慨はない。
なにせ、このスクラップヤードには、世界を終わらせるに足る物が十分過ぎるのだから。
世界を一つ滅ぼしただけの物に感傷を抱いていては、神々の廃棄場で長生きすることはできない。
傭兵の仕事に考察も感傷も、惜しむことも不要だ。ただ、生存の障害を排撃するだけである。
「これ、あと何十分も見つめる必要あるか?」
『いえ、凄まじい速度で融解しております。この最終終了措置は五分以内に完遂されるよう設計されたので、皆さんが煙草の一服を終える頃には分子一つ残さず崩壊するかと』
それならばと、好いたように煙草を取りだして一服をつける三人。クインももう一度エナジーバーで運試しを試み、今度は大当たりのチョコ味を引いたようで嬉しそうにしていた。
煙草の紙を焦がす音が、菌類の溶ける断末魔の中に溶けていく。
各々適当な間隔で煙を吐き出し、燃え尽きるころにはそれも終わった。
「さぁて、帰るか。トリニティ、これ」
『ああ、ハイランダーの記憶媒体ですね。施設の情報と、私の主観データを移しておきます』
ハジメがトリニティに手渡したのは、小さなスティック状の記憶媒体だ。ユグドラシルから纏めて発掘されることの多い、供給が安定しているフラグメンテ・マキナの遺物であり、その容量は非常に情報密度の高い数クエタバイトにも及ぶミッションログを放り込んでも破裂しない。
人間より高精度かつ高密度、そして通常なら記録できないような波形まで読み取るフラグメンテ・マキナの記憶データを十全に保存して尚、余裕を見せるそれは、倒壊したユグドラシルの世界が如何に発展していたかを偲ばせる。
しかし、そこまで育ち、豊かで、戦争の名残が見えた訳でもない世界を神は何故棄てたもうたのか。
ハイランダーは「飽きたのだろうさ」と嘲笑っていたが、世界が棄てられる基準は誠に謎である。
今のように日が沈みきり、住民の全滅が止むない世界を諦めてリセットを試みるのは、ゲームを嗜んできたハジメには分かる。
だが、発展して豊かで平和であった世界まで棄てられるのは何故か。
自分達を棄てた連中に文句を言いたくとも、届きはしない。
「さて……ぼちぼち価値のあるもん拾いながら帰るか」
だから代わりに生きるのだと内心で独り言ち、彼は撤収を宣言した。
「しかし、碌なもんがなさそうだな……」
「この手の施設はどうにも煙草やらが手に入らねぇからなぁ。武器庫から弾しこたま持ってくか」
「優雅な物も足りませんわね。わたくし、今回の報酬は弾で貰って良いかしら」
「ハジメ、チョコ、ない?」
「あー、購買があったか、トリニティ、地図出してくれ。それと、持って帰る弾選びたいんだけど、今需要高いの何? 小口径高速弾?」
『地図情報を検索します。それと現在は変わらず大口径が人気ですよ。重機関銃を拾った武器庫で軽機関銃用の弾丸を拾っていくのがいいのでは?』
報酬として約束されている背嚢一つの持ち帰りの内容を語りつつ、上に戻れば痙攣していた巨体のゾンビは完全に動きを止めていた。司令塔が細胞の一つ、DNAの欠片まで滅却されて制御を失ったのだろう。
他も似たようなもので、最早脅威たり得なかった。
となれば、ここは直ぐに新人の漁り場となって、碌な物は残るまい。
ならば、一番乗りとして一等良い物を手に入れなければならない。
「医薬品も価値は高いが……」
「あんなイカレたモン作る会社のブツ持って帰ってどうすんだ。俺はここで薬品っぽいものを、金輪際いっっっさい触らないからな!!」
「それもそうだな。しかし、マジで戻れてよかったよなお前」
「流石にあのままだと河岸を変える必要あったでしょうものねぇ。それこそ、前に奪還した娼館とか」
HAHAHAと笑う二人に思わず愛銃に手が伸びたハジメだが、報酬欲しさに後ろ玉を喰らわせるクズのような行為に手を染めたくなかったので、理性を働かせて止めた。ただ、何らかの形で報復をすることは堅く誓ったが。
背嚢の中身は、示し合わせて弾丸がたっぷりと詰め込まれることとなった。それと、入り口に吊してあった、黄色い耐環境服。
ガスマスクを被り、隔壁の外に出る。
荒涼としたガラス質の砂と灼けた土。風が弱まったからか、クレーターの各所でゾンビ達が命令を失って倒れるか、所在なさげに彷徨っている様が見えた。
「さぁてと、帰るかぁ……」
「ま、ハイランダーからの特別報酬は気になるところだな」
「それはもう弾んでくれるんでしょうとも」
「チョコ、たくさん、かう」
『それより皆さん、帰ったら確実にシャワーを浴びてくださいよ。ここの粉塵は酷いです。各放射性物質をアーモリーに持ち込んだら顰蹙ですから、どこかで体を拭いましょう』
既に脅威でなくなった物から興味を失い、去って行く傭兵達。
これだけドライで感傷を抱かないのがスクラップヤードで長生きする方法だ。
神々が棄てていくゴミ箱の片隅は、一時の安寧を得た。
しかし、皆、それが永遠でないことを知っている。
故に剣を研げ。銃を手放すな。常に警戒しろ。
これこそが、いつ終わってもおかしくないスクラップヤードの日常なのだから…………。
はい、少し長めのセッションでしたが、無事全員生還!! いやぁ、キャラを殺そうとすると止める人が多くて……。いや、今回はマジメに転がした結果なんですけどね。下手な所で悪運が強いのは正にハジメという感じでした。
さて、本日19:00、これの更新と同時にBOOTHにて〈WORLD END SCRAPYARD〉のアーリ版を紙媒体より一ヶ月の早期頒布いたします!
フルカラー豪華イラスト陣による種族紹介及び、Schuld書き下ろし挿絵付きSSが掲載!!
更に、TRPGの欠点であるコンポーネントに友達がついてこないという問題を解決するべく、私他制作陣が常駐する専用サーバーを設置し、その招待状が付属!! これで遊ぶ相手がいないという問題が解決されますよ!!
500円で頒布いたしますので、是非是非どうぞ!!
小説家になろうでは、直接リンクをはれないので、お手数ですが作者Twitter(君はXなんて洒落たもんじゃないんだ、イイネ?)か検索してお願いします!!
また、流石に書き溜めが尽きたので、これからは最低週一更新とさせていただきます。
これは発売まで延々続く予定ですので、気長にお付き合いくださいね!




