4-9
ごろん、と肉の塊が落ちる。
ハジメの体、その背に肉が集中していったかと思えば、急に剥落したのだ。
生肉を地べたに落としたような音ではなく、肉と骨の詰まった複雑な機構がぶつかる音。
子供一人分は優にあろう質量が転がった音の後、残ったのは小さな体。
体重160cm、体重50kg弱、体脂肪率15%の鍛えて絞っているが、それでも痩せた体。
ハジメ元来の肉体であった。
「……は? 何? 俺、生きて……あっ、声が! 声が低い! 戻った!?」
ばっと立ち上がるハジメの股座には、少し前に家出した〝モノ〟が帰ってきていた。そして、胸を占有していたデッドウェイトも姿を消している。顔付きも多少男性らしさが戻り、元々他人種からすれば幼すぎるそれが元通りだ。
「うお、マジか、完璧に戻ってやがる」
「え、えぇ……なんですの……? 性転換の奇跡は見たことがありますけれど、なんか、こう……生々し過ぎる……」
「ハジメ、まるだし」
「うおっ!?」
幾ら気心しれた仲間とはいえ、下半身を見られるのは恥ずかしかったハジメはクイックドロウ並の速度で隠し――彼の名誉のために言っておくが、シヴィラツィオでも東方系のそれは非戦闘時に“本気”を出さない――デルタに早く背嚢を寄越せと頼んだ。
「ほらよ」
「放るな!」
とりあえずズボンを受け取って急いで穿いた彼は、ノーパンのまま硬い繊維と陰部が擦れ続けるのは不快なので、早々に新品を手に入れようと心を決めた。これだけの人間が寝泊まりしている施設なら、購買の一つもあろうと考えて。それに、この世界に何年もいて、死体から服を伯事もあるのだ。最悪、洗濯していれば使用済みでも構わない。
「はー……やっと落ち着いた」
「わたくしも、ようやくしっくりきましてよ。あなたのつむじが見えないと別人のようで」
「うるせぇ! 撫でるな!!」
「30年も生きてないヒヨッコなんて子供扱いで上等でしてよ」
ほほほほほと笑うトワイラを振り払おうとしても、悲しいかなリーチが足りない。蹴りを繰り出そうにも、圧倒的な上背の前には手より長かろうと意味がなかった。
クソッタレと怒鳴るハジメをおいて、トリニティはハジメの背中から脱落した肉腫を眺めていた。
『これは……』
「その巨大できもの、何が詰まってるんだ?」
『骨と肉、それと内臓です』
「えっ……?」
『不要になった部分を纏めて棄てたようですね。子宮などの女性特有の臓器、また筋肉、骨の塊です』
「え、じゃあさっきまでの俺、徹底的に女だったわけ……?」
『どうやらアイオーン・バイオメティクスは菌糸研究と、人体複製研究を噛み合わせ、エリート兵士を作る計画を行っていたようですね。当人の染色体に眠る最大のスペックを発揮させ、最も戦いに適したボディに造り替える。複合プロジェクト、ストラディオット・アルケイデースの産物です』
その結果が女体化というのは非情に腑に落ちないという顔をするハジメに、トリニティは奇跡的に破壊されていなかったコンソールのケーブルを抜き、データバンクにアクセスすることで確信を得たようだ。
『実験段階ですが、肉体の再生作用もあるため試験的に配備されていたようですね。開発名称はX-22。ただ、使用後24時間以内に同薬品を使用し、増強部分を切り離すことと注意がされていますが』
「なんでだよ。スーパー兵士を作るなら、そのままでいいじゃねぇか」
何だってまた戻すのだと問うデルタに、トリニティは恐らくこれがゾンビ化の大本だからではないかと応えた。
「えっ……」
『どうやら菌糸が神経を上書きした上、増殖して肉体を賦活、染色体構造をどうのこうのする仕組みらしいですね。つまり、24時間以上使い続けると菌糸が固着して神経が駄目になるそうです』
「なんでそれを量産した!?」
ハジメには全く理解できなかったのだが、現場判断でとりあえず使ってみようとなったのかもしれない。あるいは、生の実験データが欲しかったのか。
深くデータバンクに潜ればそれも分かっただろうが、今は重要ではないので後回しで良いじゃないかとデルタが止める。
それに、これだけ異常な薬を作っていたのであれば、マイセリウム・メサイアとやらが菌糸を地上にまで伸ばし、全ての人類を自分の苗床にしてしまおうとした意図も読めるし、可能性も分かる。
つまり彼等は、虎視眈々と増殖を狙っていた巨大キノコに、人類を黄昏に導く兵器の設計図を引かせてしまった訳だ。
「……馬鹿馬鹿し。さっさと焼いて帰ろうぜ」
「だな。厄ネタは燃やすに限る」
「わたくしも、この光景には飽きて参りましたわ」
「……って、いや待てよ? 俺は触れただけで〝ああ〟なったが……クイン、大丈夫かお前?」
ハジメは心配そうにしゃがみ込み、クインのフードを脱がせて顔をぺたぺたと触るが、特に異常はない。
手首と喉の形は子供故に性差が分かりづらいが、少年と少女で明確に異なる膝小僧の形状はきちんと少女のもの。
「ナリは変わってないな……何か心臓がドクンって来たり、偏頭痛がしたりはないか?」
「へーき。げんき」
何でだ? 子供には効かないのか? と首を傾げるハジメに、呆れたようにデルタは言った。
お前らが浴びたら肌が爛れる雨を啜って生きてきたのが〈チルドレンズ〉だろうと。
そういえばそうだ。クインは姿こそ〈シヴィラツィオ〉や〈サバイバーズ〉の童女めいているが、この汚染溢れる世界に生まれた〈チルドレンズ〉であり、他の人種が飲んだならば、喉が爛れて死ぬか、重篤な汚染によって病になるか、謎の変異を遂げる水を啜って生きてきたのだ。
その抵抗力は他の人種とは比べものにならない。
つまり、菌糸とてゴミ捨て場の申し子には勝てなかったというわけだ。
「……なんか、設定もオチもB級だなぁ……」
「ご都合主義極まりねぇしな。ガキの頃に見た深夜のケーブルテレビよかマシだが」
「何やってたんだ?」
「薬品垂らされたキノコが人食いキノコになって襲いかかってくるヤツ。シーツ被ってゴミ箱の蓋をカサにしたチープなキラーキノコだよ」
「クオリティじゃこっちのがマシか」
金の掛かったB級とチープなB級の違いしかなさそうだが、棄てられた世界のクソ映画にまで興味を持てなかった一行は、そのままマイセリウム・メサイアの管制室に向かうことにした。
施設の最重要区画というだけあって、地上で混乱が起こった時にロックダウンされたのだろう。何枚かの隔壁を開け、三つのセキュリティールームを抜けてから大きなエレベーターへと辿り着く。そして、その向こう側に強化硝子を隔てて作られたのは、巨大な縦穴の空間だった。
「なるほど、あのデカイ蓋はコイツのためか」
「デカいのを運び込むのに使ったか、あるいはデカく育ったら株分けして、次を運び出すためか……」
深淵を覗き込むような闇の底に、それは浮かんでいた。
正確には、縦穴に張り巡らされた梁やケーブルの支持体に支えられて宙づりにされている。
茶褐色をした粘菌の塊は、まるで何らかの肉腫めいていた。方々に突き刺さるように埋め込まれた支持架は、重力に負けないよう、そして規格外の大きさに育つよう補助するべく挿入されたのであろう。
それに方々からケーブルが繋がれている。
水分を供給する物、栄養を送り込む物、謎の液体を抽出、あるいは流し込んでいる物。それと、電算機として運用するため、情報を入出力するための大量の電子ケーブル。
正にキノコでできた、超巨大な生体コンピューターだ。
『推定重量、6.75tと計測。間違いありません、マイセリウム・メサイアです』
大深度に降りていく必要もあって、長く長く下っていくエレベーターで最初は圧倒されていた皆も、その内に「まぁ言うてデカイ以外の感想はないな」と直ぐに興味を失い、数分の下降に必要な時間を潰し始める。
ハジメはやっと帰ってきた、思い通り動くようになった体でシケモクではない上等な煙草を堪能し、デルタはシガーキスでもらい火をして、同じく彼の懐から掠め取ったシケモクで一服。
トリニティは煙でエレベーターの緊急停止システムが発動しないようオーバーライドを行い、トワイラは瞑目して壁に背を預けて優雅に佇む。クインは習性なのか、壁に向かってしゃがみ込み、パニックルームで拾ってきたエナジーバーらしい包みを開けていたが、その色が茶色でないことを認めると落胆の息を吐いた。
甘いには甘いだろうが、チョコ味がよかったのだ。
「しかし長いな……ん? なぁトリニティ、階数表示おかしくないか?」
『……あれ? おかしいですね。バグでしょうか』
液晶画面のモニタには、本来現在の階層と告知事項が――先程までは第一種警戒体制と虚しく文字が流れていた――表示されていなければいけないのだが、急に青い画面を覗かせたかと思えば、文字がちらつき始めた。
そして、文字列が表示される。この世界での文字だ。
『……見えていますか? 今、貴方達に直接話しかけています。だそうですが』
「あー、お約束のパターンだな」
携帯灰皿に灰を落としつつ、ハジメはここまで捻りがないとは、そう言って頭を振った。
『捻りがない、とは?』
「命乞いがしたいのだろうさ、救世主様は」
『……まさか。経済用コンピューターとしか接続されていないはず』
「調べてみろよ、電子の唄姫。どっかの回線をジャックしているはずだぜ」
『……本当ですね。電装系の一部に侵食しています。まさか、菌糸を施設内に張り巡らせたのは、ゾンビをコントロールするためだけではなく、施設全体を乗っ取るため?』
だろうなと言いつつ、ハジメはハイランダーの託宣に従って、素早く侵入できた〈悪運〉に感謝した。
電送系統を弄くってパネル越しに会話できるだけの知性があるというのであれば、あの地面に張っていった編み目は、その内に施設内の制御系を全て乗っ取って、この〝Site-Ω〟を自分の手足にしてしまっていただろう。
そうすれば、施設に侵入するだけで〈電脳調律師〉だったフラグメンテ・マキナを小隊規模で集めるなどして、盛大な対抗電子戦を繰り広げなければ内部に侵入することさえ困難になったはずだ。
そして、全ての自動警備システムが牙を剥く。隔壁によって部隊は寸断され、大量のゾンビと交戦せざるを得ない道を歩むほかなく、そして深奥に辿り着く前に損耗しきって強力な変異体相手に全滅させられるわけだ。
もし現状で始末できていなかったら、何百人も集めて、何度も失敗して大量の死者を出しつつ、諦め悪く攻略隊を送り続ける必要があっただろう。
経済圏にとって凄まじい打撃となったはずだ。
「トリニティ、対抗電子戦を頼む。このままエレベーターを止められちゃ堪らん」
『既に始めています。汚染されたネットワークを隔離して、迂回ルートで再設定しているところです』
これを遠隔でやれるのが専門技術者の怖いところだ。
といっても、サバイバーズの〈フィールド・エンジニア〉やシヴィラツィオの〈製造業者〉であれば、危険性を感じ取って対抗策を打つこともできるので、何もSF世界の住人だけに許された特権ではないのだが。
あるいは、他に多少危険は伴っても、下に降りるルートはあったのかもしれない。
「お、表示が正しく戻った」
「トリニティ、悪いが作業続行だ。これから延々命乞いとか、訳のわからん理屈を聞かされるのは御免被りたい。俺の頭はもう一杯一杯だぜ」
『畏まりました。完全に隔離してみせます』
エレベーターのコンソールに取り付いて、普通の人間には理解できない二進数の攻防が始まる。そして、電子世界を制圧しうるだけの経験を重ねてきた、ただの生声歌唱がウリの店で働いていたフラグメンテ・マキナは、エレベーターが目的地に到着する頃には満足そうな顔をしていた。
「終わったか?」
『施設の全点検をしました。少し面倒で腹が立ったので、完全に隔離してやりましたよ』
この辺りの人間らしいところがあるあたり、やはりガイノイドであって、フラグメンテ・マキナが彼等・彼女等に人権を与えたのにも納得が行く。面倒な仕事を必要だからといってやるしかなかったとしても、憤りの一つ二つは覚えるものだ。
その溜飲を下げるため、余計な仕事を増やした相手に嫌がらせをするなど、実に可愛らしくて人間臭いではないか。
中央電算管理室に辿り着いて開いた扉の向こうには、巨大なモニタの群れと大量のコンソール。そして、強化硝子越しにマイセリウム・メサイアが見える。
かつてはここで働いていた者達は避難していたのか、幸いにも大量のゾンビがお出迎え、ということも起こらない。
鍵は揃った。妨害も排除した。
あとは、世界を黄昏に導いた、菌糸でできた偽りの救世主に引導を渡してやるだけである…………。
よかったねハジメくん、家出していた物が帰ってきて!
ゲーム的に言うと変異を起こす、これといって異常を起こさない選択肢を選べる、異形になるor異形解除を奇跡的に踏みました。リアルダイスを転がした結果です。




