3-1
傭兵の朝は別に早くない。
「あー……ちっと飲みすぎたかな……」
四つの鐘が鳴った時に目を覚ましたハジメは、頭を掻き毟りながら寝床から這い出した。
時刻でいえば十時過ぎ頃であり、起床時間を考えると大分怠惰な方だが、これは彼がもう〝黙っていても仕事が来る〟領域にあるからだ。
何故か死なない男の名はアーモリーのみならず近郊に知れ渡っており、場合によっては以前のハイランダーから呼び出しを受けた案件の如く、ご指名を受けることもある。
だからせかせか早起きして、仲介人もやっている酒場の主や、フィクサーやブローカーを追っかけて、一本でも煙草を稼げる仕事を探すのを血眼になる必要がないのだ。
逆を言えば、駆け出しのトラップドアやパイプガンを担いだ新人は、自分を売り込むために無茶な仕事であろうが、探し出すために追いかけ回さないといけないのだが。
とはいえ、仕事を探さないで済むのが幸せとは限らない。
少なくとも、カルカロフのように凄まじく取りづらい球を放ってくるフィクサーだっているのだから。
「ふぅ……美味い」
目覚めの一服をキメてから、軽く部屋を見回す。
寝て起きてから身の回りの安全を確認するのは、最早生態となりつつある。
一度、煙草と弾を盗みに来たのか、それとも嫉妬で殺しに来たのか、起きたら部屋の中で盗人がくたばっていて最悪の寝起きを体験したことがあるのだ。
その時は現場の様子から見るに、まだ安全装備を十全に確保できていなかったし、トリニティと連む前だったので、盗人が買った安物のジップガンが暴発して勝手に死んだようだが、ともあれ最悪の朝だったので何事も起こっていないか確認するのが癖になっている。
部屋に異常がないことを確認してから、ハジメは取りあえず胃に何か入れるかと物入れを漁った。
買い置きしてある、どこの世界から流れ着いたかも分からない缶詰。布に包まれている緑色の園芸用吸水性スポンジめいた合成食料。作りが雑なのか怖ろしく硬くて臭いがキツいチーズに、焼き締めてあって何かに浸さないと囓ることすら困難なパン。
買い置きはこんな物であるが、ハジメは面倒だからと緑色のブロックを掴んで包みを破いた。
それにはフラグメンテ・マキナの言語で〝国民栄養食乙種一号〟と書かれており、アーモリー近郊に不時着した大型航宙艦の残骸が、そのまま街になった〝アルテミス4456〟から供給される不思議食糧である。
ナイフで薄く、羊羹一欠片分くらい削って囓れば、何とも言えない複雑な味がした。
穀類のような、それでいて海産物めいた生臭さがあり、そこはかとないケミカルな風味もする。
まぁ、端的に言って酒を飲みすぎた翌日に吐いた反吐のような味だ。
だが、これがまぁ一番安くて効率が良いのだ。一塊がシケモク五本で買える上、これだけの少量にもかかわらず、胃の中の水分と反応して膨張。かなりの満腹感を長時間与えてくれる上、これだけ食っていても体調を崩さないどころか、健康になるくらいに栄養素が豊富である。
欠点と言えば、食べる量を誤ると腹の中で膨れすぎて吐くことだが、それも慣れてくれば誤ることはないし、酷い味も水か酒で押し流せば無視できる。空きっ腹を抱えて、仕事がないかと這い回るのに比べれば随分とマシだ。
とりあえずで腹を満たしたハジメは枕の下に敷いて寝ていた愛銃を引っ張り出してから身繕いを行い、トリニティを起こさないように宿を出た。
さりとて、やることがある訳ではなく、ただ体を鈍らせないように動こうとしているだけだ。
相変わらず、アーモリーには澱んだ空気が溜まっていた。
街の中心部で絶えずもくもくと煙を上げ続ける煙突。晴天なんて数えるほどしか拝んだこともない錆色と鈍色が混じった空。空気には何処か石炭じみた独得の臭いが混じり、常に雨上がりのようなじんわりした嫌な湿気が立ちこめる。
諸所が剥落しても整備されることのない石畳を踏み、何となく足が向いた先は商店が建ち並ぶ一角だ。
ここはいつでも賑々しい。残骸を漁って来た兼業商人や、傭兵を言いくるめて発掘品を安価に仕入れる仕入人、それから町々を巡る武装隊商が日割りの出店権を購入して自由勝手に商売をしている。
工廠が街の心臓部であるとするならば、ここはその血を受け止めて脈動する臓器の一つ。探せば何でもあるが、あるものしかない。このスクラップヤードが在り方を形にしたような場所であった。
折角来たのだから、貯め込んでいる煙草の使い道でもないかと思って漁ってみるが、これといって良い出物はなかった。
シヴィラツィオの遺物を扱っている商人が広げるブルーシートの上を眺めてみても、使えそうな物はない。残量の残っているモバイルバッテリーと思しき物を見つけた時は「おっ」と思ったが、残念ながらコードの規格が見たことのない物であったため使いようがなかった。
中にはこういうものの規格を無理矢理に合わせて使える者もいるのだが、残念ながらハジメと仲間達は、どちらかというと戦闘に特化していることもあって、そういった技術を持ち合わせていない。
そして、街の中で改造できる人間を探せば、嫌というほど煙草か弾を取られる。
掘り出し物を諦めたハジメは、それからも何くれとなく露天を冷やかしていたが、これといって良い物は見つからなかった。
「ん……?」
そろそろお暇しようかなと思った時、彼は一人の少女を見つけた。
郷愁を駆られる格好。くすみ、汚れているが白いシャツにチェック模様のプリーツスカートは学校の制服ではなかろうか。肩からかけた紺色のバッグもスクールバッグそのものだ。
根っこが黒髪に戻りつつある茶髪は染めていたのだろう。シュシュで括った髪、ラメ入りの派手な化粧、そして諸所が欠けているがネイルアートの痕跡が見られる指は、かつてキラキラと光っていたのだろう。
ギャルだ……と陰キャカースト底辺であったハジメは無意識に体を引いていた。
自分の席を堂々と占領され、鞄の物を取りたいのだけどと声をかけたら「あ?」だなんてガラの悪い威圧をされたことが、小さな心のささくれとなって残っている。
昔のことを思いだしてしまったなと思いつつ、今では数え切れないほど人を撃ち殺していても、まだギャルを怖がる感性は残っているのかと内心で笑うハジメ。
しかし、細やかなりし良心が彼に口を開かせてしまった。
「お嬢さん、お目が高い。それは三十発マガジンに入る仕様でピカティニーレイルも上下左右に付いている高機能品で……」
「ソイツは止めといた方が良いぞ」
商人の売り込みを聞いていたギャルに思わず話しかけてしまったハジメの脳裏に、過去がフラッシュバックする。
「あ?」
記憶そのまんまにガラの悪い声が返ってきたからだ。
そして、何ともなしに、彼女はシヴィラツィオ、自分と同じ境遇ではないと悟った。
スポーツバックの持ち手に通して、いつでも手に出来るようにしている錆びた鉄パイプ。そして、前腕を守るために身に付けたオーバーサイズの籠手は――何らかのスポーツ用品だろう――何かから噛まれることを避けるために身に付けているように思える。
つまり、彼女はサバイバーズ。デルタと同じく、世界が棄てられる前に文明が滅んだ世界の出身者であるのだろう。
「あー……ソイツは確かに商人が言うとおり、性能がいい。連射は効くし、拡張性は高い。それに多少は荒く扱っても大丈夫だろう」
「なら、何が悪いってのさ。あーしの買い物に文句付ける権利ある?」
「先人として若人に助言したかっただけさ。買うだけの金があるなら、長く使える物にしろっていいたいのさ。第一、これだけの品が、煙草二十本ってのには理由がある」
「長く?」
「この手の銃は、交換部品が手に入らないんだよ。要は使い捨てだ」
ハジメの言葉を聞いて商人は小さく舌打ちした。
事実であったからだ。
これは現品限りの廃棄世界から拾ってきた発掘品のアサルトライフルであり、品質も状態も良いが、残念ながら替えの部品がない。共食い整備できるだけの数もなければ、使っている部品が要求する精度も相まって、カスタムメイドで注文すれば凄まじい値段が要求されるだろう。
それに比して高性能であることは事実なれど、品質が良いだけあって設計に〝遊び〟がないため使う弾を選びすぎる。少なくとも、道端で適当にハンドロードされた弾を使ったならば、数発でエジェクションポートに薬莢が噛みついてしまうだろう。
最悪、一点物に近いマガジンが壊れて使い物にならなくなる可能性も高かった。
「銃はシンプルで整備性が高く、どんな環境でも動き、自分でも直せるような物の方が良い。そうさな……コイツなんかいいんじゃないか?」
ハジメは武装隊商の武器商が並べている中で、トラップドアと呼ばれることの多い、シンプルな中折れ式のライフルを手に取った。
刻印は見たこともない、恐らく廃棄世界の品なのだろう。しかし、工場生産品であることが一目で分かる品であり、少し錆は浮いてはいるものの状態も悪くなかった。ライフリングも十分に生きている。
「シンプルなブレイクオープンタイプ。この形式なら整備は楽だし、元々の剛性が高いから、最悪棍棒代わりにブン回しても平気だろう」
本当に簡素な、平民向けの猟銃であったのだろう。ストックのボタンを滑らせると開く機構部分を、折り曲げるようにして銃口後部を露出されるライフルには、余計な機構が一切備わっていない。大口径弾を一発だけ装填できて、自動排莢機構や自動コッキング機能もない、最低限の部品点数によって構成されている。
しかも、趣味が良いことに銃剣を据えるバヨネットラッチまで備わっているではないか。形が合う銃剣さえ手に入れば、手槍としても運用可能だ。
「フィールドストリップも簡単そうだ。泥が入っても水が入っても開けるだけで排出できるし、良い弾じゃなくても多少強引に突っ込めば撃てる。正にスクラップヤード向きだ」
「……早口キモ」
「ぐっ」
ついつい、この世界に来てから開花したガンマニアの気質が逸ってしまったのだろう。早口での解説にオタクを見下すギャルそのままの目線を喰らったハジメは、ちょっとした心的ダメージを喰らってたじろいだ。
やはり、どれだけ場数を潜ろうが、過去に受け付けられた苦手意識というのは拭えないらしい。
「てか何? ナンパ? あーし、そういうのお断りなんですけど」
「……俺にもそういうつもりはないよ。ただ単にニュービーが銃の選び方をミスってくたばったかもと思うと、寝覚めが悪かっただけさ」
無理に選ぶ必要はないと言ったが、サバイバーズのギャルはハジメの手からトラップドアライフルを引ったくり、幾らか商人に聞いて、煙草の束を押しつけた。
「あーしは一人で生きてきた。誰も信用してないし、これからもそのつもり。だから、お礼は言わない」
「ああ、俺が俺の信条で勝手に口出ししただけだ。借りだと思うつもりはない。ただ、クラスのオタクが勝手に早口で喋ってだけだと思うと良いさ」
彼女はいわゆる〈ローン・サバイバー〉の気質なのだろう。誰かに騙され、見捨てられ、それ故に一人で生き延びることを選んだ力強い生存者。都市に来て仕事を選べるようになっても、その性根を返られず、一人で生きていく者は多い。
余計な口出しをしたかと思いつつ、ハジメは弾を見定め始めたギャルに背を向けようとした。
「弾は」
「ん?」
「弾はどれが良いの。あーし、てっぽーオタクじゃないから分からないんだけど。とりあえず入ったら撃てるわけ?」
「使える他人は徹底的に使うタイプか。いいさ、付き合ってやろう」
損な性分だと思いつつ、ハジメはスクラップヤードにおける銃と弾の相性を教えてやった。
このシンプルなライフルなら金属薬莢ではなく、使い捨て前提のハンドメイド樹脂製薬莢弾でも十分撃てる。何なら油紙を使って作った自作の早合でも仕事をするだろう。
ニュービーにああだこうだ言いつつ、オタクと貶されながらも講釈を垂れてしまうあたり、自分は本質的に頭が悪い方なのだろうなと思うハジメ。
だが、ギャルと別れてから一服つけた煙草は、こんな世界でも良いことをしたら美味いのだなと思う味がした…………。
これだけ修羅場を潜っても、まだギャルは怖いハジメくんであった。
PV数が伸びてきて嬉しい限りです。コメントもちょうだいできたりして、本当に助かっております。
コメントは筆者の栄養。プランターにじょうろを傾ける感じで、ちょろっとやってやってくれると有り難いです。




