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ハジメはたまに、本気で愛銃の銃床で後頭部をぶん殴ってやろうかと仲間達に思うことがある。
「そんなもん、踏み込んで皆殺しにすればよくなくって?」
「オレも思った」
「いい訳あるかっ!!」
人倫というものを語って聞かせられないのなら、鉄塊としてブチ込むしかないのではないか。そんな諦念が涌いてくることが、打ち合わせの時に間々ある発言が絶えないのである。
実際のところ、傭兵稼業なんてやっていたら、もう面倒くさいから手榴弾投げ込みながら踏み込んで、動く物片っ端らから弾丸叩き込んでいこうぜ、なんて具合に作戦を半ば放棄することは珍しくないし、それが最適解であることも珍しくはない。
ただ、クライアントの意向を汲むくらいはしろと言いたいのだ。
今回の依頼は、排除ではなく“奪還”なのである。
つまり、多少建物を壊すことはあっても、最も大事な商売道具である娼婦の命は護らなければらなないことが、何故分からないのか。
「ハジメ、なにがだめ?」
「……なんだそのデカイ飴玉」
「たばこいれ、ひろったらもらった」
「……そっか。よかったな」
まぁ、クインは教育を受けようもないチルドレンズなのでようかろう。
作戦会議だというのに、誰かからお礼で貰ったデッカい飴玉で頬を膨らませていようが、人質に近しい相手がいる場所でドンパチやる案に首を傾げなくと可愛げもある。
ただ、|エレメンタリースクール《小学校》を卒業するまでは文明が滅んでなかったらしいサバイバーズ、それから領民の命を安堵することが義務だったペルディトゥスに言われると流石に腹も立つ物だ。
「仕事は! 奪還! 娼婦に傷一つ付けちゃいけねぇんだよ!」
「面倒くさいな……補充なんて幾らでも効くだろうに……」
「わたくしの領民ではないので、そこまで興味が。半数も生き残れば上等では……」
「本当にこの倫理観終わってる組は!! 頭の中の治安まで悪くするの止めろ!!」
ド畜生め! と呟いて、ハジメは愛銃をデルタに押しつけた。
「お前はバックアップ! 斜向かいの建物の屋上からサポートしろ!」
「えぇ……火傷しそうで嫌なんだけど……」
ハジメが渡したアーモリー・リボルバーは、すっかりとお召し替えがされていた。
ただでさえ長い銃身が21インチの長大な物と交換され、グリップ後部を接続部としたストックが据え付けられている。それから本体に被せるようにして装着する、増設型アッパーレイルには、大型の光学スコープが備わっていた。
アーモリー・リボルバーをカービン化した上で、狙撃銃として運用する、人によっては表情を顰めたくなるであろう過剰なカスタムは、しかして400m先の馬を射殺できるという超威力によって辛うじて成立している。
とはいえ、球形弾を使っているため、そこまでの遠距離狙撃性能はないので、真面に狙おうと思えば200mが精々というところだろうが。
「頬はストックに付ければ大丈夫だ。耐火手袋も貸してやる」
「高価いのは分かるけど買えよ、ボルトアクションライフルの一挺くらい」
「あんな精密な上に部品の替えが効かない物持ってられるか。第一、ゼロインで弾ぁ何発使うんだよ。ハンドロード弾にしても分解する度にやってたら破産するわ」
どれだけ高性能であろうと、弾代、そして整備用品に予備部品という巨大なハードルを越えられない限り、その銃器は半ば観賞用に近い。あるいは本当にどうしようもない時の虎の子であるが、そんな物まで持ち歩いていられないので、結局はありものでなんとかするしかない。
その点、このカービン化キットは、まだ合理的な範囲にある。替えが効かないのは発掘品の光学サイトくらいのもので、あとはちゃんとアーモリーで製造しているし、買おうと思えばまた買えるのだから。
「トリニティ、お前はスポッターだ。デルタの狙撃をサポートしてやれ。それから、100mくらいならセンサーでの索敵もいけるな?」
『木造家屋なら何とか。弊機のセンサーは軍用グレードではないので、多くを望まれては困りますよ?』
「分かってる。大体の位置でいい、できるだけ穏当にケリを付ける」
「できるだけ、ねぇ……」
懐疑的な目を向けるデルタに、言いたいことがあれば言えよと促したハジメであるが、流石に指折り初めて乱闘・乱戦になった記憶を攫われると辛い。
「あーとぉ? 去年のディザボローん仕事の時は口車でノせようとして、やり過ぎて撃ち合いになったよな? あとクレーターランドの護衛ん時は宥めようとしてたつもりだろうが無意識で煽って結構撃ったし、アド・イティレネん商談の時は、そも顧客がグルだったからフラググレネードが……」
「分かった、止めろ。けど上手く行ったこともあるだろ」
ぐぬぬ、と表情を歪めているハジメにトリニティは何か言葉をかけてやりたかったが、自分のクローズド・ライブラリにある記憶と、陽電子頭脳の計算能力を使えば、打率は三割を割っている事実に気付いて何も言えなくなった。
さしもの接客プロトコルを入れている彼女であっても、お世辞の言葉が上手く演算できなかったのである。
第一、この弾と煙草が通過として流通している界隈だろうとも、最終的には暴力という裏打ちが全ての世界。基本的にどいつもこいつも気に食わないことがあったならば、チャカに手が伸びる速度は凄まじく早い。
とくれば、どれだけ弁舌を労しようと、厄介事に発展する確率の方が高い。
何と言っても母数が違う。
平和的に、なんて言っている暇があるのであれば、一方的に屠る方法を考えた方が幾らか効率が良いとさえ言えた。
「……まぁ、上手く行けば俺が中に潜り込める。内外からの挟撃、悪くないだろ?」
「わたくしは何をすれば?」
「隣伝いに登って、屋根の上で待機だ。突入口はトリニティに計算させる」
「ふむ、屋上からの乱入……品があるとは言えませんけれど、サプライズとしては悪くありませんわね」
ということで大体の話が纏まりつつある中、クインは偵察に行ってこいと頼まれて周りを見てきた。
一見するとウサギのぬいぐるみを持っただけの、何処にでもいそうな小汚いガキだ。基本的にうろちょろしてみたり、周りを観察してみたりしても何も言われない。
「したでおさけのんでさわいでた。おんなのひとはうえ」
「下が酒保も兼ねてるタイプの娼館だったか。じゃあ敵は分散してるわけだ、やりやすいな」
構造的に娼館は一階でお酒を楽しんで、女給をそのまま上階に連れ込んでお楽しみができる、かなり即物的な仕上がりであったようだ。
流石に性豪であっても四六時中腰を振っていられる訳ではないし、飽きも来よう。昼間に下りていって酒を楽しんでくれているのであれば、娼婦への危険が少なくて助かる。
「じゃ、俺が交渉に来たって体で入るから、バックアップ頼むぞ」
「……ハジメ、あたしは?」
袖をくいくいと引いて存在を主張するクインに、そういえば彼女ならば怪しまれることもないかと、一緒に着いてこいと指示した。荷物持ちとして袋を持たせておいたならば、彼女の強みも発揮できよう。
「さぁて、ビズにかかろう。スマートに行くぞ」
「こういう手合いは先手打って殺しといた方が楽なんだがなぁ……」
「娼婦の周りでドンパチは御免だってだけの話だよ」
任せるぞーと気楽に残して娼館に歩いて行ったが、この男には自覚があるのだろうか。
何だかんだ言いながら、自分が最も危険な役割を背負っていることを。
「あ?」
「おぉん?」
娼館の前には二人のガラが悪い男が屯していた。一人はシヴィラツィオで、まだ年若い。もう一人はサバイバーズだったのか、装備の雰囲気が違う。
「ここは貸し切りだぜ」
「分かってるよ」
「なら失せな」
恫喝するような物言いにハジメは苦笑しつつ、懐に手をやった。
すると、男達も喧嘩っぱやさに比例して獲物に手を伸ばす。シヴィラツィオの男は、何処からでも手に入れられそうなパイプガン、サバイバーズは刀身が酷く錆び付いたマチェーテに。
「そうカリカリするなよ、チビ一人とガキ一匹だろ?」
抜いたのは銃ではない。煙草だのパックだ。交渉に挑むにあたって、渡せる物を先にチラつかせておくことは強力である。
但し、相手が自分に隔意を持っていなければの話だが。
「俺ぁテメェの面ぁ拝んだことあるぜ、イモータン。大損させてくれたよな」
「……悪いが、どの夜の事だ?」
シヴィラツィオからメンチを切られてしまったが、ハジメからすると思い当たる節がありすぎて何も言えない。世の中には馬鹿が多いのか、お手軽に伝説をブチ立てられると思っているのか、彼にロシアンルーレットを挑む愚物というのは定期的に現れるのだ。
そして、特段興味はないが小銭稼ぎくらいにはなるかと、どれだけ小物からの勝負でも蹴らないがハジメである。故に、穴馬に賭けていたせいで、損をさせてしまった連中というのは両手の指を足して、更に二乗しても足りるまい。
「テメェ、ころ……」
「言葉は選べよ、若ぇの」
しんと、酷く冷えた言葉だった。
この段に至って、ようやく荒くれ二人は真面にハジメと目が合った。
眠たそうな半眼。濃いヘーゼルの瞳。年齢を曖昧とする薄い東の顔付き。
酷くつまらなそうなそれが、少し傾いた陽の光の影響もあってか酷く濁って見えた。澱んで、溜まって、滞留した暗渠の底に積もった澱よりも濃い目。
愛想笑いをしている。形だけは。
しかし、殺す、その一言を出したらどうなるか、嫌でも分かる目をしていた。
この男は脅しに屈さないし、軽口だと聞き逃さない。
そもそも、必要だと思えば脅す前に銃を抜く手合いであることは、酒場での振る舞いを見ていれば分かる。
今は空っぽのホルスターをこれ見よがしに見せ付けているが、必要とあれば殺される。
本能的に威圧され、腰を上げかけた二人の勢いが一気に削がれた。
「平和に、そして紳士的に行こうぜ。私は店主から頼まれて仲介に来ただけだ」
それを後押しするように肩へ添えられた手が、酷く冷たい。
まるで死人に掴まれたようだとシヴィラツィオは思った。
ゾンビパニックの世界から来たサイバーズは、腐った手に掴まれた時の方がマシだと思えるほどの危機感を抱く。
当人は単なる末端冷え性だと言うだろうが、血が通っていないのかと錯覚する程に冷え切った手は、着崩して露出した肩で嫌に存在感を主張した。
今更になって彼等は、何故この小兵が、この地の果てにおいて〝イモータン〟なんて大仰な名前を呼ばれるに至ったかを思い出す。
殺してきたからだ。苛烈な環境で、困難な状況で、大量の強敵を。
幾人も幾人も殺して、そして死が不可避の状況においても還ってきた。
その上、不死身の誉れ名を己の物にしたいと欲した者さえ、全て斃して今も立っている。
事実を理解してようやっと、彼等は自分の命に冷たい何かが触れているのが分かった。
「ちょっと通してくれれば良い。簡単な話だろう?」
「あ、ああ……」
「俺は紳士だ。何、ちょっとボスとお話しするだけさ。見ての通り武器はないし、お供はガキ一人だぜ。これをビビって追い返せば、どういう評判が立つだろうな?」
「わ、分かった、分かったよ……」
下手な動きを見せたら殺される。そう覚悟しつつ、シヴィラツィオの方が扉を潜って中に何事か喋りかけた。
しばらくして、ドワーフの男が現れる。大柄な、一際巨大な排水管を再利用したと思しきパイプショットガンを持った彼の腰には帳面があり、右目にはひび割れて曇ったモノクルが嵌まっていた。
会計役だろう。傭兵団では概ねNo2に任される仕事だ。
とりあえず、チケットは手に入れたかとハジメは口の端を上げた。
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