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聖黒の魔王  作者: 灰色キャット
第2章・妖精と獣の国、渦巻く欲望
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59・死に際は、せめて潔く

 私の戦いが終わり辺りを見回すと、そこには呆然と立ち尽くすクルルシェンド・グロアス王国の両軍の姿。

 シュウラ・ディアレイを失い、完全に戦意を無くした敗残兵の姿だった。


「……全軍! 私の話を聞きなさい!」


 もはや一歩も動けない兵士たちの姿を確認して『メルトスノウ』を解除し、大声で叫ぶように話しかける。

 私の言葉に恐怖の色を浮かべ、何をするにも戦々恐々といった様子だ。


「これ以上、戦い続けるのであれば私も構わない! だけど武器を捨て投降するのであれば、私も何もしないと誓おう! 貴方達の身柄は全てクルルシェンドの次期魔王であるフォイルに委ねよう!」


 なるべく多くの兵士たちに聞こえるように投降勧告をすると、しばらく怯え迷うような姿勢を見せていたいたんだけど……やがて続々と武器を捨て始めた。

 諦め、安心……色んな感情が混ざった空気が戦場だった場所に満ち、私は『ヴァイシュニル』と『フィリンベーニス』の能力を全て封印する。

 鎧の黒水晶は光を吸い込まなくなり、剣は白と黒の剣身に戻る。『フラムブランシュ』で死んだ者たちは跡形もなく消えてしまったが、『フィリンベーニス』で斬り殺した者はまだ死体が残っていた。


「負傷したものには手当てを、死体が残っているものは全て集め、手厚く葬りなさい!

 そして今声が聞こえた者は聞こえなかった者に伝えなさい! 『魔王ディアレイは死んだ! 今武器を捨て降伏するのであれば私はそれを受け入れよう』と!」


 ついでにフォイルに事の顛末を伝えさせるため、兵士を何人か差し向けるよう言い残し、私はそのままアロマンズがいるであろう奥の陣地に向かう。

 この戦いに終止符を打つために。






 ――






 予想通り、アロマンズは一番奥で逃走しようと画策していたようで、あれこれと指示を出していた。


「ええか? なるべく時間を稼いで、ボクを逃がすんや」

「し、しかし」

「しかしもなにもないやろ! お前らが居なくなってもなんとでもなるけど、ボクが居なくなったらこの国が立ち行かなくなるやろが!」

「そんな心配、する必要ないわ。貴方みたいな低俗な男がいなくなっても何も変わらないもの」


 後ろで近づきつつある私に気づきもせずに必死に兵士を捨て駒にしようとしていたところに遭遇し、普通に声を掛けてやると驚いたように私の方を振り向いてきた。

 アロマンズがいる付近の地面にはなにか光を失った玉みたいなのが転がっている。恐らく、あれがディアレイの言っていた『死霊の宝珠』というものだろう。

 あまりの驚きようにこの男は本当に魔王としての自覚はあるのかと一瞬本気でそう思った。


「な、なんでここに」

「なにを馬鹿なことを……もう貴方以外残ってないからに決まってるじゃない」


 腰を抜かしたかのようにへたりこむその情けない姿に思わず呆れてしまう。ディアレイはまだ兵士たちに激を飛ばし、自ら戦線に加わることで兵士たちを鼓舞するなど……王としてはともかく、兵を率いる者として自覚はあるようだった。

 だけどこの男にはなにもない。全部他人任せでやってきた凡人以下の男の末路がこれだ。


「ディ、ディアレイはんは……」

「貴方を待っているでしょうね。一人で逝く世は寂しいだろうしね」

「な、なにを……」

「なにを? 最初に言ったじゃない。お前はここで殺すと」


 はっきりと告げる。アロマンズの昔はどうだったのかは知らない。だけど今のこの男は、強い他者に寄生して甘い蜜を吸い続け、弱いものを食い潰す害虫だ。ここで断ち切っておかなければならない。


「ま、待ってや……ちょっと待ってください。ぼくが居なくなったらクルルシェンドはどうなるん?

 ティファリスはんは今グルムガンドと同盟結ぶのんに動いてるんやろ? ぼくを殺したことが知られたらただじゃ済まん思いますよ?」

「だから?」

「はっ……?」

「だから? これから死に行く貴方には関係のないことよ」

「じ、自分が何言うてるかわかってはりますん?」

「わかってないのは貴方の方よ。事ここに至って命乞いなんて無様な真似晒すのは止めなさい。

 残されてる道は二つ。苦しまずに死ぬか、苦しんで死ぬか」

「ふ、ふざけんなやぁ!」


 私が押しても引いても無駄だと気づいたのか、まるで顔を真っ赤にして怒り出す。もう残された道がそれしかないと悟ったのか、半ば自暴自棄といったところだ。


「ぼくが……ぼくがここまで来んのにどんだけ苦労した思う取るん!? 下げた無い頭も下げて、上位魔王に一番近い言われてるディアレイはんの下働きみたいなことまでして……ようやくクルルシェンドの魔王になったいうのに……お前のせいで……お前のせいで!」

「知らないわよ。貴方が私に手を出してきたのが悪い。要は権力を傘にしてやりたい放題やったってことでしょう? 自業自得じゃない」


 色々言ってるけど、結論から言えばそんなことしてる暇があったら自分を磨けばよかったのにと。

 自分の無力を棚に上げ、他人の強さを当てにして……そんな魔王に何も成すことは出来ない。

 それでもそんな事は認めたくないと、子供が駄々をこねるように泣きわめくアロマンズのその姿は、酷く滑稽に移った。


「そんなん……そんなん言われても……」

「自分の実力を測れなかった己の浅はかさを悔いるべきだったわね」

「ぼくは……ぼくはここで終わる男やない。終わる男やないんやぁ! 『ファイアブラスト』ォォ!」


 アロマンズの唱えた炎の爆裂を引き起こす魔法だったけど、私の『フィリンベーニス』の一振りでかき消えてしまった。

 ディアレイのときとは大違い……これが覚醒していない魔王の力。この男の実力は多分、オーガル以下だ。

 南西地域でも魔王の分類にすら入らない程度の男。こんなやつに引っ掻き回されていたと思ったら、腹立たしく感じる。


「くっうぅぅぅうぅぅぅ……! 『バブルズボム』! 『スパークショット』!」

「無駄」


 何をしても私には届くことはない。剣を振ればそれでおしまい。それを知ってても後ずさりながら必死に生きようと魔法を放つさまは、ディアレイのときとは違って見るに堪えない。

 彼はそれでも目の前の敵を倒して生き残ろうという気概があった。だけどこの男はただ目の前の現実が受け入れられないから、死にたくないという一心だからだ……これ以上情けない姿を部下たちの前に晒すべきではないだろう。


「ぼくは……ぼくは生き残るんや……今まで馬鹿にしてきたやつらを見返して……フォイルに復讐して」

「……もう貴方に掛ける言葉はないわ。ここで無様に朽ち果てていきなさい」


 ただ淡々と、まるで処刑台に上がった罪人を処刑するかのように剣を振り上げ……なんのためらいもせずに、無表情で振り下ろした。


「があ、あ……ぁ…………ぼ、ぼく、は…」


 血を噴き出しながら空を見上げるように倒れ伏し、未練を残しした目を私に向けていたけど、目の焦点が定まらず、徐々に目蓋が下がって――――アロマンズは息を引き取っていった。


 それを確認した私は、そばにいた兵士たちにも降伏を促して最終的に軍全体の武装解除に成功した。

 こうして初めてのセントラルの魔王との邂逅……鎮獣の森での戦いは幕を閉じた。

 鬼族という強力な上位魔王の死体をどうやって手に入れたのか結局理解らなかったが、その必要はないのかもしれない。


 どうせシュウラの死体は私が引き取ってセツオウカに返すことになるだろうし、あまり詳しいことを聞いて面倒事に巻き込まれたくはないからね。

 無事シュウラを引き渡せた時には、よくわからないまま戦った結果、うやむやのまま所持者が死んでしまったと言っておこう。


 ま、今はそんなことよりもこの戦いの後片付けをしないいけないだろう。






 ――






「いや、ほんま驚きましたわ。ぼく、ティファリスはんは絶対敵に回した無いです」

「そこに痺れる、憧れる……そして惚れる」

「え!? いや惚れたらあかんでしょ!?」

「愛とは、性別の壁、超えるもの」

『全く、面白い連中だな』

「お嬢様、おかえりなさいませ」


 あの後、アロマンズとの決着をつけてからしばらくして合流した仲間たちに言われたのはなんとも締まらない話だった。

 なんというか、毒気が抜けるっていうか……。


「しょうがないわね。本当に……」


 どこか嬉しいような、なんだかむず痒いような気持ちになる。


「ティファリスさま、楽しそう」

「あんな戦いして、えらい余裕やなぁ……」

「ははは、余裕なんかなかったわよ。シュウラが出てきたときなんて本当に危険を感じたもの」

「シュウラ……? も、もしかしてあのシュウラか!?」


 どうやら知ってる様子のフォイルは信じられないものを……っていつものことか。

 見飽きたっていうか、反応が単調っていうか。


「今なんか随分失礼なこと思ってませんでした?」

「別に? なんとも思ってないけど」

「……ならいいんですけど」


 ちょっと感の良さを働かせたみたいだけど、私が否定したらあっさり引き下がる辺りまだまだ未熟と言ったところか。


『今ここで話し込むことではないだろう。戦後処理も山積みだろうに』

「ああ、考えたないことを……」


 戦後処理……なんて嫌な響きだろうか。

 エルガルムとのときもほとんど寝ずに働いて、一年ぐらいまともに行動することが出来なかったのだ。


「ま、魔王になって最初の仕事ってことで頑張ってちょうだい。私はセツオウカとの――」

「ま、待ってください! 逃しはしませんよ?」


 ガシィっと音が聞こえるほどの勢いで私の肩を掴んできたフォイルに向かってゆっくりと顔を向けると、まるで能面のような顔で私の方を見つめていた。


「まさかここまで大暴れしておいて、はいそうですかと帰るなんて薄情、しませんよね? せぇへんよねぇぇぇぇ?」

「わ、わかった。わかったから顔を近づけないでちょうだい」


 普段表情がころころ変わる人物が急に真顔で迫ってくることがこんなに不気味だとは思っても見なかった。

 仕方がない。私も一人であれだけの大立ち回りをしたのだから、少なくとも後始末だけはつけておかなければいけないだろう。


 やれやれ、まだしばらく国には帰れそうになさそうだ。

いつも閲覧ありがとうございます。

アロマンズも退場し、舞台は新たな展開に。

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